27 視点変更 認知
■視点変更
キュオーレ王国の国王陛下が国民の教育レベルを引き上げるために行った政策の一環として、平民でも入学できる学校を設立した。
建物を設立することが難しい場所では、拓けた場所に教員を派遣し、少しでも多くの民が教育を受けられるように手配した。
その結果平民でも文字に困ることなく、計算も出来るようになり、国の生活水準はかなりのレベルで上がった。
今では各領地の貴族、そして平民が主に身を置く職業先でもあるギルドに、平民の教育を一任しているが、今でも王族が運営している学校がオーレ学園である。
一年に一度、卒業試験と称して生徒同士がしのぎを削る光景が公開される。
その席に学園の運営者でもある王族が出席するのだ。
その年によって顔を出す人物は違ってくる。
例えば第一王子、第二王子が通っていた年では国王陛下が参加したこともあれば、王妃が参加した年もある。
そして今年は第一王子であるアルヴァルトが一人で出席していた。
勿論アルヴァルトの護衛として共にする騎士はいるが、それでも後ろに控えているだけで気軽に話すことはしない。
といってもこのような公の場では、が頭につくが。
アルヴァルトは王族のみが使用を許される観覧室に腰を下ろして息をついていた。
その顔には疲れがみえる。
召喚された聖女が、聖女のみが使える魔法を使える事ができなかったこと、そして聖女ではなかったただの女の子だったことがわかり、彼女が置かれる環境を打破するため、頭を捻らせる日々が続いていたのだ。
勿論アルヴァルトには彼女、眞子に対してよからぬ思いは抱いていない。
眞子には眞子の人生があったというのに、身勝手に召喚してしまったこと、そしてなんの力もなかった、それこそキュオーレ王国の平民よりも劣る眞子に国を守ってほしいという重責を今でも負わせていることに負い目を感じているのだ。
アルヴァルトは眞子が帰れるように帰還の魔法がないかを調べたが成果はなかった。
そもそも召還の魔法陣も聖女に当てはまるだろう特徴を書き示し、その女性を引っ張ってくる魔法陣だ。
どこの世界で、どんな時代の、どんな場所から選ぶのか、その指定は何もない。
だから帰還魔法といっても、眞子がどんな世界に、どんな場所で、どんな時代に戻たいのかを、魔法陣を組み立てる者が理解できなければ出来るわけもなかった。
眞子の世界すら知らないキュオーレ王国人にとっては、無理に等しかったのだ。
ならば眞子に力がないことを証明したとして、被害を一番に受けるのは眞子自身だろうと推測できる。
勝手に誘拐まがいなことをされただけだとしても、聖女として披露され歓迎されたのだ。
嘘つきだと榴弾されてしまうことは容易に想像できた。
そしてアルヴァルトの弟である第二王子のエルフォンスの事を考えても、それはしたくないと思っていた。
残る手段として聖女の力に頼らない瘴気の魔物の討伐方法だ。
聖水という聖女が召喚されるまでの臨時対応として認められた物はあるが、恒久対策にはならない。
他に方法はあるのか、魔法研究室にも依頼してはいるが、長年それという対策がなく、結局聖女に頼っていた為になかなか見つけられるわけもなかった。
(…あとどれくらいの期間があるだろうか…)
アルヴァルトは背もたれに身を任せ、室内の天井を仰ぎ見る。
眞子が異世界から召喚された人物であるために、瘴気の魔物退治の前に、この国のこと、そして発見された魔物について学習したほうがいいと進言したことで、なんとか時間を稼ぐことができた。
だがそれもいつまでも続かない。
早く対策を考えなければならないと、痛い頭を抑えたその時だった。
トントントンとノック音が聞こえ、騎士が訪問者を確認する。
確認した騎士はアルヴァルトに報告し、怪しい人物でもなかった為に入室を許可した。
そしてアルヴァルトの前に現れたのはレルリラ公爵家の現当主と前当主の二人だった。
「小さな太陽に挨拶を申し上げます」
そういって頭を下げる二人に、アルヴァルトは闘技場全体を見渡せる席から立ち上がり、ソファへと移動した。
「堅苦しい挨拶は不要だ。それよりも久しぶりだね」
アルヴァルトの言葉にいち早く反応したのは現当主であるエイヴェルだった。
だがそれも当然だった。
前当主とアルヴァルトでは片手で数えるほどの面識しかなく、反対にエイヴェルとアルヴァルトはエイヴェルの次男であるラルクが世話になっている関係で顔を合わせることが多かったのだ。
「そういえば三男が今年卒業だったかな?」
話を変えるようにアルヴァルトがいうと、答えたのは前公爵だった。
「ええ!息子のエイヴェルが出征していた間、私が面倒をみてあげておりました。今日はそんな孫が学園でどれだけ成長したのかを楽しみにしておりました」
「そうか。なら私もラルクの弟である末子を今日は注目しておこうかな」
一瞬、場には何とも言い難い空気が流れたがアルヴァルトは気にすることもなく、当たり障りのない言葉を口にする。
だが社交辞令を本気に捉えた前公爵はソファから立ち上がり窓付近へと近付いた。
そしてすぐにヴェルナスを見つけたのか指を指してアルヴァルトに告げる。
「あれが我が孫です、殿下」
意気揚々とした態度で告げる前公爵に、エイヴェルは苦笑を浮かべながらアルヴァルトに頭を下げた。
まるで言うことを聞かない子供がすみませんとでもいう保護者のような姿に、アルヴァルトは大丈夫気にするなというかのように微笑んだ。
そして窓辺に近寄り、末子を確認する。
「ッ…」
だがアルヴァルトの目にはヴェルナスではなく一人の女性の姿が印象的だった。
しかもその女性の近くには前公爵が孫という男性がそばにいて、仲よさげに話している。
前公爵はその女性に一体誰が孫を誑かしているのかと憤慨している様子だったが、アルヴァルトには女性の正体のほうが知りたかった。
末子をみる二人の対照的な姿にエイヴェルも同じく窓に近寄り会場を見下ろす。
そして目を見開いた。
先日教育を任された聖女に、かなり似ている女性の顔立ち。
その女性の隣には柔らかな表情を浮かべた実の息子の姿。
どちらもかなりの衝撃を受けたが、それよりも思うのは親としての感情。
(そうか……ヴェルに現れてくれたのか…)
保護者には学園から年に一度手紙が届く。
それはクラスを担当している担任の先生からの手紙だった。
ヴェルナスから一度もなかった手紙にも関わらず、一人学園で過ごす子の様子を確認しなかった理由は先生からの手紙があったからだった。
そこには年を追うたびに成長していく息子の様子が書かれていた。
そして四年が経ったときにはそんな息子から手紙が届いた。
息子からの手紙を読み、先生のいう通り元気で過ごしているのだろうと、そして傷を癒し支えてくれた存在が出来たのだろうと、そう受け止めることができたのだ。
それが、息子の隣にいる女性なのだと、親として嬉しい気持ちで見つめる。
「……公爵よ、保護者席には戻らず、私とここで見ていかれないか?」
アルヴァルトがそうエイヴェルに告げた。
エイヴェルにはアルヴァルトが考えていることがわかったが、女性の情報は何もない。あるのは息子が仲良くしているということだけ。
だがそれでも拒否する理由にはならず、エイヴェルは笑みを浮かべながらもアルヴァルトからの提案を受け入れた。




