41 閑話 アラの昔話
エルフは自然と調和した生き方を求めている。
その考えは一見するととても素晴らしいものだが、エルフをよく知る者からすれば利己的な考えからくるものだとすぐに分かることだった。
エルフはほとんどの人間が土属性である。
土属性とは自然を操る事が出来る属性魔法だ。
大地を操り、そして木々も自由に操る。
そんな自然を利用することができる土属性を持つ存在は、エルフの中で優れているとされていたのである。
逆に土属性を持たない者をエルフは“ハズレ者”と呼んでいた。
自然は土だけでは生きられないことを知っているはずなのに、種を運ぶ風も、生きる活力になる水も、明るく照らし成長を促す太陽とも言われる火も、休息を与えてくれる空もとい雷も、土以外の属性を持った者は見下されてきた。
その状況を打破するためにハズレのエルフは強さを求め、そしてハズレ者に負けないよう優れたエルフも力を求め、自身の力を高めてきた。
水属性を持って生まれたアラも、例外なく強さを求めた。
里の者たちに認められるために、侮られないために、見下されないために、生き残るために。
そして強さを求め日々鍛錬に勤しむアラはある日見てしまったのだ。
エルフ以外の人間を。
『わりぃ!一匹そっち行っちまった!』
『補助魔法かけるからそこから動かないで!』
『加勢するぞ!』
エルフの里で生まれ、そして育ってきたアラはこの世界にはエルフだけではなく他の種族もいるということは知っていた。
だが、エルフの里とはかけ離れた場所に存在し、そして決して相容れない存在であり憎むべき存在であると教えられていたのだ。
エルフの里にかけられている結界を出たとしても、出会うことも関わることもないだろうとアラは思っていたのだ。
だからなぜここに、エルフの里に近い場所にエルフ以外の種族がいるのかと、アラは思った。
そして木の陰に身を潜め、人族の様子を監視する。
エルフの中では人族というものは狡猾な存在だと言われていたからである。
だからアラは人族がなにかを企んでいるのか、またはそうでないかを判断するために監視した。
三人の人間が魔物に囲まれていた。
男二人が前にでて、一人の女性を守るように戦っていた。
女性は前に出ている男たちに補助魔法をかける。
その光景をみたアラはなんて弱いんだと、そう思ったのだろう表情が歪み、そして小さく息を吐き出す。
武器を使うなら魔力を付与したほうが効率がいいのに。
補助魔法だって私ならもっと強力にかけられるのに。
見てもタメにならない戦闘の様子。
それがアラの正直な感想だった。
だが、アラはその場から遠ざかることも、目をそらすこともしなかった。
不思議なことに、アラは人族の様子を最後まで見ていたのだ。
どうしてこんなに魅入られているのか、どうしてこんなにも気になってしまうのか。
不思議だ、とアラは思っていた。
そして彼らが全ての魔物を倒し終えると、笑みを浮かべて互いを讃え合った。
アラはそんな様子をみて、目を見開いた。
(これだ……)
互いを信頼し合う気持ち、尊重し合う心。
アラは彼らの戦闘中、エルフにはないものを感じていたのだ。
強さを求めるエルフは弱者にはあたりが強い。
属性が認められないものはハズレと呼ばれ、魔力が低いものは虐げられる。
信頼し合うことなんてありえない。
尊重する心なんてもっとありえない。
誰かを心配したり、讃えたりすることなんて決してない。
だけどそれが普通だと思っていた。
強い者だけが里で認められることが普通だと、そう思っていた。
だけど目の前の彼らはそうじゃない。
人種の違いか、それとも生きてきた環境の違いか、理由はわからないがそれでも強さだけが全てじゃないのだと、彼らの戦いをみてアラはそう感じた。
そしてこうも思った。
(羨ましい…)
と。
強さを求めることは普通だ。
当たり前の感情だ。
だがアラは渇きを感じていた。
土属性ではない水属性でありながら、アラはメキメキと力を伸ばしてきた。
そしてその努力は一部の里の者に認められるようにもなったが、アラは物足りなかった。
何かが足りないとずっと思っていたのだ。
だが、人族である彼らの戦いをみてわかった。
仲間だ。
共に戦い、時には切磋琢磨し合って互いを高め合う存在が欲しかったのだ。
一人で強くなるのではなく、仲間と共に強くなりたいと。
そう思ったらその後の行動は早かった。
アラは身を隠すことをやめ、彼らの前に出た。
エルフと人族は相容れない関係?
そんなの知るか。
人族は狡猾だ?
どこをみてそう思ったのだ。
例え人族が狡猾であったとしても、少なくとも目の前の三人がそうだとはアラは思わなかった。
『私はエルフのアラよ』
アラは堂々と胸を張り名を名乗った。
そんなアラの姿を見て、まず一人の男が笑い飛ばした。
普段ならなんて不躾な男だと感じるところが、この時は不思議と感じなかった。
(あぁ…、なんて違うんだろう…)
同じエルフが笑う時、それはバカにしたような鼻で笑うことをさすが、目の前の男はそうじゃない。
『いきなり現れて自己紹介!?ハハハハハ!面白いやつだな!』
そういって笑う男には嫌味も何も感じなかった。
そしてアラに彼らは手を差し伸ばす。
仲間に迎いいれるために。
アラは彼らの手を口端を上げながら両手で握った。
新たな出会い、そして新しい日々を手に入れるために。
◇
あれから数年が経った今では、人族と離れて暮らしていたアラは人族と共に冒険者となり、そして冒険者に仕事を斡旋するギルド職員として勤めていた。
強さだけを求めていた昔のアラからは想像もできない未来だろう。
だが、それでも後悔はしていない。
新しい出会いも、充実した日々も、そしてのんびりとした今の生活も、今のアラは手放したくないほどに好きだと思えているのだから。
◆視点変更終わり




