33 否定
私は恐る恐るレルリラに尋ねた。
自分のことのはずなのに、なんでレルリラに尋ねているのかなんて思うかもしれないけど、聖女については私よりレルリラの方が詳しそうだからだ。
でもこれで肯定されたりしたらどうしよう。
そんな思いが私の中に渦巻いて不安でたまらない。
聖女だったら、夢だったSランク冒険者を諦めたほうがいいだろう。だってそうしなきゃ私のわがままのせいできっと多くの人が瘴気の魔物の犠牲になる。
助けられる命が多いほうが…
『違う!』
「お前は聖女じゃない」
フロンとレルリラの声が被る。
何故か必死な様子のフロンに私は不思議に思いながらも、否定したレルリラに再度尋ねた。
瘴気を浄化した瞬間ではなくても、その光景の後をレルリラは見たと言っているのに何故否定できるのかがわからなかったからだ。
「…本当?」
フロンが何度も頷き、レルリラも「ああ」と短く答える。
「俺が否定する根拠として、先程確かに浄化後の光景を見たと言ったが、聖女の力で浄化されたものではなく、聖水の力で浄化されたものだと、思っている。
その証拠にサラがいた場所一帯が濡れていたんだ。お前も魔法を乱発した自覚あるだろう?」
そう問われた私はレルリラから視線を逸らせながら頷いた。
いくら慌てていたとはいえ、自分がどんな魔法を使ったのか詳しくは覚えていないから、目を合わせられない。
「叱ったりしない。一緒に戦っていたやつが瘴気に呑まれそうになってたんだろ?慌ててしまうのも無理はない」
「……うん」
レルリラはそう言ってフォローするが、こいつは慌てなそうだな、とか思いながら返事をするとなんだか自分でも感じが悪い人の様に聞こえたので、ちらりとレルリラの様子を伺った。
よかった。特になにも思ってないみたいだ。
というかレルリラの慌てているところなんて想像がつかな……
「あ」
そういえば去年レルリラが慌てていたところをみたことがあったことを思い出す。
なにを考えてのことだったかいまだに教えてもらってないけど、私が魔物と戦っている最中急に乗り込んできて、それで……
「話、聞いてるのか?」
「え!?うん!勿論聞いてるよ!」
私は訝し気に見てくるレルリラに慌てて答えた。
昔の事を思い出している場合じゃない事を思い出した私は、今度は真面目にレルリラの話に耳を傾ける。
レルリラは私の態度をみて、小さく息を吐き出してから話を続けた。
「次の根拠としては聖女は魔法を使えない。聖女が使えるのは浄化と呼ばれる奇跡だ。
その奇跡では周囲に影響を与えないと言われている」
「影響?」
「周りを水浸しにしたりしないってことだ」
私はレルリラの返しに言葉を詰まらせる。
なんだか、悪い事でもしたみたいな感覚だ。
「とはいえ、サラが浄化したことは確かだ。だから俺はサラが聖女ではなく、聖女の子孫たちと同じ様に聖水を生み出して瘴気を浄化したんだと考えている」
「でも聖水だって聖女の子孫だけが作れる水なんでしょ?
そもそも私作り方も知らないし」
「聖女の子孫だけが作れると言われているが、それが本当なのかはわからない。第一隠されている歴史だってあるだろう。それに聖女の子孫といわれている者たちはしっかりとした身分を持つものばかりだが、一部の者たちだけしか作っていない。
だから聖水は数が少なく、騎士団の特定の人物しか渡されていないんだ」
そう言ったレルリラは一度話を区切る。
確かに聖女の子孫だって言っても、歴代の王族の中には王位継承権を巡って争いがあったといわれている。
暗殺されてしまったと言われている王子や王女たちが、本当に殺されたのかはわからないのだ。
だって影武者が普通にいたらしいしね。
だからもしかしたら私にも聖女の血が混ざっている可能性も、ほんの少しでもあるというわけだ。
それに現状聖水を作れる存在が聖女の子孫ってだけで、全ての国民に対して調査したわけでもない。
調査をすれば聖女の子孫じゃなくても聖水を作れるかもしれない可能性が高いだろう。
だかわ偽物が出回って混乱が生じないように敢えて聖水の作り方も、聖水を作っている様子も秘匿とされている。
レルリラがいいたいことは分かったが、私は別の部分も気になった。
「…特別な人物?」
「聖女を守り、聖女と共に瘴気の魔物を倒す人物たちの事だ」
「アンタは?」
「俺もそれに入ってる」
「…………ええええ!?」
あっけらかんとした態度で答えるレルリラに私は目を見開いた。
思わずフロンに触れている手に力が込めてしまったのか、『ぐえ』という潰れた声が聞こえてくる。
私は「ごめんね」とフロンに謝りながらもレルリラに視線を向けた。
「れ、レルリラ、あんたまさか半年でそこまで昇級したっていうの?」
手紙をやりとりしているレロサーナはまだ見習い段階で、毎日が訓練だっていっていたのに!
最近やっと簡単な仕事を任されるようになってきたといっても、それでも訓練の時間が多いと手紙に書いていたのだ。
だからレルリラだってきっと同じような感じで、他の同じ年に入団した人たちに一目置かれるくらいかなとか思っていたのに、それなのに何なのこの差は。
私が信じられないという目で見ていると、レルリラはコクリと頷いて「頑張った」とだけ告げる。
少し照れているのか口端が上がっているように見えた。
(なにをどう頑張ったら同年代とそんな差を付けられるのよ!?)
騎士団の立場のこととかよくわからないけど、それでも聖女の護衛を任されるのだから相当出世したのだろう。
というか聖水は決まった人物にしか渡さないとかいってたよね?その聖水は瘴気を浄化できるということは、国のあちこちからレルリラに助けを求める声が上がってるということで、めちゃくちゃ引っ張りだこってこと!?
人には慌ててしまうのもしょうがないとか言ってたくせに、こいつ余裕で対応してきたってことよね!?
(騎士団の皆が瘴気の魔物対応してるのかと思っていた!!)
でもよく考えれば学生の時に瘴気の魔物と出会ったあの時、シモンさんたちは聖水の到着を待っていたと言っていた気がする。
(え!?シモンさんたちよりこいつ立場上になってるの!?一年も経ってない新人なのに!?)
「お前は?」
「え、私?」
レルリラとの差を感じごちゃごちゃ考えていた私にレルリラが問いかける。
私はやっとCランクに上がり、町を出られる状態になったばかりだ。
レルリラとの差にめちゃくちゃ言いづらい気持ちがあるが、それでも他の人には良く「ランク上がるの早くない!?」といわれたこともあるのだ。
恥ずかしい事なんて絶対にない。
そして私が言おうとした時だ。
『サラはCランクだ!』
フロンが私の代わりに答える。
それも自信満々に。
「ふ、フロン……」
言ってくれるのは嬉しい。
そして自分のことのように嬉しそうにしてくれるのも勿論嬉しいけども、今はそれが恥ずかしい。
「…なんて言ったんだ?」
フロンの言葉は契約者しか伝わらないことを思い出す。
こてりと首を傾げるレルリラに私はこほんと咳払いをしてから「Cランクよ」と答える。

恥ずかしくない恥ずかしくない。
一般的には私はとても優秀な方なのだ。
しかも騎士団と冒険者ではそもそもの基準が違う。
そんな事を考えていた私にレルリラが告げる。
「ならもう町を出れるな。これからは俺と活動しろ」




