34 閑話 視点変更_家族が元に戻った日②
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ヴェルナスは実家へと戻ったその日、サラから頼まれていた謎の文字の正体を、聖女の教育を任されている次男のラルク・レルリラに尋ねたいと思っていた。
だが屋敷に着いたのは深夜遅く。
流石にこんな時間では迷惑を掛けてしまうだろうと考えたヴェルナスは、ラルクの元に尋ねることはしなかった。
そして次の日。
学園時代でも送っていた生活リズムはそのままで、早朝に目が覚めたヴェルナスは走りに出かけた。
家といっても敷地面積が圧倒的に広いレルリラ家では、走る場所にも困らない。
朝の冷たい空気を浅く吸い、そして吐き出しながら走り込みを続けていると、昨晩お休みの挨拶をして別れたエイヴェルが元気よさげに現れた。
そしてあれよこれよと支度を済まされ、早々に家を出てとある場所へと向かうことになったのである。
馬車の中はエイヴェルとヴェルナスの二人だけ。
外には護衛らしき人物が何人か馬に乗り、追いかける形で走っていた。
「緊張しているか?」
「はい、……でも母上に会いたかったですから」
素直に気持ちを言葉にするヴェルナスに、エイヴェルは優しく微笑んだ。
「……ミリーラも同じ気持ちだよ」
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「ヴェル…!」
昨日ヴェルナスが到着した屋敷よりも一回り小さい建物の前で、ずっと外で待っていたのか一人の女性が到着したばかりの馬車に駆け寄った。
その女性の後ろを一人のメイドが潤んだ瞳で追いかける。
ヴェルナスには馬車に駆け寄った女性がすぐに誰かわかった。
幼い頃に別れた母の姿を、たった数年経っただけでわからなくなるはずもない。
馬車が完全に止まるとヴェルナスはすぐに降りた。
そしてそれはヴェルナスの母であるミリーラも同じだった。
例え記憶の中よりも大きく成長しても、自分の愛する息子の姿を忘れるわけも、わからなくなるはずもない。
ミリーラは馬車から降りたヴェルナスに抱き着いた。
ヴェルナスの愛称を何度も何度も口にして、まるで今まで名前を呼んであげられなかった分を埋めるかのように口にする。
そしてヴェルナスは抱き着いたミリーラの背中にそっと手をまわした。
記憶の中よりも小さくなった母親の華奢な体に手をまわし、大きかったと思っていた母親が小さく感じる程に離れていたのだと実感しながらもその温もりを感じ取る。
「母上…」
互いを呼びながら涙を浮かべる二人に、馬車の中に取り残されたエイヴェルが近づいた。
「これ以上は中に入って話をしようか。風邪をひいてしまうだろ」
流石に朝は風が冷たいと、妻と息子の体調を心配しながらエイヴェルは二人に屋敷の中に入ろうと促した。
そして三人と、三人から少し離れた後ろにミリーラについていたメイドと、ヴェルナスたちの護衛として共にやってきた騎士たちは移動した。
屋敷迄の移動中、色とりどりに咲いた花たちの中を通っていく。
昔からガーデニングが好きだったと、ヴェルナスは記憶の頃の母のままだと思いながら母が管理しているだろう花壇を眺めた。
そして屋敷の中に入り、エイヴェルとミリーラ、そしてヴェルナスは向かい合ってソファへと腰を下ろす。
「…声低くなったのね…それにとても大きくなった」
「はい。…母上、申し訳ございませんでした」
ヴェルナスは優しく微笑みかけるミリーラに頭を下げた。
父であるエイヴェルがヴェルナスは悪くないといったとしても、ヴェルナスは自分が一切悪くないのだと思っていなかったからだ。
祖父に騙されていたが、それでも自分の母を信じれなかったことは事実で、それはとても罪深いものだと感じていた。
例え手紙で謝罪をしていたとしても、自分の口から伝えたかった。
「ヴェル……、母も貴方を軽んじてしまい申し訳ありません。そして母である私がしっかりしていないといけなかったのに、私は逃げ出し、貴方を一人にしてしまいました。本当に申し訳ありません」
だがヴェルナスはミリーラからも謝罪され、そして頭を下げられたことで目を瞬いた。
何故母上が謝るのか。
母上は何も悪くないのに、一体何故と。
「違う、俺は母上に…」
ヴェルナスは呆然としながらも口を動かした。
何を言えばいい。何をどう伝えたら母上の悲しい表情を無くすことができるのかと、そう考えながら何も思いつかないまま口を動かしていたのだ。
そんなヴェルナスを止めるように口を開いたのはエイヴェルだった。
「そこまで。お互いに気持ちを伝えられたんだから、謝罪しあうのはそこまでにしておきなさい。
俺は二人とも悪いところはないと考えているのだから…」
どうしようもなかったこととはいえ、一番悪かったのは家族を守れなかったのは自分だったのだと、悲し気な表情を浮かべるエイヴェルの姿に、ミリーラとヴェルナスは口を閉ざした。
謝りあってもしょうがないと、互いの気持ちを知ることが出来たのなら、これからは先のことに目を向けるべきだと考えるエイヴェルの気持ちを悟る。
「…じゃあ先にいわせてもらうよ」
いや、見させてもらうといった方がいいかなと言いながらエイヴェルは胸ポケットからあるものを取り出すとテーブルの上に置いた。
首を傾げるミリーラに「楽しみにしてただろ?」と楽し気に話す。
エイヴェルはテーブルに置いた魔道具、フィルム~まる見え君~に手を翳すと魔力を注いだ。
そして映像が流れだす。
「まぁ!ヴェルの卒業試験の様子ね!嬉しいわ!」
「”全部”撮っておいたんだ。見たいと思ってね」
エイヴェルの言葉通り、流れる映像は全てを映し出していた。
試験が始まる前のヴェルナスとサラとの絡み、卒業試験中のヴェルナスの活躍シーンに、試験後の選ばれた試合の様子。
それだけではなくパーティーの様子から、明らかにその場にはいなかったはずのサラとの別れのシーンまでばっちりと記憶されていた魔道具に、ヴェルナスは子供ながら実の父を疑った。
息子の後をつけていたのか、と。
「ヴェル!あの子は誰?どういう関係なの?」
言わずもがな、サラに興味を示した母のミリーラがわくわくとした表情でヴェルナスに訪ねる。
父であるエイヴェルもサラのことを尋ねたかったのか、目を輝かせて何度も頷いていた。
ヴェルナスは口を閉ざして、目を瞑る。
そして覚悟を決めた様に話始めた。
「母上も、父上も聞いてください。
俺はこの先結婚することは、ありません。だから……子供の顔も、みせてやれないと思います」
いきなり何をいっているのかと無言になるエイヴェルとミリーラに、ヴェルナスは「申し訳ございません」と頭を下げる。
「…それは、どうして?」
ミリーラが困惑した様子のままヴェルナスに尋ねた。
ヴェルナスはごくりと息を飲むと口を開く。
「俺が、サラ・ハールのことを好きだからです」
ヴェルナスはまっすぐ両親の目を見つけて答えた。
息子であるヴェルナスのその真剣な態度に、眼差しに、二人は思わず顔を見合わせる。
そして、ミリーラはエイヴェルに頷くと、ヴェルナスに視線を向けた。
「貴方がそういうのは、彼女の身分の所為なの?」
「はい。サラは平民、ですから」
「……そう、本気なのね」
ミリーラが尋ねるとヴェルナスはコクリと頷いた。
俯くミリーラに、ヴェルナスは目を見開く。
自分の所為で悲しませてしまったのではないかと、覚悟を決めて話したはずなのに、再び悲しませてしまった自分自身にヴェルナスは心を揺さぶられた。




