1 視点変更から始まる
◆視点変更
恋しい存在を認識できる幸せな夢。
そんな夢から魔物は目を覚ますと体を起こし、テリトリー内に足を踏み入れた存在を視界に捕らえた。
憎らしい存在である人間の男と女。
魔物はギリッっと唇を噛み締めると一気に距離を詰めた。
久しぶりの現実世界。
だがブランクも感じさせない魔物の素早さに、人間、ヴェルナス・レルリラとサラ・ハールはただ立ち尽くすばかりだった。
いや、ヴェルナスは間一髪といった様子で繰り出された魔物の拳を防御魔法で受け止める。
だがその威力にはなんの対処も出来ず、弾き飛ばされてしまった。
元々崩れた石造りの建物は、ヴェルナスが弾き飛ばされた衝撃でさらに崩れ落ちる。
一方サラ・ハールは突然の攻撃に反応できずにいた。
ヴェルナスが弾き飛ばされた後ではあったが、振り向き、傍に立っている魔物を見て驚愕する。
咄嗟に後ろに飛び跳ねて距離を取ろうとしていたが、魔物の長い腕がサラに伸びた。
サラは躱そうと体を逸らせたがそのままバランスを崩し、倒れてしまう。
魔物の手がサラに触れた瞬間、サラは悲鳴を上げた。
そして魔物の立っていた場所に炎が立ち上がる。
「サラ!!!」
ヴェルナスがサラの元に駆け寄った。
頭を抱えながら蹲った状態で意識を手放していたサラを見るなりヴェルナスは怒りを覚える。
魔物は燃え上がる炎を打ち消し、立ち上がるヴェルナスをじっと観察していた。
ヴェルナスとサラにとっては初めて訪れる場所。
そして人間のような見た目をした魔物を見ること自体初めてだった。
それなのにもかかわらず魔物はまるで知っている相手をみるかのようにヴェルナスを確認し、そしてサラを見た。
口角を上げて笑みを浮かべるが、魔物の目には憎しみが込められている。
ヴェルナスは一本の剣を作り出した。
真っ赤に染まる剣はまるで炎が凝縮されてできた様に、ところどころ蠢いている。
ヴェルナスはその剣を手にすると魔物へと駆けだした。
一歩二歩と踏み出し、剣を魔物に振り上げる。
魔物は尖った爪を伸ばし、ヴェルナスの剣を受け止めた。
消える剣は再び姿を現しヴェルナスの手に収まる。
そうして何度も何度も魔物を攻撃していたが、魔物はそのたびにヴェルナスの攻撃を受け止めていた。
まるで大人と子供のような圧倒的な力の差をヴェルナスはたった数撃で感じ取る。
怒りに任せて放った魔法はすぐにかき消され、ならば剣はどうかと打ち込むと簡単に受け止められるのだ。
これでは目の前にいる魔物を倒すどころか、サラを連れて逃げることも困難だと感じていると、いつの間に目を覚ましたのかサラが魔物とヴェルナスの間に体を滑り込ませる。
「やめて」
小さく呟かれた声はまるでいつものサラのものではないように落ち着いていた。
魔物は何故かサラを見て体を強張らせる。
恐怖を感じたとか、そういうものではないようにヴェルナスは思った。
まるで親しい仲の人物がケンカを止めに入ったかのような反応に近いと考えていると、サラはゆっくりとした仕草でヴェルナスを見る。
「レルリラには、この人と戦ってほしくない」
サラの発した言葉にヴェルナスは戸惑いを見せた。
魔物の攻撃を受けたのだろうサラは、遠くにいたヴェルナスにも聞こえる程の悲鳴を上げて倒れ、意識を手放したはずが何故こんなことをいったのかわからなかったからだ。
ヴェルナスは火属性魔法で作り上げた剣を両手で握りしめ、魔物を見据えたままサラに問う。
「……何故だ」
サラはヴェルナスの問いに目を伏せた。
長い睫毛が影を落とし、僅かに揺れる。
まるで悲しんでいるかのように見えたヴェルナスは、何故サラがと心の中で問いかけた。
「……この人は悲しんでいるだけなの。好きな人に会いたくても会えない、そんな悲しみに、捕らわれているだけ。私達の敵ではない」
サラはそう言葉にした。
はっきりいってヴェルナスは意味がわからなかった。
明らかに魔物特有の特徴を持っている目の前の人型の魔物が敵ではないことが、有りえなかったからだ。
しかも何故サラが魔物が悲しんでいることがわかるのか。
____これが聖女の力か。
そんな考えが浮かぶがヴェルナスは首を振る。
聖女の力は浄化の力。
魔物の考えを読み解く力などではない。
それに魔物の考えがわかる人間がいるのであれば、果たしてそれは本当に”純粋な人間なのか”という疑惑も出始めるだろう。
だからこそサラが何故魔物の気持ちがわかるのか、そしてサラの言葉を理解できている様子を見せる魔物が、何故動揺しているのかヴェルナスは考える。
サラは口を閉ざしながらも、武技を治めないヴェルナスを横目で見ながら魔物に振り返った。
そして口を開く。
「……会いたい、よね」
ピクリと微かに揺れる魔物の体を見て、サラは少しだけ口角を上げた後、表情を消す。
何を考えているのか誰にもわからないサラの表情に、ヴェルナスは息を飲んだ。
(サラ、なのか…)
そんな考えが浮かぶ。
まるで自分の知っているサラ・ハールという人物ではないかのような、そんな雰囲気を漂わせる目の前の少女の姿。
いつの間にかヴェルナスは魔法で作った剣を消していた。
サラはそんなヴェルナスの様子をみて、「ありがとう」と呟いた。
そのサラの雰囲気に、いつものサラが重なって見えたことでヴェルナスは安堵した。
「会わせてあげる。貴方に、ユミを」
視点変更終わり




