20 一方的な敵対感情②
そんな睨み合う私とレルリラを止めたのは聖女様だ。
「…だ、大丈夫です。すみません、付いてきておきながら足が竦んでしまって……」
かすかに震える声で懸命に話す聖女様に、支えているレルリラのお兄さんが声を掛ける。
婚姻する相手は王子であるアルヴァルト殿下な筈なのにいいのか?と思いながら私は二人の様子を眺めた。
「大丈夫ですか?」
「はい、腰は…抜けていますが話せます。話させてください」
聖女様は自分を落ち着かせるためか、大きく息を吸ってゆっくりと吐き出した後話し出す。
「まず、お二人のお話しですがヴェルナス様の話の通りだと、私は思います。
私は魔物の襲撃に驚き狼狽えていて……、はっきりと見たと断言することが出来ませんが、それでも私のすぐ隣を何かが通りすぎたことは間違いありません。
それで驚いた私は尻もちを着き、気付いた時にはハールさんをヴェルナス様が守っていました。
魔物が変化球を付けずに真っすぐ飛んでいたのだとしたら、ハールさんの真後ろにいた方角から魔物が来た、ということになります」
「なっ!!」
聖女様はそこまで言った後口を閉ざした。
レルリラだけではなく、実際に見たわけではないと言っているが、それでも聖女様が体験したという証言があってはこれ以上は反論できようもない。
そのため男は顔を青ざめさせていた。
そして男は男の近くにいたもう一人の特務隊の人に体全体を向ける。
「俺はちゃんと倒していたよな!?」
狼狽える様子を見せる男に、もう一人の男は困ったような表情を浮かべた。
私と同じように自分に向かってくる多くの魔物を相手していて余裕がなかったのだろう。
だがそれを口にしては男を突き放すことに繋がる。その為男は何も言うことが出来ずにただただ困った表情を浮かべていたように思えた。
そして私はその光景を眺めながら不思議に思っていた。
何故聖女様の隣を魔物は通り過ぎたのか。
聖女様を襲えということではない、だが魔物の本能はみさかえなく人を襲う事、本能があろうがなかろうが、魔物にとっての人間は全て同じに見えている筈なのに、何故聖女様を通り過ぎて私の方に飛んできたのかが疑問だった。
……もしかして私の方角になにかがあった?
そんなことを考えていると【サラ!】と頭の中で響く声に私は当たりを見渡した。
「フロン?…え、あ、まさか!」
姿が見えない私の霊獣に、最悪なことを想像して顔を青ざめる。
バッと振り返ってみるのは風の向こう側。
そんな私が見えているのか、フロンは明るい声で自分の状況を教えた。
【大丈夫!僕は星域に戻ってるよ!それより召還して欲しいんだ。あの風のせいで戻れない】
なるほど。急に風の壁が現れて私の元に戻ろうとしたけど戻れなかったフロンはとりあえず星域に戻った、と。
あの魔物の中に今もいるわけではないことによかったと安堵しながら、フロンを召喚し直した。
「この後はどうしましょうか」
「一度撤退するしかないだろうな」
その言葉を聞きながら安堵した私は、飛びつくフロンをよしよしと撫でる。
このまま魔物と戦うにしても減る様子もない魔物の大群に対して、こちらはたった六人で相手をしなくてはならない。
しかも安心して互いに背中をあずけられそうにないことが分かった以上尚更だ。
それにしてもレルリラと聖女様のお陰で少しだけ心が軽くなった。
視野が狭まってしまっていたことは事実だけど、足を引っ張っていないとわかった途端気持ちが楽になったのだ。
あの男の人には悪いけどね。そういえば名前なんていうんだっけ。
レルリラが二本目のポーションを飲み終わった時、話がまとまったのかアルヴァルト殿下が声をあげて指示を出す。
「これより撤退する!各自霊獣に乗り準備をしろ!ヴェルナス、皆が準備出来次第魔法を解除してくれ」
「畏まりました」
アルヴァルト殿下の指示に従い、私達はすぐに霊獣に乗っていつでも出発できるように体制を整えた。
距離を開けることなく固まるように集まっていたため、すぐにレルリラのお兄さんと共にいる聖女様が視界に入る。
こういう場面は王子と一緒に行動するのがセオリーだと思っていたけれど、実際には違うんだね。
まぁ、王族を優先的に守らないといけないからしょうがない。
「フロン、お願いね」
『任せて!サラは僕がしっかり守るから!』
「ありがとう、私もフロンを守るからね」
そうして弱まる風の中をレルリラの合図で駆け抜ける。
弱まったといっても防御の魔法がなければ目も開けられないくらいの風の流れは続いていた。
そんな風の中を霊獣の力で無理やり突破すると待っていたとばかりに出迎える魔物たち。
当然撤退の文字通り、私たちはなるべく争わず全速力で魔国の森の中を駆け抜ける。
だけど来るときには姿を隠していた魔物が多くいた為に簡単には抜け出せなかった。
来るときと同様に先頭を任されている特務隊の二人は向かってくる魔物に魔法を食わせる。
そうして順調に進んでいたと思った時だった。
木の枝が不規則に動き、私たちの行く先を妨げる。
予測もつかない動きに、密集するように生えて成長した木々は激しく動く。
『サラ!これトレントだ!』
フロンが叫んだと同時に上がる炎。
私は急いで皆に水の防御魔法を張った。
いくらトレントが火に弱いといっても、まるで山火事のように燃え広がる炎の中を平然と通れるわけがないからだ。
炎を纏わせながら、それでも私たちに枝を伸ばすトレントは本当にダメージを負っているのかもわからないほどに弱まる様子を見せない。
上にあがったり下に降りたり、右に移動してはまた上にあがる。時には左に移動しながら下に下がったりと、伸びる枝をかいくぐるため、激しく動くフロンに私は腕を回してしがみついていた。
必死に振り落とされないように捕まっていたから気づいたのかもしれない。
(もしかして私、狙われてる?)
勿論私以外の人にもトレントは真っ赤に燃えている枝を伸ばしている。
だけど、行く手を遮るように阻む枝の数が明らかに違った。
思えば聖女様の横を素通りした魔物も、本当は私を標的にしていたのかもしれない。
私はドクドクと激しく鼓動する心臓の音を感じながらゴクリと唾を飲み込んだ。




