13 これからのこと
「まずは情報共有をしておこうか」
アルヴァルト殿下はそう言って複数の薄い本を取り出した。
服の内側からぬるりと取り出す仕草を見た時はずっと持ち歩いていたのかと思ったのだが、流石にそれはないと考えを改める。
どうせ亜空間鞄を服の内側に忍ばせていたのだろう。
一冊二冊なら胸元に隠し持っててもありえなくもないが、とりだした本の数は十冊に近い。
流石に十冊も懐に忍ばせるわけがないのだ。
そして同時に学生の頃にヘルムートさんから見せてもらったものだと気付く。
私はレルリラにこっそりと尋ねた。
「…レルリラ、もしかして話してくれたの?」
「あぁ、兄上に」
それならそれで教えて欲しいところだが、すっかり忘れていた身としては責める権利はないだろう。
それよりも声を潜ませて返してくれるのはいいが、顔を近づけてくるレルリラに、私は咄嗟に体を離しながら顔を背け「ありがとうね」と小声で伝えて、王子へと視線を戻した。
視線をもう王子へと向けてしまっているため、レルリラの表情が伺うことができず私は大丈夫だろうか、と不安になる。
避けられたと誤解してはいないだろうか。
……でも、そもそも近づいてくるレルリラが悪い。
私の気持ちを知らないにしても、女性に無闇に顔を近づけないだろう、普通は。
「これは闇市場で取引されていた聖女の日記だ」
私はアルヴァルト殿下の日記という言葉に納得した。
ヘルムートさんと話した通りやっぱり日記だったのだと。
そして私から存在を知っていたレルリラも、レルリラから伝わっただろうお兄さんも聖女様も特に目立った反応はない。
あるのは向かい側に座っていた騎士団の人たちだ。
聖女の日記?
本当なのか?
でも殿下が言ってるのだぞ。
これは大発見じゃないのか。
そう小さくではあったが口にしている。
こほんと咳払いをしたアルヴァルト殿下に話をしていた騎士の人たちはしまったとばかりに口を閉ざした。
「勿論本物なのかと疑問に思う者もいるだろうが、聖女である眞子様の協力もあり、中に書かれている文字は聖女様の世界のものという確認も取れている。正真正銘これは昔の聖女様が残した日記だ」
「あの…その日記本には何が書かれてあったのですか?」
「聖女様が虐げられていた過去の事実だ」
一人の騎士の質問に躊躇することなくアルヴァルト殿下が答える。
アルヴァルト殿下の言葉に質問した騎士は固まった。
そして困惑する。
困惑したまま互いに顔を見合わせる騎士たちの姿をみたアルヴァルト殿下は、パラパラと日記をめくりながら話した。
「聖女様が虐げられていたという事は残っている書物のどこにも記載されていない為に困惑するのも無理はない。だがこれが事実だ。そして、聖女様の力を狙った魔物が虐げられ弱った聖女様を狙った。聖女様の魂を取り込み、力を得た魔物が、瘴気の魔物の正体だったということが、この日記から知ることができた」
要点だけをまとめたアルヴァルト殿下の話に私はハッとした。
夢を思い出す私はある記憶が浮かぶ。
聖女に迫る黒い影。
私も王子と同じ考えをしていた。
だけどどうやって聖女の力を手に入れていたのかが分からなかったのだ。
それがアルヴァルト殿下の話で辻褄が合う。
「…そっか…」
”魂を取り込んだのだ”
どうしてその考えに至らなかったのか。
考えれば簡単に辿り着けそうだが、この国では死んで亡くなった人の魂は神様の元へと向かう。
そしてその魂は神様の元で浄化され、新しい生を与えられると言われているから、魂に手を出すなが発想がなかったのだ。
それは神様への冒涜にもなるから。
でもそれはあくまでも人間の考えだ。
魔物にも当てはまることではないし、魔物にとって、いや人間以外の生物にとってどのような考えを持っているのかなんて誰にもわからない。
だからこそ、考えが根本から違うからこそ、普通なら魂が魔物に狙われることなんてないと思っているからこそ、その考えに納得した。
つまり……、つまりだ。
私が夢で見た聖女様に迫る黒い影。
あの時点で聖女様は…
「……死んでしまっていたのね……」
虐げられ、恨みの気持ちを胸に抱いたまま。
そして魂を奪われてしまった。
夢で見た光景を思い出した私は、「サラ」と小さく呼びかけるレルリラの声にハッとした。
俯き始めていた顔を上げると訝しげに私を見る騎士団の方々。
そこで私は声に出してしまったことを知る。
「”死んでしまった”というのはどういう意味だ」
厳つそうな容姿の男性が、鋭い視線を向けながら私に尋ねた。
どうやら私の失言を見逃してくれるつもりはなさそうだ。
それにしても、レルリラから報告は受けていないのだろうか。
私が夢だけど、それでも聖女に関する夢や魔物と思われる存在から記憶を得たことは伝えてある。
もしかして上司であるお兄さんにしか話してない?そんなことを考えながら私は口を開く。
「……この間、レル…ヴェルナス様と瘴気の魔物が現れたという報告を受け、共に通報したという町へと向かいました」
私がそう話すと「ああ、この子が例の…」と物珍しそうな表情を浮かべる人や、「何故特務隊でもなく、それも騎士団でもない者を…」と苦々しい表情を浮かべながら視線を向ける人達。
「実際に瘴気の魔物はいませんでしたが、昔あった記憶を伝える能力を持つ魔物…と出会い、私はそこで虐げられる聖女様の記憶を見ました」
「は!?そんな魔物がいるか!ふざけるのも大概にしろ!」
声を荒げる者に私は言い返そうとした口を閉ざした。
何故なら隣から伸びた手は私の顔の前で止まり、視線を向けると敵意を剥き出しにしたレルリラが、声を荒げた人物へと睨みに効かせていたのだ。
「ふざけているのはどっちですか。この際私達が見た記憶を伝える魔物というのはおいておきましょう。
ですが、実際に聖女様は虐げられていた事実は殿下がもつあの日記が表しています。国を救ってくれる救世主を虐げていたという事実から目を背けたくなる気持ちはわかりますが、事実を受け入れ、対処するのも私達の仕事なのではありませんか?」
レルリラの言葉にその人はぐっと表情をしかめて口を閉ざす。
私は私で庇ってくれたレルリラに、ドキドキと脈打つ心臓を必死に抑えようと息を止めていた。
本人は気にもしていない様子だが、「気にするな。サラはなにも間違ってない」とフォローめいた言葉を簡単に口にするレルリラは十分にかっこいい。
あぁ、恋心を自覚した今、レルリラがかっこいいと言われていたのが凄くわかる。
でもそれを表に出してしまっては、私は友達としてレルリラの隣にいられないことはよくわかっているつもりだ。
だから、「だよね。嘘なんてついてないんだから」と返した。




