30 視点変更 レルリラの決断②
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転移魔法陣を使わずにレルリラが王都まで向かっている途中、レルリラのもとに通信が入る。
特務隊には隊員同士が情報交換する為に通信魔導具が支給されている。分散して瘴気の魔物を対応するためもあるが、救援要請が必要な場合にも迅速に対応できるようにするため支給されていた。
そんな通信魔道具から瘴気の魔物が出たという情報が入る。
情報を伝えられていく中、レルリラの目が大きく見開かれた。
つい先日までいた場所である、マーオ町のギルドからの情報だったのだ。レルリラはすぐに通信魔道具に魔力を流すと発言した。
「俺が行きます。今いる場所から転移すれば町まですぐ着けます」
レルリラが町から離れて一日が経った。
それだけの距離を転移するには相当の魔力量が必要だったが、特務隊には聖水と各ポーションが配布されている。
その為魔力の残量を気にする必要はレルリラにはなかった。
だが例えポーションがなかろうが、レルリラは迷わずに転移魔法を使うだろう。
おおよその目撃場所まで聞いたレルリラはすぐに魔法陣を展開する。
そして転移したレルリラが見た光景は、とても美しい魔法の残滓だった。
キラキラと輝く魔法の光だけでも綺麗なのに、更に青とオレンジに染まる空の色がうつりまるで様々な宝石が輝きを放ちながらゆっくりと落ちているかのような光景だった。
その輝きは小さな湖と草木にも降り注ぎ、気持ちよく踊っているように見えた。
レルリラは思わず目を奪われた。
だが視界の端に映り込む一体の魔物を捕らえた瞬間、レルリラは魔法を展開する。
一瞬にして燃え上がる魔物は灰となり崩れていった。
「サラ!」
レルリラは声を張り上げてこの場にいるであろう人物の名を叫ぶ。
見逃すことなんてあってはならないほど、レルリラは注意深く辺りを見渡した。
そして倒れているサラと、サラに寄り添うフロンを発見する。
レルリラは駆け寄った。
サラの顔色が青ざめているものの、他の外傷が確認できなかったことから魔力切れだと推測する。
常に持ち歩いている亜空間鞄からポーションを取り出し、意識のないサラに魔力を回復させるマジックポーションを飲ませた。
幾分か口端から漏れてしまったがそれでも飲み込んだ分もあるため大丈夫だろうと判断する。
レルリラは自身の霊獣を呼び出し、サラの近くに倒れていた男性を霊獣に括りつけた。
落ちないようにしっかりとロープで結び、サラはレルリラが抱きかかえて町へと戻った。
そして記憶に新しいサラの家に向かい、今度は出迎えたサラの親へとサラを引き渡す。
ぐったりと気を失っている娘に何があったのか、事情を知りたそうな目をレルリラへ向けたが、レルリラはその言葉を聞く前に、フロンに事情を伺うことの許可をサラの両親へ求めた。
そんなレルリラから、詳しいことを聞き出すのならレルリラではなくフロンであることを悟ったサラの両親は、レルリラの問いに頷き、サラを自室へと運び込むために家の扉を大きく開けた。
そしてサラをベッドへと寝かせた後、家の前でレルリラとフロンが向かい合う。
いつの間にかアレグレンをギルドへと届け終えたレルリラの霊獣が間に立っていた。
サラの両親は外はもう暗いと、せめて家の中でと声を掛けるが、寝ているサラを起こしたくはないと拒否する。
「単刀直入に聞く。サラは聖女なのか?」
レルリラの言葉にフロンの目が見開かれる。
そしてぐるるとうねり声をあげて、キャンキャンと吠えた。
『違う!サラはサラだ!聖女だといってあの子の自由を奪うつもりなら_』
「誤解しないでくれ。俺は真実を知りたいだけなんだ。
それにサラが聖女であったのなら、俺が困る」
レルリラは吠えるフロンの言葉を遮るように声量を上げる。
ちなみにフロンの言葉をレルリラに伝わるようタイムラグがあまりないように話している為、レルリラの言葉はレルリラの霊獣とサラの霊獣、どちらのセリフも遮る形となっていた。
そしてもっというと二人、いや一人と霊獣二匹の周りには結界が貼られていた。
この会話を漏らさないようにレルリラが張った結界だ。
フロンはレルリラの言葉にポカンとしながらも、張られた結界に気付き、レルリラの言葉に嘘はないかもしれないと考えたが、まだ油断は出来ないと慎重な面持ちで尋ねる。
『…何故?』
フロンは一度記憶が戻ったがすぐに失われた。
だが、それでもフロンはサラが自分の娘の生まれ変わりだということに気付いた。
その為、サラを利用するのならば……とレルリラに対しても警戒心が強くなっていた。
自分が守らなければという気持ちが強いのだろう。
一度はサラを助け、王都からマーオ町という遠い道のりを移動してくれたレルリラに心を開いていたフロンだったが、今ではその信用もすっかりなくなり警戒心だけが残っている。
しかも態度も話し方も変わっていた。
だがレルリラは気にしてはいなかった。
フロンの態度が変わっていてもレルリラにとって大切なのはサラ一人だけ。
他がどうであったとしてもどうでもよかった。
寧ろサラの事で警戒心が強くなるのなら、猫のような見た目であっても番犬代わりに使えるだろうとさえ考えていた。
31 視点変更 レルリラの決断③
「お前は知らないだろうが、聖女は王族と婚姻することが決められている。
元々聖女は異界の場所から召喚される存在だと広く知れ渡っている。その為聖女には後ろ盾がない。王族が引き取る形で、聖女は身分とこの国で暮らしていくことに必要な全ての保証を受けとれるんだ」
レルリラの言葉にフロンは呆然となった。
答えになっているのかわからなかったからだ。
『………、お前はサラに、強要、しないのか?』
フロンは質問を変えた。
サラが聖女であることでレルリラが困るという理由を尋ねるのではなく、レルリラが本当にサラが聖女であることを他の者にいわないことを確信する為、そしてサラに聖女であるがゆえの行動を強要しないかを尋ねた。
もっともこのフロンの問いで、サラが聖女であることが分かる。
そもそもレルリラはサラが生み出したあの光景をはっきりと見ていたのだ。
サラが魔法を使ったという実際の様子は見ていなくても、ずっと傍にいたサラの魔力をレルリラが間違えるはずもない。
幻想的な光景はサラが生み出した。
そして瘴気の魔物が目撃されたという場所には瘴気を纏った魔物はおらず、だがその場にサラが倒れていた。
弱ってはいたが魔物は確かにいて、サラに向かって今にでも攻撃しようとしていた。
瘴気の魔物が実は間違いだったと言われてしまえばそれまでだが、なにかを知っているフロンの様子、そしてあの光景を結びつけるとサラが聖女であることを示している。
勿論フロンには聖女という存在がどのような意味なのかはわかっていない。
霊獣の世界では瘴気の魔物というものはいなかったし、人間の世界の”そういう情報”には疎い為だ。
だがフロンは聖女という存在が、特別な存在である事だけは察していた。
自分の娘の生まれ変わりという点を除き、明らかに他の人間にはないだろう魔法や、サラだけが持つ魂の色もあって、サラは特別な存在、つまり聖女であると思っていたのだ。
「……卒業して、半年だ」
レルリラが呟いた言葉にフロンは首を傾げた。
コイツの話は意味がわからんとでもいうかのようにフロンの頭の上には疑問符で埋め尽くされている。
そしてレルリラの霊獣はいつものことなのか、関係ないとでもいうかのように目を閉じてじっとしていた。
レルリラはサラが寝ているだろうサラの自室を外から見上げる。
まだ目を覚ましてはいないのだろう、サラの部屋は暗い。
「お前がサラと契約して、長くても半年だろ。だからかお前はなにもわかっていない。
アイツは頑固で、決めた目標には突き進むんだ。そして優しい。自分を妬むやつにも平気で手を伸ばして助けようとするお人よしがサラなんだ。
そんな人間が他人を助けられる力を持っていることを知ったら、どうなると思う?」
レルリラはサラが寝ているだろう窓から目を離すことなく言葉を告げる。
レルリラの言葉を聞いたフロンはハッとして再び唸る。
『サラの気持ちを利用する気か!?』
フロンの反応にレルリラは見上げていた窓から視線を外した。
そしてフロンの問いに答えることなく、結界魔法を解除して家へと向かう。
『待て!答えろ!』
レルリラはもう通訳を必要としなかった。
だから霊獣を星域へと戻す。
通訳のいないレルリラの耳にはフロンの声はにゃあにゃあとだけ聞こえていた。
レルリラは思う。
フロンのこの様子ならサラが聖女であることは隠してくれるだろう。
サラの自由を願い、まるで子を思う親の様にサラを守ろうとするフロンの姿勢にレルリラはそう感じた。
だがサラから尋ねられた場合、きっと動揺するだろう。
そして真実をサラに直接話してしまうだろう。
それは避けなければならない。
何故ならサラは優しいから。
他人に簡単に手を伸ばせる心の持ち主だから。
”他人を助けられる力を持っていることを知ったらどうなると思う?”
レルリラがフロンに向けて告げた言葉。
この言葉に答えるとすれば、サラは自分の夢を犠牲にしてでも、聖女であることを公表することを決断するだろう。
本当にサラの事を思うのならサラが夢を叶えられるよう道を作ってあげるべきなんだ。とレルリラは思う。
レルリラはサラの家の玄関の前で立ち止まるとフロンに振り返った。
そして小さく口を開く。
【サラのことを思うのならば、聖女であることを絶対にいうな。返答に困ったら俺の名前を出せばいい】
風魔法で小さく呟かれたレルリラの言葉はフロンにもしっかりと届いた。
にゃあにゃあと騒いでいたフロンはレルリラの言葉を耳にするとぴたりと止まる。
レルリラが何を考え、フロンに告げているのかがわからない。
だがそれでもフロンにはサラを悪いようにはしないというレルリラの気持ちが伝わってきた。
信じられるかはまだわからない。
だけど、それでも自分の直感を信じてフロンはレルリラの後を静かについていった。
◆視点変更終わり




