11 拍子抜けの試験内容
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そしてついに試験当日。
私は今王都の外れにあるオーレ学園の前にいる。
後ろには疲労を滲ませながら私を見つめるお父さんとお母さんがいて、私は学園を前にギュッと鞄を握りしめた。
マーオ町と王都はかなりの距離が離れていて、馬車を使うと一か月かかるほどの距離がある中を、お父さんとお母さんは一週間で到着して見せた。
途中途中魔力回復のために休んだりしていたけれど、今でもお母さんとお父さんの表情には疲労がはっきりと浮かんでいた。
出来ることはやった。
例え詠唱魔法を外で練習している最中、マイクたちがうるさいくらい話しかけてこようとも私は無視を決め込んで練習したし、ニーナが遊ぼうよと涙目で訴えてきたときには一緒に覚えたての魔法を使って遊んだ。
この国で有名な長ったらしい似ているようで似ていない名前とお偉いさんの功績に興味がなくても、ギルドの受付でもあるアラさんに叩きこまれながら、そして洗濯ばさみを目元に挟みながら必死に覚えた。
ちなみにアラさんは今はギルド長になったおじさんの元パーティーメンバーである。
最初はあまり話さなかったのだけど徐々に心を開いてくれたのか、今では気軽に声をかけてくれるようになったから、仲良くなれて私はとても喜んだ。
そして冒険者になるためには弱肉強食自給自足であるべきだと尊敬しているおじさん基ギルド長に言われ、いつもお父さんに任せていた動物の解体の手伝い_主体に動くのではなく本当に手伝いだけ_も行うようになった。
木の枝から短剣を握らせてくれるまでに、お父さんから剣の手ほどきを受けた。
そしてお母さんからは日常生活だけでなく、戦闘でも役立つ程度の魔法も教えてもらった。
お陰で魔法陣は綺麗に描けるようになり、そして詠唱魔法については日常生活に必要な魔法は安定して発動できるようになった。
また詠唱魔法に取り組むようになったとしても魔法陣の勉強は疎かにすることはなかった。
それはお母さんの言った通り魔法陣は基礎で、魔力量の把握はとても重要なものだと私の中に染み込んでいるからだ。
だから試験なんて、こんなにも身構える必要なんてない筈だとギュッと手を握り、拳を作る。
「ふぅ……、いってきます!」
後ろを振り向きお父さんとお母さんに笑みをみせた。
霊獣は契約者の魔力を糧にしている為、基本契約者の魔力以上のことは行わない。
だからマーオ町から王都迄のような長距離の移動を霊獣に任せるのは魔力量が決して多くない者にとっては難しいはずなのに、魔力を回復させるポーションを自分で作っては飲んで、そして回復させて、私を王都迄送り届けた両親には感謝しかない。
緊張していた私の笑みはきっと引き攣っていたと思うけれど、疲れている筈なのにいつも通りの笑顔を浮かべる両親に緊張がほぐれた気がした。
大きな門をくぐり、私は一人の大人に名前を伝えた。
案内された場所は魔法科への入学試験会場である広い部屋だった。
4~5名が座れるような長いテーブルに、ゴツイ椅子。
なんとなくデザインがあってないような気がしたけれど、気にせずに自分の名前が書かれたネームプレートの席に座って試験開始を待った。
次々に現れるのは、私と同じような平民っぽい人たち。
何故っぽいなのかというと服装でわかるからだ。
だって目が痛くない。貴族はもっとチャラチャラしていて、目がチカチカしていたくなるような服をきているものだ。
だからこの部屋に貴族はいないのかなと思ったけれど、すぐに案内された部屋が違うのかもと思った。
まぁそれならそれでいい。
同じ空間にいるのが嫌なのは貴族だけではなく、平民の立場からでも嫌だからだ。
そして試験が開始して、配布された問題を次々と解いていく。
内容はギルドで預けられた時に教えてもらった文字や数字の計算が殆どで、魔法についてはお母さんに最初の頃に教えてもらったような魔法陣ばかりで、難しい問題は一切なかった。
いや、きっと後半にガツンと難しい問題があるのだろうと、私は気を緩めずに一問一問丁寧に解いていく。
だがそれもないまま最後の問題に辿り着いてしまった。
あまりに拍子抜けした問題に、私は緊張を解き肩の力を抜いた。
解けなかったらどうしようとか思ったけど、本当に杞憂だったみたい。
でもこれは筆記試験だからだ。と私は考え直し、実技試験に備えて頭の中ですぐに発動できる魔法陣を思い返していた。
今の私は詠唱魔法ぐらいならできるからだ。
そして筆記試験の時間が終わり、次は実技試験かなとそわそわしていると、試験は終了したと告げられ、そのまま待機しているように命じられる。
どうやら遠方から来た子供たちに配慮して、この場で合格者を決めるようだ。
それにしても筆記試験だけなのかと、試験内容に二度目の拍子抜け。
どうせならこんなに魔法も使えるんだぞって見せてやりたかったのに。
それでもドキドキと、解いた緊張がまたぶり返す。
他の子供たちもそうなのか、きょろきょろと落ち着きなく見渡す者や、知り合い同士なのか後ろを向いて話し出す者と様々だった。
ガチャっと扉が開かれ、入ってきた男性が誰かの名前を呼ぶ。
呼ばれた子は立ち上がり男性の元まで行くと、男性は1通の封筒を手渡した。
そして子供に退出を促し、次の子の名前を呼ぶ。
それを何度も繰り返して、とうとう私の番になった。
「サラ・ハール」
「は、はいっ」
ドキドキと差し出された封筒に手を伸ばすと、「ようこそ」と小さくボソリと呟かれた。
思わず男性を見上げたが、私を気にすることなく次の子の名前を呼ぶので、私はそのまま部屋を出る。
通った道を戻ると、門の前にはお父さんとお母さんが待っていた。
「え!ずっと待っててくれたの!?」
「カフェにでも入って待ってようといったんだけど、お父さんったらずっと落ち着きなくてね。
ここで待ってることにしたのよ」
「そ、それでどうだったんだ!?」
少し恥ずかしそうに顔を赤らませたお父さんが、私に結果を尋ねた。
「あ、うん。この封筒を貰ったの」
実はこの封筒、門までの間封を開けようと思っても開けることができず、中を確認することが出来なかったのだ。
だから鞄の中にしまっておいたのだが、今は普通に開けることが出来、中の紙を取り出す。
二つに折られた紙を私は恐る恐る開いた。
「…あ……」
「!!"合格"!!よかったわね!サラ!!」
「凄いぞ!!」
試験内容的にはドキドキもハラハラもないただの常識問題のような内容だったが、それでも緊張していなかったわけではない。
周りをよく見ると私のように喜ぶ子や落ち込む子と様々だったが、落ち込む子の方が多く見えた。
しかも中には「全問ちゃんと解いたのに何で落ちるんだよ!」と悔しさからか叫ぶ子までいた。
合格基準がわからず、ふとあの合ってないデザインの椅子を思い浮かべたが、考えてもわからないからすぐに合格と書かれた手紙に意識を戻す。
私はそこでやっと素直に喜ぶことが出来た。
十歳になる年のカラシナの季節、私は全寮制であるオーレ学園の魔法科に通うために家を出たのである。




