14 これからのこと②
「そうだな。ヴェルナスのいう通りだ」
アルヴァルト殿下はそういうとパラパラと捲るだけだった本を持ち上げて、適当な場所を開いた後書かれていた本、いや日記の内容を読み上げた。
「『初めて魔物を見せられた。怖かった。
地球では辞典でもテレビでも見たことがない生き物の見た目をしていたことは勿論だけど、でもそれ以上に怖かったのはこの国の皆が瘴気とよんでいた悪霊が、悪霊の数がもっと怖い』
『いくつもの恐ろしい顔が魔物に纏わりついて、悪霊たちは私に手を伸ばしてくる』
『アレに触れられたくない。呪われたくない。なのに王子たちは私の背中を押す。魔物に近づいて浄化しろと命じてくる。アレに必要なのは聖女でも何でもない。悪霊を祓ってくれる霊媒師だ!』
『誰もわかってくれない。説明しても私がおかしいもののようにみてくる。黒いもやのようなものが見えるということは、みんなが悪霊を見えているということなのに、誰も私の話を理解しない』
『苦しい…、本当にこれが正しいやり方なの?私の体が私の物じゃなくなる感覚、そして私にこの国の人達が言う浄化という除霊のやり方をするたびに、私の心がなくなっていく気がする。あぁ、帰りたい。家に。国に。元の世界に。日本に帰りたい』」
読み上げられたその内容は、ところどころわからない単語があったけど、それでも嫌がる聖女様の心情がよくわかる内容だった。
「時系列から考えると、これはまだ浄化の試験段階中だろう。まだ浄化に出向いてもいない段階で、聖女様はこれだけの疲労を精神的にも、そして肉体的にも受けていたと考えられる」
そして続けて読み上げられた内容は、聖女様の護衛として選ばれた者たちとの旅の様子だった。
私が見た夢のように、まるで世話係のような召使い扱いからどんどんエスカレートして、遂には奴隷のように扱われていく聖女様の心境が綴られていく。
そんな中で恐る恐るといったように手を上げる者が一人いた。
アルヴァルト殿下に名を呼ばれたその騎士は、胸に手を当て立ち上がるとちらりと私に視線を向けるとすぐにアルヴァルト殿下に向き口を開く。
「聖女様が虐げられていたことはわかりました。そして第二王子の発言により、聖女様を伴いこれから魔国へと瘴気の魔物の調査をする必要があるということも。
ですが、何故騎士団でもない彼女がこの話し合いに参加しているのですか?
聖女様を守るために、今日は身代わりとしてパーティーに参加したと伺ってはいますが……」
なるほど。
さっきから攻撃的だなと思ってはいたけれど、私がこの場にいること自体が気にくわないと、そういうことかと悟った。
それでも私はレルリラの同行者として行動することを許されている。
ということは、特務隊の任務にも同行してもいいはずだ。
第一私だって聖女様を守りたい。
今の聖女であるヤマダ マコ様を魔の手から守りたいと、本気でそう思っている。
だから許されるのであれば魔国へだって着いて行きたいと考えているのだ。
「そもそも、記憶の魔物の件も本当かわかりません。虐げられたといわれる事実と同じだったからといっても、その女性が先に聖女様が残していた日記を見たという可能性はないのですか?」
「確かにそうですね。聖女様、そして王族と関わりたいからと平民が考えそうなものです。あらかじめ内容を把握し、それを闇市場に流してから得ていた内容を伝えたと考えてもおかしくはないのではないですか?」
敵意を向ける騎士にレルリラが反論する。
「……日記は聖女様の世界の言葉で書かれていましたが?」
「それはそうだろう。聖女様が残したものだからな」
「その言葉は王家で保管している書物とは違う言語だった、と言っても?」
「なっ!」
「そんな聖女様以外誰も知らない言葉を平民の彼女がどのように知り、どのように読み進めたというのですか」
レルリラの言葉に騎士の人は悔しそうにしながら口を閉ざした。
そして視線はアルヴァルト殿下に向けられる。
アルヴァルト殿下は「はぁ」とわざとらしく息を吐き出すと、「仕方ない」と口にした。
「パーティー会場でわかったと思うが、彼女は聖水を作れるんだ」
「聖水を!?」
驚く騎士の方々に私も驚く。
同行者という存在を知っているのに、私が聖水を作れること知らなかったの!?というか、聖女様の代わりに私が参加したことを知ってるのなら、あの瘴気の魔物だって私が浄化したとわかるでしょう。
この人たちは一体私のことをなんだと思ってるのか。
色々情報共有されてなさすぎなのではないか?
こんな杜撰な体制で本当に聖女様を守ろうとしてきたのだろうかと不安に駆られた。
それでも新人であるレルリラがいるということは、きっと実力主義なのだろう。
そうじゃなかったらどんな人選をしているのだろうかと不安だらけだという視線を思わずアルヴァルト殿下に向けてしまうのも仕方ないことだよね。
「こんなただの平民が聖女様の子孫だとでもいうのですか?!」
それはどういう意味だと反論したくなるのを私はぐっとこらえる。
以前レルリラから聖水を作れる聖女の子孫は身分がしっかりとしていると聞いたから、”ちゃんとした家柄”を持った人たちしか聖水を作るものがいないのだろう。
それこそ私の存在に意を唱えるくらい守りたくなるほどの。
「……どの家系が関わっているのかはまだ調査段階だが、聖水を作れるということから、彼女の存在は君たちよりも十分に重要な立ち位置になることはわかるよね」
にっこりと笑みを見せたアルヴァルト殿下に、流石にこれ以上騒ぐことはなかった。
というか、これ以上言ってみろ?ああん?という副音声が聞こえてきたのは私の勘違いだったのかもしれない。
「さぁ、情報共有も済ませたことだし、まずは魔国へと向かう人選だ。
特務隊からはラルク・レルリラ、ピエール・クロード、トマ・ウィルム、そしてヴェルナス・レルリラの四名。残った二人には少々酷だがいない間民を守ってやってほしい。
そして冒険者サラ・ハールに私、最後に聖女山田 眞子嬢だ」
アルヴァルト殿下が選んだ人選に私は思わず立ち上がった。
そして聖女様が参加することに意を唱えると、アルヴァルト殿下ではなくヤマダ マコ様自身が口を開いた。
「ハールさん、これは私からの希望でもあります」
微笑むヤマダ マコ様に私は困惑する。
だって聖女様は”力がない”と言っていた。
浄化の力だけではない、この国なら誰もが使える魔法の力も聖女様にはないのだ。
それなのに危険な場所に向かう必要はない。
というか向かってはいけないだろう。危険すぎる。
「も、もしかして聖女様の役目だから、ですか?それなら私が髪色を変えて…」
「違うんです。私も役に立つことが出来ると、そう思ったからです」
聖女様の言葉の意味がわからず、じっと見つめていると隣から手を引かれる。
「座れ」と小さく促され、私が腰を下ろすと聖女様は話し出した。
「瘴気の魔物は召喚されてきた聖女たちの魂を狙っている。そういう話だったと思います。
実は私、霊感が……あ、亡くなった人の魂を見ることが出来るのです。魂を狙っているのなら、まだ取り込まれていない魂を見つけ守ってあげることも対処の一つ。
だから着いて行きたいと願ったのです」
ニコリと微笑んだ聖女様は、まるで前から覚悟しているかのように不安も、焦りも見えなかった。
私は「他に言いたいことは?」と問われ、渋々ながらも「いいえ」と否定する。
「では人選はこれでいいね。出発は明後日だ。それまでに各自準備をしておくように」
以上だ、と話は終わり退出していく。
「足を引っ張るなよ」とかなんとか悪態を着く人が二名ほどいたが、誰に向かって言ってるんだと私は苛立ちを思えたまま「お互いにそうならないように気を付けましょう」とだけ返しておいた。




