49 ランク昇格
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そうして二コラさんに連れていかれる形で王都へ戻ってきた私よりも前に、辿り着いていたルドウィンさん達が目を輝かせてギルドの受付に前のめり気味に話す姿に私は息を飲む。
傍から見たら受付のお姉さんを口説こうとしている光景だったからだ。
「ラスティアさん!サラちゃん凄いよ!合格!!」
ラスティアさんというのは、今まさにルドウィンさんの相手をしている王都のギルドで受付を担当している方の名前らしい。
私への評価を伝えたルドウィンさんの様子に、ラスティアさんは目をぱちくりとさせた。
「……詳しい説明をお願いしてもよろしいでしょうか?」
ルドウィンさんの高いテンションに飲み込まれることもなく、ラスティアさんは微笑みながら席を立ちそう告げた。
周りの目もあるためか、ルドウィンさんを連れて別室に案内するラスティアさんの後をイライアンさんもついていく。
その様子を私は二コラさんの隣で眺めていると、ナードさんが肩に手をまわした。
「大丈夫よ!心配しなくてもサラちゃんは昇級確定だから!」
「うん。私達四人を相手にしてた。それだけで十分」
不安に思っているだろうと思ったのか、私を二人が励ましているとルドウィンさんとイライアンさんと共に別室へと姿を消したはずのラスティアさんが現れ、私の名を呼んだ。
「わ、私です!」
「ではこちらに着いて来ていただきますようお願いします」
私は二コラさんとナードさんに軽く会釈をしてからラスティアさんに着いて行った。
わかってはいたが、案内された部屋には既にルドウィンさんとイライアンさんが並んでソファに座っている。
ちなみにマーオ町のギルドの応接室のように殺風景といった感じのインテリアではなく、色々と飾っていた。
ちらっとしかみてないけど、児童福祉教育賞とかなんかそういう賞状やトロフィーが飾られている。
「一応俺たちからの評価を伝えたんだが、最後にお前の意思を確認したいって言われてな」
ルドウィンさんが私を見ると口角を上げて笑みを浮かべる。
私の意思?とラスティアさんをみると、こくりと頷かれた。
「サラ様、ルドウィン様たちから昇級試験の合格を伝えられていますが、昇級に当たり問題はありませんでしょうか?」
勿論。問題なんてあるわけがない。
◇
さて。どうしようか。
私は返してもらったフロンと共にこれからのことを考えていた。
王都にいるからレロサーナを探してみる?
あ、でも勤務中か。邪魔しちゃ悪い。
なら、一度マーオ町に帰ってお父さんお母さんに自慢しちゃう?
っていう距離でもないね。
私がAランクに上がったとレルリラに伝えたら、きっと近いうちにクエストに行くか、レルリラの仕事の同伴者として行動することになる筈だからこのまま王都にいた方がいいに決まっている。
なら、早速Aランクのクエストを受けちゃう?
…って、レルリラが一緒ならって許可してもらえたのに、一人で受けられるわけがない。
そもそも隣町から王都まで移動して、更に昇級にあたっての手続きを済ませた後だから今はもう夕暮れ。
流石にこれからクエストを…っていう時間でもない・
そんな感じで悩みながらもランクが上がることが出来た私はルンルンと気分よく過ごしていた。
たった一日でもフロンと顔を合わすことが出来なかった私は「会いたかったよ」とふわふわな毛並みに顔を埋めながら、『サラお疲れ。Aランクおめでとう』と祝ってもらっていると人影が私達を覆う。
私はフロンのふわふわから顔を上げ、影の人物を見上げる。
私の手紙を読んだからと、私の姿を探していたその人と話していると、何故か高級そうなお店の中にいつの間にかいた。
「………なんで?」
「なにがだ?」
レルリラが首を傾げて私を見た。
レルリラに手紙で伝えたのは昨日だ。
私の試験の監督役がまだ王都に戻ってきていなく、いつ試験が始まるのかわからないこととか書いて手紙を送った筈なのに、なんで私を探していたのかわからないけどレルリラがタイミングよく私の前に現れたこともそうだけど、それ以上にレルリラと向かい合いながら高級レストランに来ている意味が分からなかった。
「晩飯、まだ食べてないだろ?」
「それはそうだけど……」
「ならAランク昇格祝いに丁度いいだろ」
レルリラに言われて私は(そうかも)と口を閉ざす。
レルリラはメニューに目を通して、やってきた店員さんに注文するとメニュー表を手渡した。
メニュー内容を見ていない私はいくらするのか見当もつかないけど、きっと高いのだろうということはわかる。
個室なのに広い店内。
心穏やかな雰囲気にさせる温かみのある照明に、会話の邪魔にならない程度にムード感ある曲が流れている。
いや、これ本当いくらするの?
私が冷や汗だらだらしていると、果実酒を運んできた店員がグラスに注いでいく。
店員はグラスに注ぎ終わると、微笑みを浮かべながら頭を下げて部屋を出た。
「…私、お酒は…」
「炭酸水で割っているからそんなにアルコール度数は高くないと思う」
差し出されるグラスに尻込みしているとレルリラがいう。
その言葉によく見ると私のだけしゅわしゅわと泡立つ様子が見てわかった。
確かに私が潰れたのはアルコール度数が高いと言われるワインで、炭酸水で割っている果実酒ならば…とグラスに手を伸ばす。
「…ありがとう。……奢り?」
なんとなくこの雰囲気というか空気感がムズムズして、気恥ずかしくなった私は誤魔化すようにレルリラに尋ねると、レルリラはなにか可笑しそうに口角を上げた。ちょっとだけだけど。
「ああ、祝い事だからな。俺のおごりだから遠慮しなくていい」
え、本当にいいの?
「…あとでお金請求されても払わないよ?」
「請求なんてしない」
「…ありがとう」
グラスを少しだけ傾けて少しだけ口に含んだ。
初めて飲んだお酒よりも甘く、口触りのいい林檎の果実酒に私は目を見開いた。
飲みやすいと普通に思った。
まるでジュースのような味わいで、これなら私でも飲めると思えるほどに美味しかった。
「…平気か?」
私の失態を目撃…というか世話をさせてしまった経験があるからこそ、心配そうな眼差しを向けるレルリラに私は頷いて答える。
「大丈夫。これ飲みやすいよ」
平気そうな私にレルリラは安堵したように頷いた。
そして「アルコールはちゃんとあるから、飲みすぎなければ平気だろう」と告げる。
確かにジュースみたいに甘く美味しいから飲みすぎてしまうとそれなりのアルコールを摂取することになるだろう。
私はレルリラの忠告を素直に受け止めて、飲み過ぎないようにゆっくり飲むことを意識した。
いや、そうじゃないだろう。私。
「…それで?私を探してた本当の理由はなに?」
グラスを置いて私はレルリラに尋ねる。
昇級試験に合格することは当然のこととして、いつやるのかもわからないのにレルリラが祝うために私を探していた
ということに違和感を感じていた。
だって普通なら合格したことを知ったうえで私を探す筈でしょ?
前祝いだとしても、これから試験を控えている人をお酒を飲む場所には連れていかない筈だ。しかも私みたいにお酒の弱い人を。
レルリラは私に注がれたお酒とは全く違う、色が濃い、まるで初めて私が飲んだお酒のような赤ワインを一口飲むと私を見た。
「お前を家に呼べと言われた」
「……え?なんで?」
レルリラの家?って貴族の家だよね?しかも公爵家ですっごい身分が高い爵位だよね?
私はなぜ?と理由がわからずに首を傾げる。
だって見知らぬ貴族が平民に会う理由ってなくない?
「俺の兄は第一王子の側近で、俺が所属している特務隊の隊長を務めているんだ。だからお前と行動をするというのも兄に対して話すことになる……んだが、兄がお前に会いたいと、言ったんだ」
レルリラは言いずらそうになりながらも話した。
冒険者と行動すること自体は否定されたのかを尋ねると、私の聖水を作り出す力を話すと否定はされなかったという。
私に利用価値があると判断してくれたのなら、実際にあってもあれこれ言われることはなさそうだと考えた私はレルリラに「いいよ」と答えた。
というかそういうしかないでしょう。貴族の招待を平民が断れるわけがない。
顔を上げ嬉しそうに微笑むレルリラに、私は運ばれてきた料理に手を伸ばす。
あ、この生ハム美味しい。
程よいしょっぱさと脂身がお酒によくあった。
このチーズも。
「ありがとう」
レルリラの嬉しそうな笑みを見ながら、私は(聖水を実際に作ってみろとか言われたらどうしよう)と今更ながらに不安になる。
自分の意思で作った事なんてないからだ。
あーでもいいや。
了承してしまったし、レルリラの嬉しそうな笑みを見たら今更拒否なんて出来ないもの。
今はレルリラがご馳走してくれたご飯を堪能しよう。




