7 視点変更 残った人たちの会話②
「昨日のことです。瘴気の魔物の報告があり彼女とオリエイナ町へと向かいました。瘴気の魔物とは遭遇することはありませんでしたが、そこで不思議な魔物と出会いました」
「いやまて、そんな報告は受けていないぞ」
「瘴気の魔物はおらず、魔物は討伐したと伝えましたよ」
「その討伐した魔物の詳細についていってるんだ。”不思議な”だなんて報告は受けてない」
憤慨とまでは行かないが、狼狽えるラルクを宥めるようにアルヴァルトが口を挟む。
「まぁこうして今話してくれているんだ。彼だって想い人である女性が関わっていて話すのをためらってしまったのだろう」
ラルクはまだ言いたい気持ちをグッと抑え、口を閉ざし聞く体制を見せる。
そしてヴェルナスは再び話しだした。
「一見魔物は普通の人間の子供のような見た目でした。ですがその後には口以外のパーツがなく、子供を保護しようとしたサラと接触しました」
「それで?」
「サラが倒れました」
「は?」
「接触しただけで特段なにかをした、というようには見えませんでしたが、それでも魔物と接触したサラはふらつき倒れ、俺はその魔物を倒しました。魔物は特に抵抗という抵抗を見せず、役目を終えたかのようにじっと倒されるのを待っているような感じでした。
そして、サラが目を覚ますと過去の聖女に関する夢をみたと、召喚された多くの聖女が虐げられ、まともな扱いをされた聖女は片手で数える程。そしてどの聖女も護衛として共に旅だった者達を憎んだと、そして憎しみを抱いた聖女に、聖女の力を狙った魔物の姿が見えたと話しました」
ヴェルナスの話を聞いて室内は異様な空気が流れた。
狼狽える者、驚く者と様々な反応だったが、それでもヴェルナスは首を傾げた。
まるで初耳ではなかったような、そんな態度を三人がとっていたからだ。
「……彼女は本当に、見たんだな…」
「ええ」
口元を隠すように手を当てたアルヴァルトは、眉間に皺を寄せた。
そして口元から手を離すと、大きく息を吐き出した。
そんなアルヴァルトの様子にヴェルナスは首を傾げ、思わず兄であるラルクを見た。
するとラルクも同じように眉間に皺を寄せて難しそうな顔をしたまま腕を組む。
そして「…まさか…」と呟いた。
「?」
「……いや、これで信憑性が更に増したと思ったんだ」
「なんの…」
”話ですか?”と続けようとしたヴェルナスの言葉をラルクが遮った。
「以前お前が俺に話したことだよ。彼女から聖女に関する本が魔法研究所にあるといっただろう」
そこでヴェルナスはすっかり忘れていたことを思い出した。
サラからの確認や催促もなかったためにすっかり忘れていた聖女らしき人物が残したとされる本のことを。
そう言えば学園を卒業してすぐの頃、聖女の教育担当者でありしかも第一王子の側近であるラルク兄上ならば簡単に中身を確認できるだろうと考え、話をしたことをヴェルナスは思い出し頷いた。
「そこに書かれている内容が眞子嬢の翻訳で知ることができたんだ。
お前が今話した通り、昔の聖女は虐げられていたという事実を、俺たちは本から知ることが出来た。それは眞子嬢が翻訳した最近まで誰もが知らなかった事実だ。だからこそ、お前の話を俺たちはすんなりと受け入れることが出来たんだよ」
なにせ聖女の故郷の文字は聖女しか知らなかったし、聖女が内緒で残した本があるだなんて誰も把握していなかったのだからな。とラルクは続ける。
誰も把握していなかったこと自体、本当に聖女のことをどうでもいいと考え大切に扱ってこなかったのだなと、静かに話を聞いていた眞子は思っていた。
本当に大事にされていたのなら、聖女の元いた世界のことを、文字を、考えを聞いていただろう。
眞子は思い出す。
人が死んで霊になって存在すること自体を否定するこの国の考え方を、本当に聖女のことを大事に思っていたのなら、幽霊の存在も、書き残していた文字のことを眞子に聞かなくても知っている筈なのだ。と考えていた。
「つまり、あれは聖女の故郷の文字で合っていた、ということ、そして聖女の私物だったということですね」
「そうだ」
頷くラルクに続ける形で、アルヴァルトが口を開いた。
「つまり、その事実をどんな形であれサラ・ハールが伝えられたということは、彼女がこの世界の中で唯一の特別な存在であるというわけだ」
聖女云々という話を除いてもな、と続けるアルヴァルトにヴェルナスは目を細めた。
そしてそんなヴェルナスの表情をみたアルヴァルトは咎めることもせずに楽しそうに笑う。
「心配しなくても大丈夫だ。私は約束事は違えることはしたくない性分でな。勿論王族という立場から全ての約束を叶えることは難しいが、それでも私はこの場で話したことを明らかにしないと約束しよう」
そうはいってもアルヴァルトという人物はヴェルナスにとっては他人だ。
いくら兄の仕える人物であろうとも、信用なんて出来ない。
だかそれでもこの国の王子であり、王位継承権序列一位である事には間違いない。
将来国を導く立場の者が聖女と臣下のいる前でそのように話しているのなら信じてみようと、ヴェルナスは思った。
まぁそれは今この時も思ったのではなく、ラルクがアルヴァルトについている時点で考えていたことだが。
「それで眞子嬢」
「あ、はい!」
アルヴァルトは眞子に体ごと向け、一つの提案をした。
「君にはやはり、このまま聖女を名乗ってもらいたいと考えている…」
言いずらそうに口籠るアルヴァルトは最後まで言葉を続けることは出来なかった。
眞子はそんなアルヴァルトを見て、くすりと笑う。
「私、アルヴァルト様にはとても助けられてきました。
なにもない私を助けてくれたこと、今もこうしてご自身の評判も顧みずに状況を打破するために策を講じていること。
それに……」
眞子は一度そこで口を閉ざした。
脳内には初対面でありながら何の力もないと告白した筈なのに、それでも聖女の力になりたいと、眞子を守りたいといってくれたサラの姿を思い返していた。
そして勝手に召喚された事実を棚に上げ、相手の事情をなにも考えずにただ助けを求める自分が恥ずかしくなった。
相手の為になにかをしたい。なにかを返したい。
少なくとも眞子は自分のことを守ろうとしてくれる人に対して、そう思うようになっていたのだ。
「…恩義に報いる。私のおじいちゃんがよく言っていた言葉です。
私にも出来ることなら、やらせてください」
眞子の言葉にアルヴァルトは目を見開いた。
そして
「我が国が何故長年聖女に頼ってきたのか、わかる気がするよ」
と小さく呟いたのであった。
視点変更終わり




