25 瘴気の魔物との対面
◇
私達三人は森の奥深くまで進んだ。
流石に町から離れた場所は手入れがされておらず、草木が私達の進行を妨げてくる。
かき分けるように進んでいるが、それでもよけ切れない木の枝や草に当たると小さな傷口となって、ピリッとした痛みが走った。
そして流石に息も切れそうになり、体力の心配をし始めたところで、ヴァルチャーはスピードを落とし始める。
私とフロンも、ヴァルチャーに近寄らない程度に速度を落とし、ゆっくりと進むことにした。
「……かなり町から離れてしまったね」
「ああ、嫌な予感がする…」
フロンに跨った二人はゴクリと息を飲む。
キラービーに浮かれていた時とは全く表情が違う二人は、かなり緊張しているようだ。
そしてそれは私も同じ。
「……私も、とっても嫌な予感がしてるわ」
初めての校外授業の時に一度だけ経験した嫌な感覚。
あの時は頭痛や寒気までしていたが、今回はそこまでではない。
だけどさっきからずっと全身に鳥肌が立っているような、そんな感覚がしているのだ。
「…っていうか、サラちゃんなんでそんな元気なの?」
結構な距離移動してたよね?とアレグレンさんが本気の顔で聞いてきた。
「魔力と体力は多い方なんで」
二度目の言葉になるけど、私はニッと笑って答える。
私の学生の頃の授業内容や生活を続けていたら、二人だってもっと魔力も体力ももりもりな筈。
「それ多い方で済ませていい話じゃないからね!?そんなに凄いなら冒険者じゃなくて国の騎士団でも余裕にいけ_」
「…黙れ」
ルファーさんが振り返り、アレグレンさんの口を塞いで止めた。
私にも一度指を地面に向けた後、シーと口に手を当てて、声を出すなと合図する。
その合図で私は止まり、フロンも歩みを止めた。
そして口元に当てていた指を前に向けて差したルファーさんの指の先に、私は視線を移動させる。
「っ!」
驚いた私は思わず口元を覆う。
そしてルファーさんに視線を向けて、ルファーさんが何を言いたいのかを理解した。
【瘴気の魔物】
学生時代一度だけ見たことがあった。
黒い靄に覆われた魔物のことを。
だけど学生の頃よりもまだ安心感をもたらせてくれたと感じたのは、瘴気を纏っているのがヴァルチャーという魔物だったことだ。
学生時代に見たクロコッタよりも断然弱いと言われているのがヴァルチャーだから。
それにヴァルチャーがいる場所も、鳥たちの休憩場なのか小さな湖に体をつかり、羽を休めている。つまり私の水属性の魔法が活かせる場所だ。
(だけど二人はどうだろう……)
フロンの上で休んでもらってはいたけど、戦える状態なのかどうかはわからない。
それにキラービーの時の動きと、魔法の類をあまり使用していないこと、霊獣への魔力消費具合からみても、魔法を専門として行っていないことぐらいはわかる。
(瘴気の魔物は聖水がなければ倒せないっていってたよね…)
昔先生が教えてくれたことを思い出しながら私は二人に小声で話しかける。
「二人は先に戻っててもらいたいです」
「_ふぐっ!」
私の言葉に驚いたアレグレンさんが思わず声をあげそうになったとき、ルファーさんが間一髪で抑える。
アレグレンさんは苦しそうにしていたけど、大きな音を出してしまってヴァルチャーに気付かれたらそれこそヤバいから。
ふぐふぐ言っているアレグレンさんの口元から手を外すことなくルファーさんは私に尋ねる。
「それはなぜだ?」
「まず一つは、クエスト内容が調査依頼であること。クエスト自体戦う必要がないことと、森の中に異常があると分かった時点で引き返すべきというのが理由です」
私はクエスト内容に沿って行動すべきということを伝えると、ルファーさんは頷く。
この点については私に同意しているようだ。
つまり、ルファーさんもこのあとどうやって引き返すべきかということを考えているのだろう。
来た道をこっそり戻るというのは安易な考えで、絶対に移動中の音で気付かれる。
普通のヴァルチャーだけならば戦えばいいけど、相手が瘴気の魔物となれば必ず戦闘は避けるべきである。
だって聖水がないと倒せないらしいから。
「二つ目、私転移魔法はまだ習得したばかりで使いこなせてないんです。
だから移動距離も短く、制限人数も少ない。三人で行ける距離に転移してから町に戻る、ということも考えたけど、三人で移動を考えると目で見える距離の移動が限界です。
なら二人の方がより長い距離を転移させられるから、こうして提案しました」
私がそう告げるとルファーさんは難しい顔をする。
まぁ私が逆の立場でも同じような反応になるだろう、私を置いて二人で逃げてって言われたら、誰だって戸惑うもの。
でも私だってこのまま終わるわけじゃない。
二人を転移魔法で届けた後、私も続いて転移するつもりだから。
(ただ、ちょっと魔力を回復させないと転移魔法は難しいのよね。慣れてないからそう思うのかもしれないけど、立て続けに使うことは未だに慣れない)
私は悩むルファーさんに、すぐに二人の後を追うことを告げるとそれなら、と納得してくれた。
私は地面の上に魔法陣を描く。
そして手を着き、この場所からなるべく“離れた場所にも魔法陣を描く”。
転移魔法は方法がわかれば簡単な魔法だ。
転移元と転移先を魔法陣で繋ぎ、魔法陣で移動するものが基本だから。
だから転移先の地形を知っていなければ転移魔法は危険な魔法になってしまう。
転移先に描いた魔法陣が坂の途中だとしたら、地面に足が埋まってしまうだろう。
火の中なら火だるまになってしまう。
だけど今回で言うと森から森に移動するだけ。
直接地面の上を走ってきたから急に坂になったり崖だったりした場所はなかったので、私は適当な場所へと魔法陣を描く。
ちなみに地面に手を着いたのは、転移先に描く魔法陣の位置関係を少しでも特定しやすくする為だ。
その時だった。
ルファーさんから口元を解放されたアレグレンさんが体をよろけさせ、木の枝を踏んづける。
パキッ
という気持ちのいい音が聞こえたと共に、「あ」という、やってしまったという表情のアレグレンさんが青い顔で私とルファーさんを交互に見る。
物音に反応したヴァルチャーがこっちを向いたのか、私の鳥肌が余計強調した。




