27 瘴気の魔物との対面③
「……フロン」
フロンは体を起こすと、私の目尻に溜まっていた涙を舐めとる。
フロンの背中を確認するとフロンの毛は血で染まっていたが、傷口は塞がり、新たに血を流している様子はなかった。
私はやっと安堵した。
そんな私にニコリと微笑んだフロンの表情はすぐに真面目なものへと変わる。
『サラ、あの魔物を真正面からみてはいけない』
「……え?」
私はフロンの言葉がわからず首を傾げた。
「どういうこと?フロンあの瘴気の魔物のこと何か知っているの?」
私がフロンに尋ねるとフロンは首を振る。
『わからない。だけどあの魔物、サラを見ていた。
そしてサラがあの魔物に意識をとられていたとき、僕は見たんだ。いつもサラの周りにあった綺麗な色がどんどん消えていくのを。
それがどういうことを意味しているかはわからない。だけど良くないことだと考えている』
フロンはもう一度私に瘴気の魔物を見るなと告げて前を向く。
『行くよ、サラ!』
「……うん!」
私はフロンの背に乗って、アレグレンさんの元へと駆け付ける。
複数のヴァルチャーに苦戦を強いられているアレグレンさんはもう限界が近いようで、血も大量に流れていたのか顔色も悪い。
フロンにはヴァルチャーの相手を、私はアレグレンさんの治療をするために行動する。
「アレグレンさんすぐ治します!」
「ご、ごめん…ありがとう…」
アレグレンさんの体はヴァルチャーの攻撃にやられたのか細かい切り傷がたくさんあった。
そして中でも重量だったのが、脇腹の傷。
私が瘴気の魔物に気をとられていたのは一瞬だったと勝手に思っていたが、フロンもアレグレンさんもこんなにも疲弊し深い傷を負う程私は瘴気の魔物に気をとられてしまっていたのか。
ちらりと周りを見ると、今もフロンがヴァルチャーの相手をしているものの、少なくても十体以上のヴァルチャーの死骸が転がっている。
それぐらいの間私は瘴気の魔物に気をとられてしまっていたということだ。
「サラちゃんを守るために残ったのに、手間かけさせちゃっているね…」
謝るアレグレンさんに私は首を振った。
「言ったじゃないですか、心強いって。謝らないでください」
そもそも戦いの途中集中できていなかった私が一番悪い。
接近戦派のアレグレンさんを援助する為に後方からサポートしていた筈なのに、私はサポートするどころか二人を危険に合わせてしまった。
謝罪するのは私の方だ。
「…アレグレンさん、すみません……私_」
「言葉遣い」
「え?」
「俺の方が年上だけど、敬語はいらないって言った筈なのに……やっぱり難しいお願いだった?」
私の治癒がきいているのか、徐々に顔色が戻り始めるアレグレンさんは私にそういった。
今はそんなこと話している場合じゃないってわかっている筈なのに。
(……あ)
謝りあっても意味がないからだと、気付いた。
そして最も重要なのはこの状況をどうするか。
苦手な治癒魔法を使ってから、私の頭は少しだけズキズキと痛み始めている。
これは魔力が少なくなっている現象だ。
勿論無理をすれば全然まだまだいけるけど、王都に行った時のように長い間寝てしまう可能性もある。
だから今ここで転移魔法を発動して、私達をこの場所から離せたとしてもその後魔力切れを起こした私をアレグレンさん一人だけに対処してもらうことになるのだ。
ならどうするか。
「アレグレンさん、話があるの」
「なに?」
私は口を開く。
この選択が本当に正しいかはわかっていない。だけど“二人が無事”が前提ならばこれしかなかった。
「私と一緒に戦ってください。最後まで」
アレグレンさんの目が少しだけ大きく見開いた。
そしてすぐに細くなる。
「俺、いわなかったっけ?女の子一人残していけるわけがないって。
勿論戦うつもりで残ったんだから、今更だよ、その言葉。それにさ……」
アレグレンさんは一度言葉を区切る。
怪我を負っていた部分が完治したのか、手を握ったり開いたり、立ち上がったと思えば体を横に倒したりして全身を確認していた。
そして問題ないと判断すると再び剣を手に取った。
「俺の相棒は必ず来るから、相棒が来る迄一緒に堪え凌ごう!」
笑顔で告げるアレグレンさん。
私もつられるように笑って答えた。
その時だった。
『サラ!!!』
フロンが私の名前を呼んだ。
私はフロンの身になにかあったのではないかとフロンがいる方向に視線を向ける。
今まで大人しく湖の水際にいた瘴気の魔物が、宙に浮かんでバッと翼を広げていた。
途端に広がる黒い靄。
「ギエェェェエエェェェェェ!」
雄たけびを放つ瘴気の魔物の声に、私もアレグレンさんも体をびくつかせる。
瘴気の魔物は広げた大きな翼を羽ばたかせた。
「くっ!」
「っ!」
黒い靄が突風のように私達を襲う。
私は咄嗟に結界を張ったが、それでも瘴気は結界をすり抜けた。
なんの妨げにもなっていないように、瘴気と呼ばれている黒い靄は結界をすり抜けたのだ。
「ゲホ!」
「っ!アレグレンさん!?」
咳ごみながら膝をついたアレグレンさんの体には瘴気の魔物が解き放った黒い靄がまとわりつく。
私はその様子を見て血の気が下がるのを感じた。
瘴気の魔物は聖水か、もしくは聖女のみが持つ特別な力しか倒せないと言われていることを思い出したからだ。
私が頼れるものは聖水しかないけど、それでもその聖水は今手元にはない。
瘴気に纏わりつかれているアレグレンさんを助ける術は私にはなかった。
だけど諦められない。
私と戦ってくれるといってくれた、アレグランさんを見捨てるなんてできなかった。
そして最悪なことに、あの瘴気の突風によって”普通”だったヴァルチャー達も”瘴気”を纏わりつかせていたことを知る。
ヴァルチャー達を倒していたフロンが私の前に降り立った。
そしてぐるるるると唸り声をあげる。
私を守るように、フロンが再び私を背にして立っていたのだ。
ドクドクと激しく心臓が脈打つ。
徐々に息が、呼吸が荒くなる。
「………レル、リラ……」
“助けて”。
_____タスケテ?
私は自分で呟いた言葉に耳を疑った。
明らかに危ない状況。
それなのに助かりたいがために、私は自分が助かるためにレルリラに助けを求めたのか。
”守られるだけの存在”になんてなりたくないと、思っていた筈なのに。
強くなりたいと、大切な人たちを守れるような、そんな人間になりたいと願って、力を付けに国一番ともいわれるオーレ学園に入学して卒業した筈なのに。
それなのに、よりにもよってレルリラに、私は助けを求めてしまったのか。
レルリラが危険な目に合ってしまうことも考えず、容易に助けを求めてしまった自分が信じられなかったし、許せなかった。
「や、だ…」
__だってそれは、私自身がレルリラと__
羽を広げて向かってくるヴァルチャーに私は両手を突き出した。
そして来るなと、近寄るなと言わんばかりに水属性の魔法を発動する。
ぐんぐんと消費する魔力量。
治癒魔法でもないとこんなにも魔力量を食うことはないはずなのに、それでも私の魔力は恐ろしいスピードで失われていった。
それでも私は止めない。
何故なら、
「やだーー!!!」
___対等な立場でいたいと思っているからだ___




