8 きっかけ
「サラって本当真面目だよなぁ」
抜き打ちテストが終わり、鞄に教材をしまう私に話しかけたのはマルコだ。
顔を上げて声の元を見ると、マルコが隣の席に座ってこっちを見ていた。
それにしても主が帰った席だけど勝手に座って頬杖をつくのはいかがなものか。
そこ、貴族の子の席よ?なにかいわれても知らないよ?
「真面目っていうか……、出来ないことがあるっていうのが嫌なだけよ」
恐らく今日使った教材だけでなく、明日使う教材も鞄から見えていた為、これから先生に質問するのだろうと思ったかもしれない。
まぁ、実際その通りだけど。
今日行われた抜き打ちテストで一問だけ魔法陣のミスをしてしまったし、予習も大事だから。
「それが真面目なんだって!だってサラは十分に出来てるじゃないか」
俺なんて、と人差し指を天井に向けて「ふん」と意気込むと、風属性特有の緑色の魔力が指先に溜まり、そしてふっと消える。
「ほら、全然うまくできないんだ」
悲しそうに眉を下げ、肩を落とすマルコに一人の男性が肩に手をまわした。
「なんだぁ~マルコ、お前出来ねーのか?」
そう揶揄うように言ったのはサーであり、彼の後ろにはキアもいた。
二十名ほどで構成されたクラスの中の平民仲間である。
殆どが貴族だったために、同じ平民というだけでこの三人はよく一緒にいる。
そして私以外の女子は皆貴族なため、よく一人でいる私にマルコが気を使って話しかけてくれるから、私達四人はよく一緒にいるようになった。
「じゃあお前は出来るのかよ!」
「出来るわけねーだろ、俺は天才じゃねーんだ」
「……ぷ」
「今笑ったなぁ!?」
「お前だって最初笑ってたじゃねーかよ!」
言い合うマルコとサーを治めるために間に入る。
「はいはいはいはい。そこまでにして。出来ないなら私が教えるから」
そういうと目を輝かせたのは今まで黙っていたキアだ。
「本当か!?頼む!教えてくれ!」
目を輝かせるキアが今まで黙っていたのは、もしかしたらずっと密かに魔力の具現化を行っていたのかもしれない。
そう思ってしまってしまったからには、笑わずにはいられなかった。
「……な、んだよ」
「なんでもないよ。…マルコのは見せてもらったけれど、キアとサーはどんな感じなの?」
「俺もマルコと同じで留めておくのが出来ないんだ」
そうキアが告げるとサーが「俺も」と同意する。
(私の事真面目って言ってたくせに)
このオーレ学園に合格して通うくらいだから、マルコもサーもキアも真面目な生徒であることは間違いない。
だから教えてもらえる機会があるとこうして積極的になる。
(三人がこういう人だから私もすぐに仲良くなれたんだよね)
性格が合わず、そして授業にも真面目に取り組まないような人物だったら、平民が自分含めて四人しかいなかったとしてもたぶん仲良くなれていなかったかもしれない。
でも三人は気兼ねなく話せて、そして授業にも真面目に取り組んでいた。
図書室に通う私を笑いのネタにせず、借りようとしている本に興味を示し、そして自分たちが持っている知識も秘匿にはせずに教えてくれるのだ。
いい人たちに私は出会えたことを感謝する。
「じゃあコツだけ教えるわね。コツは指先に小さな入れ物を想像する事」
「入れ物?」
マルコが首を傾げ不思議そうに聞き返す。
「そ。指先に魔力を留めるって思ってもいいけれど、私は小さな入れ物をイメージしてるの。
小さな入れ物に、少しの魔力量を入れて、その後はその箱の中から漏れないように、または消えないように。そんなイメージね」
小さな入れ物のイメージがつかないのか、三人が首を傾げている姿を見て、私はノートから一枚だけ紙を破って四角い箱を実際に作る。
そして、キアの人差し指に作った四角い箱を乗せてあげる。
ただ手を離すと落ちてしまうから、支えるために手は離さなかった。
「じゃあこの箱の中に納まるくらいの魔力量を入れてみて、入れたらその状態を維持するの」
「わ、わかった」
私が作った小さな箱にキアが魔力を入れる様子を三人で見つめていると、キアの火属性である赤い魔力が漏れ出し箱がフルフルと震えだす。
私はすぐに指摘した。
「魔力が多いよ!抑えて!」
「あ、ああ!」
するとすぐにあふれていた魔力の量が少なくなり、箱の中に赤い魔力が留まる。
「そうそう、その調子…出来るじゃない!」
「…こんなにも長い間出来たのは初めてだ…」
「あとは今やったことを箱なしでやって、維持出来るようになったらそのまま魔法陣を書いてみて。きっと出来るようになってるからさ」
「やってみるよ!サラ、ありがとな!」
嬉しそうに目をキラキラさせるキアに、私もついつい嬉しくなる。
喜んでもらえるのはなんだかむず痒い気持ちになるけど、すっごく嬉しいものなんだね。
「すげーな!おい!次俺にもやらせてくれ!」
じゃあその次は俺な、とマルコがいって、サーがキアが持っていた箱を奪い魔力を込め始めた。
箱を取られたキアがもう一度作ってほしそうに私をみるので、私はマルコの分の箱を作るためにノートから二枚の紙を破く。
さっきのキアを見ていたからか、サーもあっという間に出来るようになっていた。
キアとマルコに作った箱を手渡し、マルコが出来るようになると、今度は誰が長く魔力を維持できるかと三人で対決し始めるとふと視線を感じる。
「…なぁ、それってどうやったんだ?」
「わ、私にも教えて欲しいわ…」
どうやらまだ教室に残っていた他の貴族の子たちだった。
貴族の子たちが平民の私達に向かって“お願いの言葉”を言ったのである。
私達は顔を見合わせて、そして笑顔で彼らを受け入れた。




