35 閑話 視点変更_家族が元に戻った日③
◆学生編終わりです!
だがサラへの想いは消えることはない。
なにをいっても母を慰められることができないのに、何と言葉をかけてやればいいのかと悔しい思いを募らせる。
だけどヴェルナスのそんな気持ちの裏腹に、ミレーナが顔を上げて話したのは想定外の言葉だった。
「ヴェルは、彼女が他の男性と結婚してもいいと、そういうのね」
「…えっ」
ヴェルナスは顔を上げた。
真剣な眼差しを向ける母の目に、ヴェルナスはたじろぎながらも首を振る。
「いいえ、…そうではありません」
「ではどういうこと?彼女が平民だから、彼女に好意を抱く貴族の自分とは結婚できないから諦める。
でもそれは貴方の事情で彼女には関係ない。貴方が彼女と結婚しないのなら、彼女が誰を好きになってもいいし誰と結婚してもいいということなのよ。貴女に彼女の人生を阻害する権利はあると思っているの?」
「…いいえ」
「そうよね。貴方にはそんな権利はない。そして、……ヴェルの幸せもそこにはない。だって貴方は彼女のことを好きだと言っているのだから」
ミリーラはそういって話した後一度口を閉ざした。
そして隣に座るエイヴェルの手を握ると、再び話し出す。
「ヴェル、よく聞いて。
親はね、子供が幸せであることが嬉しいの。例えそれがどんなに難しい事でも、望む未来を叶えたいと行動する子供を応援したいと思っているわ。
貴方が平民の女の子を好きだといっても、私は決して否定したりしない」
だから諦めないで。そういったミリーラにヴェルナスは目を見開いた。
「…そうだな。四年間一度も帰らず、手紙も寄越さなかったお前を変えたのは、きっと彼女の存在が影響してのことなんだろう。
父親として傷ついている息子になにもしてやれなかった間、お前を支えて、そして癒してくれた存在にとても感謝している。
…だから、そんな人間と出会えた自分の幸運を、お前は逃してはならないな」
エイヴェルはそういってミリーラと繋いでいる手を持ち上げた。
まるで自分は逃していないとでもいっているかのように。
「…ヴェル。逃げた私がどうして離縁していないか、わかる?」
決してしてほしくはないことだが、それでも祖父に反対され虐げられ、そして傷つけられたミリーラとしては、エイヴェルと離縁を決意してもおかしくなかった。
屋敷から姿を消し、ヴェルナスを置いて逃げてしまったミリーラが、どうして離縁はしなかったのか。
離縁してしまえば祖父からの圧力もなにもないというのに。
「この人を好きだから。一つでも繋がっていられるものが欲しかった。
それが私が離縁をしなかった理由よ」
「例え離縁を切り出されたとしても、俺はミリーラを諦めたりなんてしないがな」
愛を告げるミリーラに、それに答えるエイヴェルにヴェルナスは苦笑した。
そして諦めなくてもいいと伝えてくれた母の言葉に、サラと出会えた幸運を逃がしてはいけないといったエイヴェルの言葉を受け止めて、ヴェルナスは頷く。
「…わかりました。先程言った言葉を撤回させてください」
「ええ。勿論よ。貴方が幸せになる姿をちゃんと見せてね」
「身分差で悩んでいるだけなら解決策はいくらでもあるんだからな」
「はい」
微笑みを浮かべるヴェルナスとミリーラに、エイヴェルは本当に何気なく尋ねた。
「それでお前は彼女とどこまでいったんだ?」
エイヴェルの言葉に首を傾げるヴェルナスは「どこまでとは?」と口にする。
「いや、ほら気持ちが繋がっている男女なんだから、それなりの交流はあるんだろ?」
「それなりの交流…、トレーニングなら毎日していましたけど…」
あとは…と思いだそうとするヴェルナスの姿に、ミリーラは恐る恐る尋ねる。
「あの…ヴェル?貴方、自分の気持ちを彼女に伝えて、るのよね…?」
ミリーラの問いにエイヴェルは(当たり前じゃないか。子供のことまで考えて俺たちに話したんだから)と思いはしたが、それを口にすることはしなかった。
恐る恐る尋ねるミリーラの様子と、男女の交流というものをはき違えながら答える息子の様子を見たら、もしかしてというミリーラの疑惑が本当のことなのではないかと考えてしまったからだ。
そしてヴェルナスはいう。
「伝えてませんが」
その瞬間ミリーラとエイヴェルの口元が引き攣った。
「ヴェル!今度彼女を連れてきなさい!」
「いや待て!それは早いだろう!平民が貴族の家に招かれたら、喜びよりも前に警戒するはずだ!」
「だって!だってどうしたら!?このままじゃ二人の進展が絶望的なのよ…!
見たでしょ!?あの映像を!時計というプレゼントを男性が女性に贈るということは、貴方との時間をこの先も過ごしていきたいと想いが籠ったプレゼントのはずなのに、全然気にした素振りもなく、平然と受け取っていたじゃない!
こんなにも素敵に育ったヴェルのようなイケメンに贈られたら赤面ぐらいするでしょう!?
それなのにこんな調子でこれから先どこに胸キュンポイントがうまれるっていうのよおおおお!」
「だが家に呼ぶのは早すぎだ!ちゃんと二人が気持ちを通じ合ってからでないと…!」
言い合う二人をヴェルナスが眺めていると、少し冷めた紅茶を取り換えに執事がやってくる。
まるでいつもの通りだという態度に、ヴェルナスはエイヴェルが頻繁にミリーラに会いに来ているのだろうと悟る。
「坊ちゃま、お久しぶりです」
「セバス…久しぶりだな」
セバスと呼ばれた執事は紅茶を入れ直すとヴェルナスに尋ねた。
ミリーラが言っていた意味で女性にプレゼントをしたのかと。
するとヴェルナスは静かに頷いた。
「アイツは平民だから、……腕時計のプレゼントの意味はきっと知らないかもしれない」
「では今度からどういう気持ちで選んだのか、今後伝えるようにすればいいかと」
ヴェルナスは少し考えた後わかったと告げて、入れ直してくれた温かい紅茶を口に運んだ。
「うまい」と口にすると、「ありがとうございます」とセバスは微笑みを浮かべた。
父と母に身分差で諦める必要などないと応援してもらえたヴェルナスは、今後サラへの気持ちを隠すようなことはせず、気持ちを知ってもらえるようにアピールするところから始めようと、仲良くしている自分の両親の姿を見ながらお茶菓子にと出されたお菓子へと手を伸ばしたのであった。
視点変更終わり




