16 出発
折角少数精鋭で揃えたというのに、魔国への旅立ちは派手なものだった。
これも第二王子が仕組んだものなのかまではわからないけれど、まるで凱旋パレードの様に派手に見送られたため、遠くから確認できた聖女様の顔色は悪い。
え?私?私は聖女様と似ているからということと、一人だけ冒険者が混じっているというアウェイ感もあって、後から合流することになっている。
流石に第二王子に私の存在がバレたら「お前がパーティーのやつだろ!?」とかなんとか言われそうだし。
あとあの中に平然な顔で座っている心の余裕は私にはない。
王子様に聖女様、そして公爵家の二人。まぁレルリラは別の意味で緊張するけどね。
後は特務隊の二人なんだけど、なにやら私に対しての敵対心が強い。
実力で特務隊に選ばれたからかな?騎士団に所属すらしてない私がメンバーの一人だということが気に入らないみたいなのだ。
だから私は先に転移魔法陣のある場所へ、フロンと一緒に移動中だ。
「フロンなんだがご機嫌だね」
『だってサラとこうしているのは久しぶりだからね!これから魔物と沢山戦うけど、嬉しいんだ!』
鼻歌でも歌い出しそうな程にご機嫌な様子のフロンに私は口角をあげる。
パーティーの前からマナー教育にドレス決め、依頼自体は終わってもすぐに魔国へと出発する為に準備したほうがいいもの、特に食べ物関連やポーション類を詰めに詰めまくったお陰でフロンとゆっくりできる日がなかったのである。
私は毛並みの良いふわふわとしたフロンの頭を撫でて、「ごめんね」と呟いた。
『大丈夫!あまりにも寂しくなったら僕から会いに行くからね!』
「それはフロンの魔力を消費するって事?ダメダメ。許可しないよ。
私フロンとはずっと一緒にいたいんだから、私の魔力を消費しなさい」
『じゃあ契約を結びなおそ!』
「契約を?」
私は首を傾げた。フロンとの契約は名前の契約だけで書面上のやり取りはない。
契約の結び直しというのがどういうものなのかと尋ねると、今は魔力を使う全てが私の同意を必要とする契約になっているみたいで、それを緩めるというものだ。
基本的にいつでも着ていいんだけど、この前のような依頼中の時に急に姿を現されると…と考えると私は返事に躊躇してしまう。
いや、フロンの事は信用しているけど。しているけどね。
『じゃあ僕から許可を貰う感じにするのはどう?』
私が悩んでいると、フロンは次の案を出した。
テレパシーの様にフロンから許可をとることが出来るようで、これなら契約の結び直しはいらないらしい。
「それってフロンを呼び出さなくても会話ができるってこと?」
『そうだよ。でも会話はお勧めしないかな』
「なんで?」
『サラからの返事は声を出さないといけないんだ。傍から見るとサラ一人で話しているように見える』
「それは……嫌かも」
『でしょ。でも一言くらいの返事だけなら問題ないよね』
「そうだね」
私が頷くとフロンは『よぉし!これから呼び出されない日は毎日聞いちゃおっと!』と嬉しそうに言っていた。
そんなにも毎日会いたいって思ってくれているのなら、どこかに出掛けたりしなくても呼び出したほうがいい気もしてくる。
「あ、フロン。ここで下りてくれる?」
私は上機嫌に飛ぶフロンに指示した。
転移魔法陣は王都の様に大きな町の入り口に設置しているようで、王都の次に大きい町カルデラ町の門の近くに降り立った。
そしてフロンを肩に乗せて、アルヴァルト殿下から渡されていた書状を警備をしている門番、つまりこのカルデラ町を治める貴族の領地の騎士に手渡した。
「冒険者の者です。アルヴァルト第一王子からの依頼の為、転移魔法陣を利用させてください」
「なんで殿下が冒険者なんかに……、ッ!!」
書状にはなんと書いてあったのか、訝し気に見てくる騎士の人は書状を目に通すなり顔を青ざめさせ、ごくりと唾を飲み込む音がこっちまで聞こえてきた。
そして「こっちだ」と案内する。
町全体を囲っていた大きな塀は、ただの頑丈な厚みのある壁かと思っていたがそうではなかったようだ。
壁の中に入っていくとまず書類がびっしりと並ばれた小さな部屋が過ぎ、次に休憩室なのか三人掛け程の大きさのベッドが置かれている部屋や、シャワールームやトイレ、テーブルなどといったような家具が設置されている部屋があった。
そしてその奥に転移魔法陣が描かれた部屋があるのだそうで、私は一番奥の部屋に通される。
「…言っておくが転移魔法陣の発動に必要な魔力は自身の_」
「あぁ、はい、大丈夫です」
きっと自分で補えとかなんとかいうのだろう男の言葉を私は遮った。
マーオ町のような遠くの町なら魔力が足りないかもしれないけれど、待ち合わせしている場所は王都から東に三つ行った町だ。
そこが一番魔国へと続く森に近いから。
そして私は今王都から南東にあるカルデラ町に移動している。
南に移動しているが、それでも東に進んだ分王都からよりも若干近くなっている為、転移に必要な魔力は十分足りると考えられた。
『サラ、僕は一旦戻るよ。僕がいたら僕の転移分まで魔力が必要になる』
それに魔国へと足を踏み入れたら戦闘が待っているでしょと、フロンが気を遣って星域へと戻ると口にした。
私はフロンの気遣いに素直に甘える。
「ありがとう。じゃあ着いたらまた呼び出すからね」
『うん。待ってるよ』
崩れないように石板に掘られるようにして描かれた魔方陣の上に私は上がり、自分の魔力を注いだ。
あれ、そういえば転移先ってどう指定すればいいんだろう。
そんなことを魔力を流してから思った為に、急に目の前に現れた文字に私は驚いた。
大きな町に転移魔法陣を設置しているとは聞いていたけど、魔方陣を使用する際に文字として表示され、選ぶことが出来るのね。
どんな仕組みになっているのかわからないけど、すごく便利だなと私は思いながら、ゼレイニウム町を選択する。
魔法陣が光り、私の体は光に包まれていく。
眩しさに目を閉じるとぐっと魔力が失われる感覚が強まり、次に目を開けた時には同じような場所だが違う場所へと移動していた。
なんで違う場所だってわかるって?
目の前にレルリラが待っているからだ。
「…お待たせ」
「待ってた」
なんだこのやりとり。と思いながらも私は消費した魔力を回復させるためにポーションを飲む。
あと少し出発が遅くなってくれたら、エステルの実家で作った飴玉タイプのポーションが手に入ったところなんだけど、しょうがない。
ちなみに飴玉タイプのポーションは液体ではなく個体の為、持ち運びが凄く便利になったポーションだ。
液体に比べ瞬間的に回復できるわけではないけど、徐々に回復してくれるから結構重宝する。
「…それはマジックポーションだね。転移魔法は自分の魔力を使ったのかい?」
私がポーションを飲んで魔力を回復させていると、それを見ていたアルヴェルト殿下が目を細めて尋ねられた。
「そうですけど…」
「そうか。門番については私から話をしておこう。
いらぬ労力をさせてしまったな」
そういって転移魔法陣が描かれている部屋を出ていく殿下に私は(あの騎士の話最後まで聞くべきだったかな)と名も知らない騎士の人へと罪悪感を感じた。
いやでも、あの言葉からしたら絶対”自分の魔力を使うように”って言葉が続くだろう。
きっとそうだ。そう思ってた方がいい。自分の精神的に。
「ポーションがなくなる前に言えよ」
アルヴェルト殿下の後姿をじっと見つめていた私にレルリラが言った。
魔国の中を調査するということは、ポーションを補充する機会がないという事。
だからこそ一日以上の準備期間をアルヴェルト殿下が与えたわけで、余るほどに用意した私のカバン事情を知らないレルリラがそう告げる。
私は口角を上げてレルリラを見上げた。
「大丈夫。沢山持ってきたから。レルリラこそなくなる前に言ってくれたらあげるからね」
そういうと、「個人で準備したお前よりは多い」と反論も出来ない事を言われたので、私は可愛くないやつだなと思いながら先を歩くレルリラの後ろを追いかけるように付いていったのだった。
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