6 視点変更 残った人たちの会話
サラが出ていった、というよりも追い出された室内には聖女である眞子と第一王子であるアルヴァルト、そして眞子の教育かがりでもありヴェルナスの兄でもあるラルク、そしてヴェルナスが残っていた。
「…何故邪魔をしたんですか…」
ヴェルナスがラルクに鋭い視線を突きつける。
問われたラルクは苦笑しながらもこう答えた。
「好意を示すのもいいが、彼女のような平民の女性には悪手だと俺は思うな」
腰に手を当て、片足重心になるラルクはやれやれとでもいうかのように困った様子で肩を下げる。
「何故ですか。サラのような鈍感には伝えていったほうがいいと…、それに身分の問題はどうにでもなると父上も母上も了承済みです」
「彼女はそれを知らないだろう。それに想いが通じて?その後は?父上と母上が認めても周囲が認めない。結婚まで考えているのならまずは解決しなければならない事があるだろう」
「……ではなぜ好意を伝えることは控えたほうがいいのですか?」
「父上と母上は彼女のことを知らない、逆に俺は本人に会い話をした。人となりを知ったうえで判断したまでだ」
ラルクの言葉にヴェルナスは口を閉ざす。
二人のやり取りを優雅に茶を飲み、喉を潤していたアルヴァルトと、キョロキョロと二人の様子を忙しなく見ていた眞子は同時に口を開いた。
「私もラルクと同意見だな」「あの!何故好意を伝えることを優先しちゃダメなんですか!?」
言葉を被らせた二人は視線を合わせる。
「…“何故好意を伝えてはいけないか”だったね」
アルヴァルトはこほんと咳払いをすると眞子の疑問を口にした。そして手に持っていたカップをテーブルに置く。
「まず、この国では貴族同士ならば身分差があっても婚姻は許されている。権力の強い者同士がよからぬ策略のために繋がるのを阻止するためだ。
だが貴族と平民の婚姻は許されていない」
「…は、はい。婚姻についてはラルク様の授業で伺いました。ですが、何故ヴェルナス様がハールさんに好意を伝えてはいけないのかがわかりません…」
「別にいけないことはないさ。でも私たちはそうしない方がいいと考えただけ。そしてその理由は、ヴェルナスがサラ・ハールのことを本当に想っているからだよ」
眞子は首を傾げた。
「貴族と平民との婚姻が認められない以上、二人の関係はよくて愛人止まりだ。いくら両親が許可したとしても、王族の分家でもある公爵家の人間が婚姻もせず、子供も残さないのは認められない。いくら三男だとしてもね。つまり、サラ・ハールが平民である以上二人の幸せを思うのならば、好意を伝えないほうがマシだ、というわけだよ」
アルヴァルトの話に眞子は目を見開かせた。
貴族と平民との婚姻が認められないという話は聞いていたが、レルリラ家が王族の分家であることで、生涯サラだけを思うことができないことを知ったからだ。
そしてヴェルナスは苦い表情を浮かべながら口にする。
「…最悪、私は破門も辞さないつもりです」
突然とも言える弟の心の内を聞いたラルクは驚愕した。
見開きすぎて目が乾くし、大きく開いた口からはなにかが飛び出てしまいそうだ。
「はぁ!?俺は絶対に許さないぞ!」
すれ違ってしまった家族の関係がやっと元に戻った今、関係を再び壊すことはしたくなかった。
それに破門となればもう兄上と呼んでもらえなくなる。そんなの嫌だと、今までわがままも聞いてやれなかったことから少しでも甘えさせたいと、まともな理由も言わずに聖女への教育係りを拒否した弟の代わりにすんなり引き受けた身としてはあまりにも衝撃的な発言だった。
「…やれやれ、君達は平民が貴族の爵位を受け取る制度があるという事を抜けてしまっているな」
アルヴァルトの言葉に眞子がどういうことか尋ねる。
まだこの辺の教養は受けていないようだ。
「国への功績が認められたものには爵位が与えられるんだ。今まででいえばスタンピートを阻止した冒険者が昔いた。その者にはsランクを名乗る資格と男爵の地位を与えた。まぁ冒険者としての活動を優先させたいという本人の意思もあって爵位の贈呈は流れてしまったが。その他にも新しい薬草の発見や生育法をあみだしたものも讃えられて、男爵の地位を与えているよ。今は新しいポーションの形として名を馳せているようだね」
アルヴァルトの言葉に眞子はなるほどと納得する。
「つまり、ハールさんが平民のままだと例え両思いであっても身分差から身を引くという決断をしかねないから、ハールさんがSランクになって貴族の爵位を与えられた後気持ちを伝えれば、お二人は問題なくくっつく、そういうことですね!」
「そういうことだね。逆にヴェルナスの気持ちに最初に気付いたとしても、正妻を迎える筈の男が平民の女に…って気持ちを疑われかねない。
まぁこれも勝手な推測だ。本人がどう思うかは本人しかわからないけど、少なくとも俺とラルクはそう考えているってことは知っておいてほしいな」
アルヴァルトの言葉にヴェルナスは俯いた。
サラの気持ちを自分は一番に分かっていたつもりだった。
だがら以前両親に伝えたように、サラのことを考えて結婚はしないと宣言した。
それでも息子の幸せのための行動をしなさいと応援してくれた二人の言葉がヴェルナスの背中を押してくれて、サラに素直な自分の気持ちをアピールしていこうと決めたのだ。
だがそれもヴェルナスの勝手な判断で、サラの気持ちを、サラの立場を考慮しての考えかといわれれば違ったとヴェルナスは二人の意見を聞き思った。
「そんなことよりも彼女は聖女なのか?」
アルヴァルトは話題を変えて、単刀直入にヴェルナスに尋ねる。
特務隊の隊長でありヴェルナスの兄であるラルクに聞かなかったのは、サラを優先しようとするヴェルナスを考えてだろう。
ヴェルナスはアルヴァルトの問いを聞き、思わず頭を上げたがすぐに表情を切り替えて口を開く。
「…違い_」
「おっと。嘘を付くなんて不粋な真似はしないでくれ。
私はこう見えて臣下であるラルクのことは信頼しているんだ。そしてその弟である君のことも同じ。
それにこの話はここだけにするつもりだから安心しなさい。彼女が聖女であっても、私が否定しよう」
アルヴァルトはヴェルナスの言葉を遮って告げた。
ヴェルナスは少し考えたあと、ゆっくりと頷く。
「…少なくとも、私はそう考えています」
小さく呟かれたヴェルナスの言葉をアルヴァルトはしっかりと掬い上げる。
そして「そうか」と小さく口にした。
「……君に尋ねることではないと思うが、彼女は何かを知っているのか?」
「……と、いうのは?」
「いやなに、眞子嬢に聖女としての力がないと聞いて、普通なら本当に聖女なのかと疑うものだろう。または騙されたと思うものだ。なのに彼女は受け入れ、逆に力になりたいと言った。つまり彼女は自身が聖女であることを知っているのなら罪悪感でそのように言ったのだろうと思うが、君の反応をみると彼女自身自分が聖女だという可能性を知らないと考えていいだろう。
そうなると俺たちの知らない何かを知っている。それも情報を仕入れるにも限界のある平民が、なら彼女自身に特別な何かがあったと考えるものだろう?」
アルヴァルトの言葉にヴェルナスは眉間にシワを寄せた。
的確な推測をするアルヴァルトに向けてではなく、思わせぶりな発言をしたサラに対してである。
そもそも聖水を作れるというのもサラがヴェルナスと行動するために必要な最低限の人物しか話していないことなのだ。
昔の聖女の事情をみたことなんてもっと重大であろうことになんでアイツは気付かないんだと、少し怒っていたのだ。
「何度も言うが、私はこの場で話したことを公開するつもりはないよ」
ヴェルナスの沈黙をアルヴァルトは誤解していた。
そもそもヴェルナスにとってサラは想い相手だ。
ここでヴェルナスが何か言えば、サラが聖女であることを確信付けられてしまう。聖女は王族との婚姻が定められているために、言い淀んでいるのだろうと誤解していたのだ。
その為アルヴァルトは君の想い人を奪うことはしないよと、気持ちを込めて微笑んだ。
「殿下は口にしたことは守るお方だ」
そしてラルクもヴェルナスの背中を押すように言葉を告げる。
ヴェルナスに通じているかはわからないが、ヴェルナスは口を開いて話し始めた。




