2 確かな一歩②
アルヴァルトは眞子が学習ノートといった本に続き、王家で保管していた聖女の遺品を手渡した。
後から渡した物は聖女がいた世界で作られたものではなく、この国で作られたものの為、豪華な装飾が施された分厚い本といった見た目である。
両方とも手渡された眞子は、学習ノートと呼んだ薄い本を膝の上に置き、先に分厚い本を開いて中をみた。
「……これ、この国の文字じゃないんですね」
「ああ。召還される聖女の為に聖女自ら書いてくださったものだ。
…といっても、エルフォンスは君に手渡すのを忘れていたようだがな」
アルヴァルトは自傷気味に笑い、眞子はしょうがないとばかりに苦笑する。
本来であれば聖女が次代聖女の為に書き残した書物として、今眞子が手にしている聖女自ら筆跡した本を用いながら、説明をするのだがエルフォンスは眞子に最初から浄化のやり方だけを教えたようだ。
勿論アルヴァルトは全く教育されていない眞子をみて、眞子に手渡した聖女の遺品を見たことがないだろうと思っていたから、持ってきたわけだが。
そして再び本に視線を落とした眞子は、本の内容を読み始めた。
「……ちなみにアルヴァルト殿下、聖女は基本的に黒髪だと聞いたことはありますが、私と同じような容姿で同じような年齢か、もしくは年上なのでしょうか?」
「伝承ではその通りだった筈だ。だが何故だ?」
アルヴァルトは眉を顰めて尋ねた。
ただ単純に疑問に思ったというアルヴァルトの表情に視線を向けて、眞子は本を閉じて答える。
これが第二王子であるエルフォンスならば威圧感たっぷりだったと思っていただろう。
ゆとり世代にはキツく感じられる第二王子の態度は、苦手意識というより拒否反応まで出てくるようなトラウマになりかけている眞子は、エルフォンス以外だから落ち着いて顔を合わせられる。
「これ、英語なんですよ。私がいた時代は中学生から英語を習い始めますが、もし時系列がバラバラで召喚されたらこの説明書きは役に立ちません。
私は高校生なので多少…いえ、ある程度は読めますが、それでも所々難しいところがあるので、全部は読めないと思います」
「…聖女の国では様々な言語を多用しているのか?」
眞子の言葉にアルヴァルトが尋ねた。
眞子は一瞬考えたが、言葉だけ聞くとそのようにも受けとれるように聞こえると気付いた眞子は、ふるふると首をふって否定する。
「私の国は日本という国で、主に日本語しか使いませんが、アメリカや中国、韓国やイギリスなど様々な国があります。
もちろん国が違えば言葉も違いますので、世界共通語として選ばれた英語を、日本人の私は自国の言葉以外に学習する必要があるんです」
眞子の言葉にアルヴァルトは目を見開き、エイヴェルとラルクは顔を見合わせた。
護衛として傍に控えている者達も不思議そうな表情を浮かべている。
眞子は何故か自分が変なことを言ってしまったかのように感じ、居心地が悪くなった。
「…眞子嬢の国は、一つではないのか…?」
そう問いかけるアルヴァルトの問いに眞子は思い出す。
「そういえば、教育を受けている時他の国の内容が一切ありませんでしたね。
食べ物も自国で全て栽培しているみたいですし…」
眞子は今更ながら不思議に思った。
今後一生をこの世界で生きることになる為に教養を受けさせてもらっているが、他の国の話が一切出てこないのだ。
先に自国のことを知ってもらいたいと考えているのだなと眞子は考え、教わる内容だけを覚えてきたが。
それでも元いた世界ならば普段食べる鶏肉や豚肉だって他の国からの輸入品が多い。
だがここでは地域別で分かれていても、他の国のものだという話が全くないのだ。
「この世界では我が国一つだけだ。他に国があるとするのならば、亜人たちが住んでいる場所がそれに該当するだろう」
「え、っと……確か国の周りには魔物が多く生息している森が広がっているんでしたよね、その森の先にも人はいないのでしょうか?」
「いない。そもそも魔国を突破できたものがいないのだ」
「あ、っと……、森を抜けたことが無くても、魔法で空を飛ぶことが出来ますよね?
なのに何故森の先を知らないのです?」
眞子の問いにアルヴァルトは言葉を詰まらせる。
確かに魔国と呼ばれている森の解明のために、いくものの騎士を派遣した。
更にはギルドにも依頼を出し、魔国がどうなっているのか、または魔国の先になにがあるのか、その謎を解き明かそうと現在も依頼は出し続けている。
それなのに眞子の言う通り空を飛んで森の先を確認しようと思う者は誰一人いなかった。
いや、いたとしても実際に魔国の向こう側に辿り着いたという話は誰もしらない。
例えあまりにも広大な魔物の森に、魔力を多く持たなかろうが、現代には魔力を回復させるポーションがある。
それなのに何故か。
もしかしたら見えない力に魔国は越えてはいけないものと、そう思い込ませられているのではないのか。とアルヴァルトは考えた。
そしてもしそうだとしたら、この国全体、いや亜人たち含め全人類に洗脳している、化け物のような存在がいるのではないかと、瘴気の魔物よりも恐ろしい存在がいるのではないかと思った事には冷や汗がたらりと額から流れた。
「殿下、大丈夫ですか」
そんなアルヴァルトの様子にラルクが尋ね、アルヴァルトはやっと思考を止める。
「いや、この話はいったんやめよう。
それより眞子嬢に渡した学習ノートと呼ばれる冊子の方はどうだ?何と書いているかわかるだろうか?」
眞子はアルヴァルトの言葉に、膝に乗せたままの学習ノートと分厚いノートを交換した。
流石に見た目通り重かったために、膝の上に乗せられた分厚い本はずっしりと重さがある。
そして学習ノートを手に取った眞子は、日本語で書かれていた為にこれなら簡単に読めると、声に出して読みあげていったのだった。




