プロローグ②
魔物は人間には把握できない程多くの種類が存在していた。
透明感のある丸く戦闘力の低い魔物やまるで動物の見た目そのままの魔物、ドワーフのような小さい体にエルフのような耳を持ち、どの種族の亜人にもないような全身緑色の魔物など、沢山の種類の魔物が存在していた。
そんな魔物たちと戦う女性と、高い魔力をもつエルフは不思議に思っていたことがある。
それは魔物に纏わりつく黒い影だ。
黒い影は全ての魔物にあるわけではない。
数で言えば百体に一体現れるくらいの確率で存在する程度である。
だがその黒い影が見える魔物は非常に“硬かった”。
ドワーフが作った何物も貫くと主張する丹精込めた武器が通らないと言う意味ではない。
魔物が絶命するまでの時間が非常に長いと言う意味である。
見た目は他と変わらない筈なのに、黒い影が纏わりつく魔物だけが特殊だったのだ。
だが戦うにつれてその魔物の攻略方法もわかるようになる。
影が纏わりつく部位を切り離せばいいのだ。
頭に影が見える場合は首を切り落とせばいいし、肩に見える場合は腕もろとも切り落とせば他の魔物と変わりなく倒すことができる。
だが何故このような魔物がいるのかと、黒い影が見える女性と魔力が高いエルフは思った。
共に戦う獣人はそもそも見えていないようだったため、黒い影は魔力が高くなければ見えないことはわかったが、黒い影の正体まではわからなかった。
だが女性が息を引き取る寸前、己の首に手をかける男に魔物の姿が重なった。
それは男が魔物に取り憑かれたとか、魔物の姿へと変貌したということではない。
女性には誰にも伝えていない未来を見る力があったのだ。
とはいっても見たい未来を見れるわけではない。
女性の意思とは関係なく急に見える制御不能な力のために、言えなかったと言ったほうがいい。
その力で女性は男性が魔物に食われる姿が見えた。
そして今まで一部だけだった黒い影が、魔物の全身まで及ぶようになることも。
女性は気付いた。
黒い影は穢れなのだと。
このままでは父が守ってきた村がなくなることを。
だから女性は祈った。
村が無事であることを。
息を引き取るその寸前で祈った。
だが女性の祈り虚しくいつしか村では争いが絶え間なく起こるようになり、女性がいなくなった村からはまずエルフが消え、そして獣人とドワーフが去っていった。
残されたのは人族のみ。
だが、今まで培っていた知識が人族を生かした。
村は次第に大きくなって町となり、そして国になった。
女性の理想とする全ての種族が手を取り合い、平和に過ごせるようにという願いは叶うことはなかったが、それでも村はなくなることなく発展し、国へと成長した。
◇
この世界の神は、悲しみに暮れていた。
兄弟である二人の神が共に創造した世界で生まれた一つの生命体に片方の神が恋に落ちた。
神は平等でなければならなかった。
それなのに恋に落ちてしまった神はもっていた神力で人間へと変化し、そして愛する者との子を授かることができた。
だが、人間に落ちた神は全ての力を失うことはなかった。
それは人間となった神にとっては決して喜ぶべきことではなかった。
元神に愛された人間の女性は力に狂わされ、身ごもった子を産むと息を引き取った。
愛する女性を救うために、人間になった元神は力の限りを振り絞って女性を生き返らそうと残っていた力を使った。
だが、その行動は実を結ばなかった。
元神は眠りに落ち、そして世界は混乱へと堕ちた。
大地は大きく揺れ地割れが入り、美しかった空は赤黒く染まる。
人間たちが共存しやすいようにと作った魔物たちは凶暴化し、均等を保っていた世界のバランスが崩れてしまった。
今まで見守っていた兄神となる者は、眠りに落ちた弟を世界から連れ去ったことでやっと世界は元に戻った。
大事な弟を失うわけにはいかなかったから。
そして創造した世界をこれ以上壊すわけにはいかなかったから。
兄神は不完全な神、そして人間になってしまった弟を見て思った。
こうなってしまったのは神の力を一人の人間に使おうとしたからだ。と。
だが母と父を同時に失った命に、そして弟が作った命にせめてもの情けで神はバランスを崩さない程度の小さな加護を与えた。
その加護のお陰か、少女は一人の心優しい男性に拾われ、健やかに生きることとなる。
だが、そもそも神自ら小さいと言えども加護を与えたのが良くなかったかもしれない。
その男性が死んでからは、男性の実の子によって女性は命を奪われることになったからだ。
そして、目が覚めた元神は絶望した。
愛した女性を失い、また愛した女性との子すら抱き上げることも出来ずに失ってしまっていたのだから。
兄神が気付いた時には遅かった。
元神は眠っていた時に回復した力を使い、少女の魂を別の世界に送っていたのだから。
安堵の笑みを浮かべた元神の体が薄まっていく中、兄神は弟の元神の体を抱き締めた。
_何故。
_何故片割れでもある弟が消えなければならないのか。
一人残った神は心に決めた。
もう二度と世界に関与しないと。
手を出すのは本来神の役割だけ。
新しい命を生み出し、そして輪廻転生する魂を浄化する事。
元々、神は平等でなければいけなかった。
例え力を与えたとしても、平等を覆すことはあってはならなかった。
エルフには魔力という力を与えた。
ドワーフには能力を与えた。
獣人には人の心を与えた。
人間には知恵を与えた。
それで十分うまくいっていた。
神が関わることがなければ、これからもうまくいく。
もう、なにがあっても関わることをしない。
プロローグ終