24 記憶
尻もちを着いてしまった私はすぐに顔を上げると、目の前に魔物の手が迫っていた。
(な、に、これ…)
すぐにでも逃げなきゃいけないのにそれが出来ない。
指一本すら動かすことが出来ない自分の体。
恐怖からそうなっているのではないことを、私はなんとなく感じていた。
では何故動けないのか、それが明確にわからないからこそ、不安で胸がぞわぞわと激しく鼓動する。
まるで何かのきっかけを求めているような、そんな不思議な感覚にも近いそれに、私は目を瞑ることなくゆっくりと迫る魔物の手をじっと見ていた。
そして魔物が私の顔を掴んだ瞬間、見たこともない光景が頭の中に流れる。
「あ、あああぁああああぁアアァァアアアァアア!!!」
膨大な記憶量を頭に直接流し込まれているかのような感覚に、痛みが走った。
自然と涙が溢れ、私はうずくまる。
激しい頭痛に堪えるべく、私は目を閉じるしかなかった。
そして私は暗闇の中に一人いるような、そんな感覚に覚える。
もしかして意識を手放してしまったのだろうか。
それならばすぐに起きなければと振り返った瞬間だった。
写真を何枚も繋げたような一本の映像のようなそれが目の前に大きく映し出された。
氷とは違う白いなにかに覆われた森の中にいる一体の魔物。
弱っていた魔物はこのまま死んでいく運命に思えたが、ある日突然力が湧いたかのように元気になる。
そして一人の少女を見つけた。
まるで魔物の視点から見たような映像だが、なぜこんな映像が目の前に映し出されたのかわからなかった。
それでも拒絶することは出来ない。
この記憶を“受け取らなければいけない”という使命感に、目を逸らすことは出来なかった。
そして魔物は少女が弱る魔物を助けたことを知る。
何故助けたのか、その問いの答えを知るべく、魔物は倒れている少女を世話した。
静かに目を瞑る少女を魔物は何日も世話をした。
そして森は私の知る緑豊かな姿に戻っていた。
温かい気候。
生きている者にとっては過ごしやすいだろうその気候は、静かに目を閉じている少女にとっては有難くないものだった。
体はどんどん腐敗が進み、魔物は少女に命がないことを悟った。
その瞬間魔物の深い悲しみが伝わってきた。
今まで映像だけだった筈なのに、魔物がどんなことを考え、何を感じているのかがわかるようになったのだ。
そして私は、魔物が知りたかった答えを知るためだけに始めたことが、いつしか違う感情を魔物が抱いていたことを知った。
目を開けて欲しい。
声を聞かせて欲しい。
魔物は少女の視界に入り、互いに笑みを浮かべ和やかな雰囲気で話をしてみたいと思っていたのだ。
そんな純粋な魔物の気持ちに胸が締め付けられる。
だってもう出来ないからだ。
少女は命を落としている状態で、二度と目を開けることも、声を発することもできない。
魔物を見てあげることも、話をすることも出来ないのだ。
絶望を感じる魔物の気持ちが痛いほどに伝わってくる。
そして魔物は涙を流しながら、腐りかける少女を食べた。
食べたくなんてないのに、それを決断させた状況はなんて罪深いのだろう。
嫌だ、嫌だと、何度も叫ぶ魔物の心。
それでも魔物の本能はあった。
少女を食べて、その味を堪能する。
美味しい、美味しいわけがない。
もっと食いたい、食いたくなんてない。
本能に抗いながらも食べ進める魔物。
なにも知らない人が見たら、ただ遺体を食べている状況に見えただろう。
でも実際はそうじゃない。
出来ることなら少女の亡骸を大事にしたいという魔物の願い、だが腐敗が進み少女の体には虫が集る。
誰にも奪われたくないと強く思い決断した魔物の気持ちは、こうして一連の流れをみて、そして魔物の感情が伝わってきた私にはよくわかった。
私は目を逸らしたくなった。
それほど辛い魔物の感情がとても苦しく感じるから。
でもそんなことはやっぱりできなかった。
してはならないのだと、何故かそう感じていたからだ。
目を逸らすことなく私は魔物の記憶を見る。
そして魔物の姿かたちが変わった瞬間、この記憶は意識を失う前に目の前にいた人型の魔物のものだということを知った。
その瞬間別の光景が流れ始める。
魔物の記憶に出てきた少女の話だった。
私は少女が何故魔物を助けたのか、その答えを魔物に伝えるために、この記憶が私に託されたのだとそう思った。
だからこそ、一つも見逃すことなんてないように目を見開いて少女の記憶を見ていた。
◆冒険者編②終わり




