2 閑話 助けた者の一生
オギャアオギャアと泣く赤子の声が森の中に響き渡る。
鋭く加工した石を棍棒の先端に括りつけ、男が森の中をきょろきょろと見渡しながら彷徨っていた。
「一体どこから聞こえているんだ…」
森の中を反響するように響く泣き声は、逆に赤子の居場所をわからなくさせていた。
それでも男は踵を返すことはせず、赤子を見つけるまで森の中を彷徨い歩き続けた。
◆
赤子は男性に拾われ、スクスクと育った。
背は伸び、綺麗な艶のある茶色の髪も長くなった子供はユミと名を授けられ、男性だけではなく周りの人たちにも愛され育てられた。
赤子から少女へと成長した子供は、赤子の頃の記憶があるのか、人見知りすることもなく村の人間達にとても懐いていた。
腰が痛いという大人には患部を撫で、肩がこると洩らす大人には程よい力加減で解す。
ニコニコといつも笑みを浮かべる少女のことは、大人だけではなく村の子供たちも好きだった。
「父上、それはなんですか…」
ある日一人の人間を少女の育ての父親であり、村を纏める村長テムズが連れてきた。
体の至る所から血を流し、意識がないのか気を失っているだろうその人間のような見た目の人物を見て、テムズの血が繋がった実の息子が眉間に皺を寄せながら尋ねた。
テムズの息子が眉を寄せ、“その人”ではなく“それ”と口にしたのには理由があった。
体の作りというのか、基本的な外見とでもいうのか、その者の体は人間のようであったが皮膚は毛で覆われ、容姿はまるで獣じみていた。
自分たちとはまるで違う見た目に、テムズの息子であるジャングは顔を青ざめて後ずさる。
「森で倒れていたのだ。まだ息がある為連れてきた」
簡潔にそう告げるテムズにジャングは眉をしかめた。
「なんで!!」
声を荒げたジャングは獣の見た目をしている人間の耳がピクリと動いたことで、荒げた声を抑えた。
そして声をトーンを落として続ける。
「……なんでそう父上は勝手なんだっ。子供を拾ってきたと思えば次はよくわからない生き物をっ。
それが僕たちを襲ったらどうするんだっ」
「人は助け合わなければ生きていけないだろう?」
「それは同じ人間の場合だっ」
「会話が出来るのならばそれは同じ人間だよ」
「そいつは気を失っているんだろ!会話なんて試す時間あったのか!?」
徐々に声を荒げるジャングに気付いたのか、同じく家の中にいた少女ユミが顔を出す。
恐る恐るといっていいほど慎重に様子を伺っていたユミは、テムズが背に担いでいた獣の人間に気付くと駆け寄った。
「大変っ!すごいケガだわ!とう様、早くその人を治療しないと!私リンナーおばあちゃんのところに行って薬草たくさんもらってくるわ!」
小さな嵐のように家を飛び出すユミ。
外見で判断することをせず心から心配する、そんな心優しいユミの行動にテムズは心を穏やかにさせ、ジャングは憤りを感じさせていた。
◆
あれから村には住人が増えた。
大怪我をしていた獣人がテムズやユミの看病の結果回復したころ、テムズは獣人に話を聞いた。
まずどうしてあれほどの怪我を負っていたのかを尋ねる。
どうやら食料不足に喘えぎ、テムズが助けた獣人は村の者達からの命で食料を調達しに彷徨っていたとのこと。
だが空腹に耐えきれず、足元を覚束なくさせそのまま崖から落下した。
獣人はテムズ達のようにか弱い体をしていなく、崖から落ちてもしなない頑丈な体をしていたことをテムズはこの時知った。
だが空腹というものはどんなに頑丈な生物であっても弱体化させる。
テムズは次の質問をした。
『君たちの住んでいる場所にはまったくの食料がないのか?』
この質問に対して、獣人はこう答えた。
『なにが食べ物なのかがわからない。
周りをうろつく鳥や動物たちを見て、木に実っている木の実は大体食えるということはわかったが、動物が食う肉は腹をこわす。
だが木の実だけでは生きるのが難しい。だから食料不足に陥っているんだ』
共に話を聞いているユミも含めて、テムズは獣人が勘違いしていることを悟る。
『もしかして、肉を生で食っているのではないか?』
そう尋ねられた獣人は至極当然な様子で肯定した。
『肉は火を通さないと菌が死滅しないのよ』
『きん?』
『ええ。生で食べたときお腹を壊したといっていたでしょう?
それは肉の中にいる菌がお腹を虐めているからなの。
だから食べる前に火でお肉を焼いて、菌を無くすの』
ユミが獣人に答え、獣人は俯いた。
『……そうだったのか……。我らは知らない事ばかりで、その無知の結果同族を何人も失ってしまった』
テムズからは直接見えなかったが、背がまだ低いユミには獣人がとても悲しそうな表情を、そして悔しそうな感情を滲ませている感情が伝わってきて、心を痛めた。
『…ねえ、とう様…』
なにかを訴えるかのように見上げるユミにテムズは穏やかな表情を浮かべながら答えた。
『わかっている。
なぁ…、君たちがいいなら俺たちと共に暮らさないか?』
ユミの頭をテムズは撫でながら獣人にそう提案した。
ユミもテムズも心配だったのだ。
目の前の獣人たちには圧倒的に知識が足りない。
ユミら人間は人数を増やしているのに対し、目の前の獣人は知識量の低さから人数を減らしているのだ。
助けられる可能性があるのなら助けたい。
純粋にそう思っての提案だった。
その気持ちが伝わったのか獣人は嬉しそうに笑った。




