19 一方的な敵対感情
いけないいけない。
戦いに集中しなくっちゃ。
レルリラの戦いに見入ってしまっていたが、頭を振って意識を切り替える。
私が作った氷の壁の上にはいつの間にか戻ってきてたフロンが乗っていた。
『サラ!』
フロンが私の名前を呼び、そしてすぐに土魔法を発動させた。
広範囲で盛り上がる地面に、大地を駆ける魔物は慌てた様子で飛び上がる。
その瞬間私はフロンと同じくらいの範囲魔法で攻撃を仕掛けた。
飛び上がり隙が生まれた魔物たちは私の魔法で串刺しになる。
少しは数を減らせたかなと思ったが、それでも鳥系の魔物のほとんどにはかわされてしまった。
迫る魔物に私はごくりと唾を飲み込む。
恐縮しているのではない、ここまで多い魔物と戦ったことがないから息をつく暇がなくて驚いているだけ。
以前、私の地元マーオ町にスタンピードが起こったという事件があった。
その時私は町におらず何もできなかった。
それでも負傷した冒険者のためにポーションを渡したり、お母さんと一緒にご飯を作ったりして、町を守れなかった償いをしたつもりだった。
(皆はこれを経験したのね)
勿論魔物の大群がやってくるスタンピードと今の状況が比較にもならないことだとはわかっている。
それでも町の皆が経験したことを少しでも知りたかった。
知ったかぶりをしようとは思っていない、ただ気持ちを分かりたかっただけだ。
私は手を前にかざす。
目の前に大きな魔法陣を描いて、吹雪を作り出した。
私に向かって飛んできた魔物はスピードが殺され、壁の上で戦っていたフロンがとどめを刺す。
フロンが襲われないようフロンの周りに防御魔法を展開させた。
休む暇なんて当然のごとくない中、私は次の魔方陣を描くために前を見据えた。
戦っている間は戦い以外のことなんて考えられないくらい頭を使う。
何の魔法が適しているか、魔法を避けられた場合はどう対処するかの他に魔物との距離を瞬時に計算して、自分の魔力量も把握しながら常に頭を働かせる。
魔法で戦うということはそういうことだ。
特に無詠唱魔法となると、魔法発動時間が短いというメリットがあるが、その分手いっぱいになってしまうのが普通だ。
だから私は目の前の事に集中し、他のことなんて気にする余裕がなかったのだ。
「サラ!」
私の名前を呼ぶ声に思わず振り向いた。
手を伸ばしながら、驚いたような、焦ったような、そんな初めて見たかもしれないレルリラの表情をみた私は振り返ったまま固まった。
伸ばされた手に抱きしめられ、そのまま地面へと倒れる。
頭を打ち付けないよう、抱かれたレルリラの腕で頭は守られていたが、それでも地面に打ち付けた反動でぐっと息が詰まる感覚を覚えた。
それでも頭上を通り過ぎた魔物をみて、死角、つまり背後から攻撃を受ける直前だったところをレルリラに助けられたことを悟った。
私と同じく地面に倒れ込んだレルリラはすぐに体を起こし、膝をつきながら私を起こす。
「ケガはないか」
「う、うん」
私はレルリラの問いかけに、体を確認する前に頷いた。
地面に打ち付けた背中の痛みはもうないも同然だったからだ。
それよりも聖女様を守るようにして陣形を組んでいたのを一匹の魔物の所為で陣形が崩れてしまったことを気にした。
レルリラが私を助けるために移動したことで、隙が生れてしまったのだ。
ごめんと、謝ろうとした時だ。
「足引っ張るんじゃねーよ!」
苛立ったように怒鳴る声に私は体をビクつかせる。
その言葉はもっともだったからだ。
私が目の前の事しか見えていなかったせいで、迷惑を掛けてしまった。
自分でもわかっているから言葉を詰まらせる。
レルリラがなにかを呟いた瞬間、強い風が沸き起こる。
まるで竜巻の中にいるかのように風の壁が私達を囲んだ。
風の壁の外には大勢の魔物がいたが、激しく渦を巻くように動く風が一匹の魔物も通さなかった。
一時的なものでも休息の時間が生まれたのだ。
レルリラは腰に括りつけている小さな鞄からポーションを取り出して口に含む。
その行動でレルリラがかなりの魔力を消費していることがわかった。
何故ならレルリラの魔力量は私と同じ位あるってことを知っていて、フロンにも好きに魔法を使っていいと許可を出した私の魔力残量はまだ余裕があるからだ。
(そっか、この風の防御の魔力消費が大きいんだ…)
私はそう思った。
風の壁の向こう側はなにも見えないくらいに強く早く風が動いている。
魔法攻撃も物理攻撃も通さなそうな厚い壁に、私が思っている以上の魔力を消費しているのではないかと考えたのだ。
一時の休息時間を逃すことをせず、魔力を消費した者、負傷した者はポーションで補い、急な襲撃に情報がない者は集められる情報を集めようとする。
そんな時だ。
「……足を引っ張るな?よくそんな言葉が出るな」
地を這う様な低い声を出したのが私の傍らで膝をつき、この休息時間を与えてくれたレルリラだ。
レルリラに睨まれたその人物はポーションで回復したのだろう、足元に瓶を捨てているところだった。
今思う場面ではないことだが、私はその様子を見ながら少し残念に思っていた。
ポーションを入れる瓶は再利用が出来るから、ポーション製作をしていた身としては捨てられる瓶を勿体なく思ってしまったのだ。
「…思ったことをいっただけだ。なにか間違っているか」
相手は眉間に皺を寄せながら不愉快そうな表情を浮かべながらも、レルリラをどこか恐れているように見えた。
それでも意思を貫き通そうとしてか口調は変えない。
そもそも相手はどんな人なのか私にはわからないが、レルリラよりも年上なのだろうということはわかる。
強面の顔で判断しているのではなくて、国で一番といわれているオーレ学園に通っていたとき、この人をみたことがなかったからだ。
レルリラは入団してまだ一年も経っていない。
同じ年なら学園も同じだった可能性が高いからだ。
だから敬語を使っていないのだろうとわかる。
…レルリラが使っていないのは身分の関係もあるだろうが、実力面というところも関わっていそうだ。
「その通りだ」
「その通りって…はぁ!?」
言われた言葉を繰り返すことでやっと意味を理解できたのか、男は顔を真っ赤にして憤慨した。
特務隊ってどういう基準で選別しているのか、こんなにも感情の起伏が大きい人に任せてしまってもいいのだろうかと聖女様をちらりと見ると、先ほどの光景が恐ろしかったのかカタカタと体を震わせ顔色が優れなそうだった。
無理もない。聖女様は私たちのように魔法を使えない。
つまり自分の身を守る力を持っていないのだから、恐怖でそれどころじゃなくなることは当たり前だ。
私だって魔法を使えなかった幼少期、初めて見た魔物で腰を抜かしてしまったのだから、聖女様は今もっと怖い思いをしているのだろう。
「そうじゃなければ何故背後から魔物が現れたんだ。お前が防ぎきれなかったからだろう。サラの真後ろにいたのはお前だからな」
「ふざけんな!俺はちゃんと倒していた!第一俺が倒していなきゃ聖女様が今頃襲われてたんじゃねーか!?あの女よりも聖女様が近くにいたんだからな!」
レルリラの言葉に男が食って掛かるように反論した。
私も関わることだけど、男の言葉にも一理あるように思う。
レルリラはちらりと聖女様に視線を向けると、「どうだったんですか?」と尋ねた。
私は思わず立ち上がって、レルリラの前に立つ。
「ちょ、ちょっと、聖女様をちゃんとみてよ。そんなこと聞ける状態じゃないじゃない」
余程怖かったのか背中をレルリラのお兄さんに摩られて続けても、まだ恐怖に染まる聖女様に思い出させるような問いかけは出来なかった。
レルリラは気に入らないのか眉間に皺を寄せる。
私だって知りたいところだけど、聖女様に負担を掛けたくないという気持ちを折るわけにはいかない。
ここは一歩も引いてはならないと、レルリラと同じように眉間を寄せてレルリラを見上げた。
レルリラは少し驚いた表情を浮かべたが何も話すことはない。




