15 見知らぬ文字②
「……そういえば聖女って召還したんですよね?呪具ではないのなら、ご両親が言った聖女に纏わるものかもしれないって本当だったんじゃないですか?」
今なら聖女もこの国にいる事だから、見て貰えばはっきりすると尋ねるとヘルムートさんははっきりと否定する。
「それはないよ」
「なんでです?」
いやに断定的なヘルムートさんに私は尋ねた。
まだ見てもらっていないのに、根拠がわからないからだ。
「だって国を守ってくれる聖女様が人を不幸にするわけがないからね。
それに聖女に確認するにも聖女って僕が気軽に会える立場の人ではないし、そもそもそういう話を上に上げる時って、なにもわからないから見てくださいっていうと断られることが多いんだ。
こういう事情や情報があるから確認してくださいってことなら通ることもあるけど、これに書かれている言葉って僕でも見たことがない言葉でね。
王都にある王立図書館に行っても全く情報を得ることが出来なかったんだよ」
「…今まで召還してきた聖女が残した日記とか、そういうものもないんです?」
「勿論あるよ。いくら言葉が通じるように召喚魔方陣に組み込んでいるとはいえ、文字は別だ。
聖女様がこの国で過ごすことになる以上、文字を覚えて貰わなくちゃいけない。だから昔の聖女様が書いた学習用に使ったノートや日記はあったけど、文字の形が全く違ったんだ」
ちゃんと確認できるところは確認しているんだと、若干失礼なことを考えながら私は相槌を打つ。
「なんなら君も見る?」
「え!?」
わざと中を見ずに木箱に戻したそれをヘルムートさんは拾い上げ、私へと差し出すものだから思いっきり動揺した。
かなり年季が入ったものだと見た目からでもわかったそれを、ヘルムートさんは新品の物のように扱う。
つまり経年劣化しまくっているそれがぐにょぐにょと曲がるため、私は思わず手に取ってしまったのだ。
物は大切にしましょう。
「ほら、開いてみてよ」
「うう……」
なにやら楽しそうにしているヘルムートさんに、(私がもし捕まったら道連れにしてやる)と心に誓いながらページを捲る。
すると現代文字でも古代文字でもない文字に私は「本当だ」と呟いた。
「でしょ?見たことないよね。わかることと言ったらこれを書いた人は日記帳のようにこのノートを使っていたという事」
「…どうしてわかるんです?」
「連なる文字の行間に必ず短い文が書かれているでしょう?しかも使っている文字の形が微妙に違うだけでほとんど同じことから、きっと日付をあらわしているんだと思う」
「確かに……」
長い文面は全く文字の形が違うけど、短い文については殆ど一緒だった。
ヘルムートさんの言う通りこれは日記の可能性が高いと思った時、私はふと既視感というような不思議な感覚がした。
文字をじっと見ながら考え込む私にヘルムートさんが首を傾げて尋ねる。
「…どうしたの?」
その言葉に私は濁しながら答えた。
「…ちゃんとわからないんですが…、私この文字どこかで見た、ような気が…」
「え!ほんと!?」
満面の笑みってこんな感じなのかと思う程にヘルムートさんの表情は明るかった。
不自然に灯りで照らされているような、そんな妙な圧がある笑顔だったから、私は近づくヘルムートさんから距離をとる。
なんだか危険な気がしたのだ。
「…気の所為かも…」
「気の所為でもなんでもいいから教えてよ!
本当は神殿に処分をお願いするつもりだったけど、君が情報を持っているなら処分はやめる!
さぁどこ?どこでみたの?」
さぁさぁ!とキラキラと輝く瞳からは「言うまで逃がさないよ」と副音声が聞こえてきそうで、私は「ヒッ」と小さく悲鳴をあげた。
するとナイスなタイミングで様子を見に来たレルリラがやってくる。
「遅い」とか言ってたからヘルムートさんに用事があるとかではないだろう。
私はヘルムートさんがレルリラに気を取られた一瞬の間に、木箱に本を戻しレルリラの元へと移動した。
「すいません!覚えてないんです!」
行こうとレルリラの腕を掴んでヘルムートさんの研究室を後にすると「待ってるから思い出したら教えてよ~!」という声が聞こえてくる。
どうやら追いかけてはこない様子に私はホッと息を吐き出した。
「……何の話だ?」
「ヘルムートさんにご家族が送った謎の文字が書かれた本の話よ」
「謎の文字?」
レルリラの質問に私は頷きながら、魔力で文字を書く。
見よう見まねで書いてみたけど、一度見た文字を確認もせずに間違えず書けているのか心配だが、それでも雰囲気は伝わるだろうと私はその文字を宙に浮かべながら話をつづけた。
「そう、こんな文字だった気がする。確かに見たことはないんだけど、最近見たような気もしなくもないんだよね。
それをうっかり口にしてしまったらヘルムートさんの好奇心に火をつけてしまったみたいで……」
「確かに見たことはないな」
「あ、レルリラもそうなんだ。じゃあやっぱり気の所為だったのかな」
「………」
急に黙り込むレルリラに私は横を歩くレルリラを見上げる。
「レルリラ?」
「……一つ可能性があるとすれば、聖女がいた異世界の文字だ」
「え?ええ。だけど、それはヘルムートさんが確認したって。それで全然違う言葉だってことがわかったらしいよ」
私はヘルムートさんから聞いた情報をレルリラに伝える。
だけどレルリラはそれだけだと納得していない様子だ。
「…聖女とはいえ人間だろう。人には筆跡というものがある。
文字を理解できないままなら、人が書く時に出てしまう癖も含めてみてしまう。
同じ文字でも違うものだと勘違いしてしまう可能性もあるんじゃないか?」
「…その可能性はあるかもしれないけどさ」
でもそれなら確認する手立てがないじゃない。
結局は聖女本人に「この字は貴方の世界の文字ですか?」って確認しなければ判断できないといっているようなものだ。
神殿や王族関係者でもないのに、そんなことができるわけがないと私は足を止めて溜息をつく。
「サラ?」
ふと聞こえた声が思ったよりも近くに聞こえて私は目を開けた。
するとレルリラが私の顔を覗き込むようにしているためか、すぐ近くにレルリラの顔があり驚いて思わず顔を背けてしまう。
しかも驚いたからか、動悸が激しくて、更に距離をとろうとした時だった。
「聞くか?聖女に」
「え?」
私はレルリラの言葉に振り向き、じっとレルリラを見つめた。
聞き間違いか、想定外の言葉に言葉も出てこなかったからだ。
「……五年になる前の休暇、俺実家に帰っただろ。その時に話があった」
レルリラの言葉に、私は思い出す。
ある人物の教育係になってほしいという依頼をレルリラは断ったと話していた。あの話だ。
「アンタまさか…、教育断った相手って…」
「聖女だ」
私はレルリラの頭の中がこの時ばかりは本当に意味がわからなかった。
□
そんな感じで魔法研究室での半年間の実戦訓練という授業が終了した私たちは、久しぶりに学園へと帰ってきた。
半年ぶりということもあってか、とても懐かしく感じるのは気のせいだろうか。
魔法研究室の送迎に使われていた馬車から降りた私達を出迎えてくれたのは先生だ。
先生の顔も久しぶりに見る。
先生は私達をお世話してくれたヘルムートさん達に丁寧にお礼を告げた。
「お帰り」
そして先生が私達にいった言葉に帰ってきたんだなと実感していると、先生は何故か右手を上げた。
親指と中指をくっつけた状態で、皆に見えるように高く手を上げる先生はそのまま指を鳴らした。
パチンっと音がした瞬間私たちの足元に魔方陣が描かれて……
「「「「「「「え」」」」」」」
転移させられたのだった。
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