12 閑話_両親の話
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時はサラが自身の魔力を認識した日まで遡る。
「それで?どうなんだ?」
部屋を暗くし布団に入ったサラの父親であるグライス・ハールは、同じように横になる母親のララ・ハールに問いかけた。
「…とても才能に恵まれてるわ」
ララが思い出すのは、サラが魔力を認識したあの瞬間の事。
魔力を初めて認識するその瞬間、誰もが魔力暴走を起こしやすい。
とはいえ平民は貴族に比べると圧倒的に魔力量が低い傾向にあった。
原因は解明されていないが、血筋による遺伝という説が今のところ濃厚である。
グライスも冒険者として活動していたからか、平民に比べては高い方だが、貴族に比べると魔力量は低いといってもいいレベルだ。
ララにおいても人族の血が影響されているのかエルフ族らしからず、人族であるグライスと同等か、もしかしたらグライスよりも魔力量が低いかもしれない。
そんな二人の子供であるサラも、通常であれば魔力量が見込めないと思われた。
だが少なからずエルフ族の血を受け継いでいるという理由で、ララはサラを外に連れ出したのだ。
そしてその行動は正解だった。
サラは二人を遥かに超える程の、いや、もしかしたら貴族よりも高い魔力量を秘めているかもしれない。
その場にいたララはそう直感した。
初めて魔力を認識したその瞬間、魔力が体から漏れ出し、周囲の環境にまで影響するだなんて通常であればあり得ないからだ。
水属性のサラが、何故周囲の風が沸き上がったのか。
何故周囲の草花を成長させたのか。
何故、空に浮かんでいた雲が一気に退け、一際強い日差しが降り注いだのか。
はっきりとした理由がわからなかったララだったが、それでも周囲に影響を及ぼす現象が起こるのは魔力が高い者だけであることは知っていた。
「才能?」
不思議に思うグライスにララがくすくすと笑う。
「ええ。あなたもすぐに追い抜かれちゃうかもね」
「おいおい、父親として当分追い抜かれたくはないんだが」
「ふふふ」
隣の部屋で寝ているサラに聞こえないように、口を押さえて笑い声を抑えるララにグライスは苦笑する。
そして隣にいるララがグライスの方に体を向けた気配がして、グライスは顔を動かし横を向く。
月明かりが綺麗な緑色のララの髪の毛を照らしていた。
「ね、サラに"なんでお母さんは冒険者じゃないの?"って聞かれたの」
「それは俺も知りたいな」
顔だけを向けていたグライスは、体全体をララの方に向けて聞きの体制に入る。
グライスはもともと、仲が良かった地元の人達と三人でパーティーを組み活動していた。
グライスを含め男二人と、女一人のメンバーである。
その頃は他の冒険者のように一つの町に留まらずに、様々な町を転々と過ごしていた。
そんな時森で彷徨うララと出会い、ララに一目惚れしたグライスは護衛と生じてララの面倒を見ていたのだ。
仲良くなったララに共に冒険者として活動しないかと問うた時は、悲しそうな顔で首を振られた記憶が蘇る。
その時はただただ「足手まといになるから」と断られたのだ。
ララと離れたくなかったグライスは、パーティーメンバーに話をし、チームから離脱。
ララと共に今の町マーオ町に落ち着いたのだった。
だから、グライスとしてはララの「足手まといになる」という理由しか知らなかった。
ちなみにパーティメンバーはグライスの離脱を快く受け止めてくれた。
グライスは気付かなかったようだが、少し前からメンバーの二人が恋仲だった為、ララと共にいたいと告げたグレイスの気持ちを分かってくれて受け入れられた。
「ララは俺と同じくらいの魔力量だし、魔法の精度は俺よりも高い。
一体何が理由で"足手まとい"という言葉が出るんだ?」
グライスは本気でそう思っている。
そんなグライスにララは微笑んだ。
「ありがとう。でもね、エルフ族の中では私は底辺のような人間なのよ。
貴方は受け入れてくれても、当時の私は耐えがたかった。
私によくしてくれて、優しくしてくれる貴方たちの迷惑になってはいけないと、本気で思ってたの」
「そんなこと!!」
思わず起き上がるグライスの口元にララの人差し指が当たる。
「シィー…、サラが起きちゃうでしょ」
そう諭されて、グライスは口を閉ざして静かに横になった。
「エルフはもともと魔力量も魔法の精度も高い種族。
だからか、魔法の精度が高くても魔力量が低いと見下される傾向にあるの。
いくら練習を重ねてもたいして伸びることが無い魔力量に、私は子供の頃からずっと里の中で見下されてきた…だから魔力量が低いことが如何に最低な事なのかと意識づけられてきたの」
グライスの手にララの手が重なる。
白くて細いララの指は、ぎゅっとグライスの手を握った。
「勿論私だけじゃないわ。私の他にも私のように魔力量が低いエルフがいたの。
お互いに身を寄せ合い、励ましあいながら生きてきた。
でもやっぱり生きづらかった。そして、友達だと思っていた子がいなくなって、私はその子は里を抜け出したんだと思ったの。
それからは、私も後を追いかけるようにエルフの里を逃げるように出たわ」
ララは当時を思い出すように目を閉じる。
月明かりに照らされるララの口元は弧を描いていた。
だからグライスはなにも言わず、黙ってララの話を聞いていた。
「見下されていた私を連れ戻す可能性はなかったけれど、里から早く離れたかった私はいくつもの強化魔法を体にかけて森を駆けたの。
走って走って、そして貴方に会った」
ララは目を開けて、真っ直ぐグライスを見た。
そして微笑む。
「出会ってくれてありがとう。
私を助けてくれて、ありがとう。
手を差し伸ばしてくれて、ありがとう」
本当に心の底から告げているとグライスは思った。
だからこそ、グライスの目には涙が込み上げてくる。
「俺も……、俺と出会ってくれてありがとう。
俺と一緒にいれてくれて、ありがとう。
俺と結婚してくれて、ありがとう」
ぐすっと鼻水をすすったところで、ララが慌てるように体を起こす。
「え、ちょ、なんで泣いてるのよっ」
「だって、ララがそんなにつらい目にあっているっていうのに、俺は……。
ただララに恋してただけで…」
「私はそんな貴方に救われたっていってるのよ、ほら鼻かんで」
差し出されるペーパーにグライスは鼻を押し当てた。
寝ている娘のサラに気遣うように鼻をかむグライスの姿を見て、ララは微笑みながら見つめる。
「…そういえば、ララはどう答えたんだ?」
「?」
「サラになんで冒険者をやらなかったのかと聞かれたんだろう?」
首を傾げるグライス。
「"やらなかった"んじゃなくて"やってないの?"と聞かれたのよ」
「どっちでも変わらないじゃないか」
「いーえ、全然違うわ」
「で、なんて答えたんだ?」
目をキラキラとさせているように見えるグライスの瞳にララはにやりと笑った。
「"天職に出会ったから"」
「は?」
「私、今の酒屋の仕事がとても楽しいのよ。
だから冒険者をやっていない。そう答えたわ」
「ということは……」
「ええ。今貴方に誘われても私は冒険者になることはないってことよ」
ガクリと肩を落とすグライスだが、今では町で引き受けられるクエストばかりの為、パーティーメンバーを必要としていない。
だからこれからもララを誘うことはないが、誘ってもいないのに断られると消沈してしまうものだ。
対するララは、グライスが今後ララをパーティーメンバーに誘うことはないと分かっていた。
グライスに告げた通り酒屋の仕事は気に入っている。
でもそれ以上にグライスが帰ってきたときに、おかえりと出迎えることが好きになっていた。
冒険者の妻として。
(これからはサラが学園に通うまでの間、私の知っていること全部教えてあげよう)
最初はかわいい娘が危険が多い冒険者を目指すことにあまりよく思わなかった。
仕事なんてこの町の中にも沢山ある。
無理に冒険者をしなくたっていいのだと。
でもあの子の魔力量を実際に感じて考えが変わった。
もしかしたら、ララの想像以上に大物になる可能性だって秘めているのだ。
(今後、サラが冒険者を目指さなくてもそれはそれで構わない)
だって、もしかしたらサラはエルフの里でも見ないほどの____
いや、やめよう。
サラの母親として、子供の幸せだけを祈っているのだからと、ララは途中まで考えていた思考を振り払うように首を振るう。
(母親として出来る限りのことをサラにしてあげよう)
そしてララとグライスは床についた。