40 昇格試験推薦 途中視点変更有り
アラさんが応接室に入ると無詠唱で倒れたソファやズレたテーブルを戻すと腰を下ろす。
くぅと音が鳴り、私は咄嗟にお腹を押さえた。
ちなみに時計で時間を確認するともうお昼時間を伝えていた。
朝に来たのに、と時間の経過を早く感じながらアラさんに向かい合う形で座ると、アラさんはくすりと笑うと「軽食を用意させるわね」といいながら話を切り出す。
「サラちゃんに提案するのは昇格試験推薦よ。通常ならギルドが定めたルールに基づき段階を踏んでランクが上がるのだけど、実力がある人を低ランクにいさせたままだとギルドにとっても有益ではないとされているの。
だからそんな人を一気に高ランクへと昇級させるために使うシステムが、サラちゃんに提案した昇格試験推薦よ」
アラさんはそこまで話すと「はぁ」とため息をついて、ソファの真ん中から座る位置をずらした。
なんでだろうと不思議に思っていると、「偉い目にあったぜぇ」といいながらギルド長がやってきて、アラさんの隣に座る。
そしてギルド長はアラさんに顔を向けた。
「どこまで話したんだ?」
「昇格試験推薦について話しただけよ」
「まだそこか」と口にしたギルド長は、にやりと笑って私を見た。
「試験内容は悪いが教えられねぇ決まりなんだ」
「…え?」
私が首を傾げると、ギルド長は楽しげに話す。
「嬢ちゃんは今回CランクからAランクへ特別にギルドからの推薦で挑戦するわけだ。
で、その推薦者っていうのは、それなりの実力がある者でなければならないわけよ。
実力のある者というのは咄嗟の判断力に優れ、且つどんな状況であっても対応できる存在だ。だからギルドからの推薦でランクを上げる冒険者には事前に試験内容は知らされねーんだ。
…まぁ試験官とよろしくヤれば情報を得られる可能性もあぶへぇっ!」
「サラちゃんになんてこというのよ!!!!!」
私がふんふんとギルド長の話を聞いていると、突然アラさんの拳がギルド長を襲った。
強化魔法でも使ったのか、それともアラさん自身の拳の威力なのか、熱を持ったのだろうギルド長の頬が真っ赤に色付き腫れあがっている。
ひえ、痛そう…。
「サラちゃん、こんなおっさんの話は聞かなくてもいいからね?特に最後の言葉はサラちゃんの耳には入れなくてもいい言葉よ」
倒れた…というより倒したギルド長を気にすることもなく笑顔で話すアラさんに、私はこくこくと何度も頷いた。
試験官と仲良くすればいいという言葉が何故ダメなのかという疑問を、今アラさんに聞くのはダメだと私は本能で悟る。
「まぁ私も元Aランク冒険者だったからある程度の予想はついてるけど、…ギルド職員となったからにはそれを冒険者に伝えることは禁じられてるのよ」
だからごめんね。と謝罪されるが、それがルールなのだし、倒れたギルド長が気になりすぎる。
アラさんは私が納得したものとわかると、「本部に連絡をするから、返事が来たらすぐに伝えるわね」と私に話した。
本部というのは王都にあるギルドのことで、推薦の件については本部の許可がないと進められないんだなと私は知る。
「よろしくお願いします」とアラさんに頭を下げるとちょうどよくアラさんが頼んでくれた軽食が運ばれてきた。
卵や野菜、ハム等がサンドされたサブマリンサンドイッチをギルド長が手に取り大きな口を開けて食す。
「サラちゃんも遠慮しなくていいからね」
そう笑みを浮かべたアラさんに「ご馳走になります」といって手を伸ばした私は、ギルド長と同じように大きな口を開けてサンドイッチを口に頬張る。
とても美味しかった。
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視点変更
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肩下まである水色の髪の毛をした嬢ちゃんの後頭部には、緩く癖がついていることから目を覚ましてすぐにギルドに駆け付けたということが知れた。
真面目な奴だなと思いつつも、そんな嬢ちゃんからは想像もしていなかった話をされたついさっき。
話を終えて部屋から出ていった嬢ちゃんの姿が完全に見えなくなると、隣に座るアラがじとっとした視線を俺に向けた。
「まったく…、サラちゃんにはまだこの町にいてもらいたいのに…」
視線と同様に口から出た言葉も非難の内容に俺は口元を上げた。
「んな事いってるが、実力のあるやつを低いランクのままでいさせることが、どれだけギルドに悪影響を与えるのかわかってるのか?」
ギルドとは冒険者に仕事_クエスト_を斡旋する場所だが、そのクエストは依頼主がいて初めて生まれるものだ。
依頼者からのクエストを引き受け、冒険者はクエストを選ぶ。
勿論ギルド側でも冒険者の実力を鑑みて許可を出したり、別のクエストを勧めたりするが、それでも第一優先は冒険者の気持ちだった。挑戦させてほしいと訴える人がいれば、条件を付けて渋々許可を出すこともある。
勿論依頼主側も達成してもらいたい気持ちがあり依頼するわけだから、たまに冒険者のランク指定や指名依頼をする人も存在するが、ギルドにとっては冒険者のやる気を失わせてしまうことはあってはならないことだった。
何故ならギルドとは冒険者あってこそ、運営出来ているのだから。
そして現在、冒険者のレベルが低い。
俺が現役で冒険者をやっていた頃にはAランク以上の冒険者の数は今よりも倍以上いたのだが、子供たちの騎士団への憧れが強いためか、冒険者の数はいるのに全体的にレベルが低くなっていた。
恐らく実力がある人材は安定的な収入が見込める職へついてしまっているのだろうと考えられる。
(……そういえばコイツ、自分から進んで教師役を引き受けたんだよな…)
王族も通うオーレ学園では、様々な職場から講師として生徒に授業を教えてあげる人を募集していた。勿論講師になるためには一定の基準というものがあるが、それに合格すれば誰でも一時的に教師になれる。
募集であって強制ではないが、教師としての活動はその職場に対する評価にも繋がることから、新入社員の数が年々減っている職場ではかなり重宝されていた。
そしてその教師になにを考えているのかわからないが、アラが勝手に応募していたのだ。今思えばあの嬢ちゃんがいたからだとわかる。
昔からコイツはあの嬢ちゃんのことを気に入っていたからだ。
今では聖水を作れる存在だと知ることが出来たが、だけどそれまでだ。
アラが何故嬢ちゃんのことを気にしてしまうのか、その理由まではわからない。
それでもアラの目論見通り講師として嬢ちゃんに教えていたのだろう、嬢ちゃんの実力は期待以上だ。
だからこそ確認した。
そして騎士団の兄ちゃんの提案も受け入れた以上嬢ちゃんのランク上げは必須となる。
なにより騎士団の兄ちゃんの話は冒険者である嬢ちゃんがやりたいと願っていることでもあった。
ギルドとして冒険者のためになること、そして騎士団に恩を売れる機会ともいえる一件を見逃せるはずがない。
理解しているが納得していないと睨みつけてくるアラに、俺は足を組んで肩を竦めてみせると、アラは視線を逸らし俯いた。
「……わかってるわよ」
口ではそういいながらも表情は不貞腐れたままのアラに、今度こそ呆れたように笑う。
「なによ…」
「別に?」
俺はアラから顔を背けて天井を見上げてから目を瞑った。
来客用として選んだソファだからか、えらく柔らかいそれに体重を預ける。
あの”人族嫌い”なアラがここまで嬢ちゃんに”懐く”ことは想像していなかっただけに、”面白い”。
アラがさっき嬢ちゃんに言っていたハーフのエルフとはまさしくアラのことだったんだから。
メンバーとして迎えた当初、俺たちパーティーメンバーはアラを当然平等に扱った。
だが他の冒険者はそうではなかった。
人族よりも若い見た目。
ただそれだけなのに、俺たちがアラから離れた一瞬の間に飛び交う避難の言葉。
勿論アラは大人しくやられる人ではないから、全て返り討ちにしたらしいが、その経験もあってか自分が好きな存在が同じような目に合うのはと強く危惧しているところがあった。
だからこそ嬢ちゃんのことを守っていきたいのだろう。
「……今お前はギルドの職員だ…」
冒険者だった俺がこの町に居つくことになった理由は、前ギルド長に提案されたことも理由にあるが、この町の雰囲気が気に入ったのが一番の理由だった。
ギルドがある町には冒険者に登録しやすいことから、金銭問題がある家庭は少ない傾向にある。
多くも少なくもない人口に、バランスの取れた年齢層。
物理的な距離があるため隣人関係も保たれ、問題に発達することも少ない。
また近くに森があることも_森には魔物が生まれやすいが_理由になっているのか、犯罪が少ないのがマーオ町の印象だった。
冒険者をやめたらスローライフを送りたい。
そんな俺の夢がこの町なら叶う。
それが俺がこの町に、そしてギルド長を引き受けた理由だった。
だから
「俺がギルド長になったからには、ギルドに貢献してもらわなきゃ困るぜ」
アラにはギルド職員として、もう少し公私混同しないよう意識づいて貰わないと困るんだ。
視点変更終わり




