14 見知らぬ文字
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あっという間に半年が経った。
これだけずっと魔物との戦いに向き合うと流石に要領も覚えてくる。
今まで学園で幻影魔法から学んだ魔物の特徴。誤差はあったとしても似通った行動を示す本物の魔物に、難なく立ち向かうことが出来るようになるというもの。
勿論それは私だけじゃなくてクラスの皆がそうだった。
そして最初は魔力値を基準として対戦する魔物のレベルを決めていたが、三ヶ月もすれば更に上のレベルにも挑戦してみようとも思うもので、今では基準としていた魔力値関係なく好きなレベルへと挑戦していた。
そして現在、私は魔力込めを頼まれていた水晶だと思っていた魔石を、ヘルムートさんに届けに向かっているところだ。
途中すれ違う魔法研究室の人に「ご苦労さま」とか声をかけられながら廊下を進む。
最初は魔法研究室で働く人たちはあまりいい顔をしていなかった。というよりも、面倒を起こさないでくれという、なんとも関わりたくないようなそんな気持ちが伝わってくるような態度だったのだが、私とレルリラが魔力込めを行っていることを知ってから態度が急変したのだ。
現金だなぁとは思いながら、それでも喜んでくれていることだから悪い気はしない。
私はヘルムートさん専用の研究室にやってくると扉をノックし、部屋へと入る。
普通は入室の許可を取ってから入るものだけど、魔法研究室に限ってはそんな暗黙のルールは通用しない。
研究にのめり込むと高い集中力からか物音がシャットダウンされる。
その為に何度放置されたか……。
「魔力込めした魔石ここに置いておきますね」
私は集中するヘルムートさんに一応声をかけてそういうと、魔石を置いた。
そして退出しようとしたところで、無造作に木箱に詰められた物に目を引かれた。
(なんだろ…)
近づいてみてみると、色あせた書物…というより私が学園で使っているようなノートのような本だった。
何を記録しているのかをタイトルとして表記する人が多いと思うが、このノートみたいなものには何も書かれていない。それでもなにかの動物のような絵のようなものが描かれていることは分かった。
気になった私は思わず手を伸ばしていた。
「…あ、それに触っちゃだめだ!」
「え?」
今までデスクにかぶつりつくように集中していたヘルムートさんが席を立つ。
私はといえばちょうどノートのような薄っぺらい本を手に取ったところだった。
ヘルムートさんは席を立つなり私に駆け寄った。
「大丈夫?」と声を掛けながら心配するヘルムートさんに私は首を傾げる。
「…もしかして、なにもない?」
「はい」
するとヘルムートさんは「おかしいな」と呟きながら私から離れた。
ちなみに本は私の手に持ったままだ。
私の手にある本を今度はヘルムートさんが首を傾げながら見ている。
「勝手に触ってすみません…。まさか重要な物とは思わず…」
「ああ、違うんだ。そうじゃなくてね…」
ヘルムートさんはそういうと、一旦言葉を区切って私に話をしてくれた。
「これは実家から送られてきたものなんだ」
「え?確かご両親は…」
私はヘルムートさんが話してくれた事情を思い出し尋ねると、ヘルムートさんは首を振る。
「ああ、違うよ。実家と言っても僕は養子でね。
孤児院にいた時に貴族と養子縁組したんだよ。だから実家」
「あ、そういうことなんですね」
「紛らわしくてごめんね」
そしてヘルムートさんは続きを話す。
「実家からね、聖女に纏わるものと聞いて手に入れたみたいなのはいいんだけど……、でもそれ以降よくない事が起こるようになったとかでね。
僕は職業柄神殿とも関わることがあるから、それで処分をお願いされたというわけさ」
魔法研究室という業務内容は幅広いから、職業柄関わるということも理解できる。
だけど聖女の持ち物がよくない事を起こすというのはどういうことなのだろうかと私は首を傾げた。
「ああ、なんで神殿に?って思ってる?それはね、呪具関係は全て神殿で保管または処分されているからだよ」
「じゅぐ、ですか?」
私が疑問に思っていることとは違ったが、初めて聞く単語を繰り返すように口にする。
するとヘルムートさんは目を瞬いた。
「あれ、もしかして初めて聞いた?」
「はい。初めて聞きました」
こくりと頷きながら答えると、ヘルムートさんは「そうなんだ」といって呪具というものがどんなものなのかを教えてくれた。
「あのね、呪具というのは人を不幸にする魔法がかけられた道具のことなんだ。
世に出回っている魔道具は人々の生活を良くするための道具だろ?呪具はその正反対の道具なんだ。
とはいっても呪具は禁止された魔法を使っていることから、そもそも違法なんだけどね」
だから関わっちゃだめだよ。と忠告を受けながら、へぇ、そんなものがあるんだぁ。と私は考える。
そして、はたと気付いた。
呪具というのは人を不幸にする道具で、ヘルムートさんのご両親は聖女に纏わるものだときいて手に入れた物があったらしいが、その物の所為で不幸が起こるようになった。
ということは、ご両親は呪具かもしれないと神殿に依頼しようにも、きっとなんらかの理由があってヘルムートさんに送り付けた。
その送り物を私が今手に持っていて、呪具は違法な物で、その違法な物を手にしている私は……。
「…あ、あの、私、捕まったり、します?」
ヘルムートさんの話から最悪な展開を想像してしまった私は、カタカタと震えながら尋ねた。
そんな私にヘルムートさんは苦笑する。
「大丈夫だよ。それ僕も確認してみたんだけど、どうにも呪具っぽくないんだ」
「……っぽくない、とは?」
「禁止されている魔方陣が刻まれている痕跡がどこにもないということだよ。
だからはっきりと呪具とはいえないんだ。でも……」
「で、でも?」
「……いや、君が触って大丈夫ならいいんだ」
「ちゃんと教えてください!?」
頼むから言葉は濁さずはっきり言って欲しい。
変にドキドキするじゃないか。
「アハハハ!ごめんね。
別に大したことではないんだけど、僕が持った時なんだか変な感じがしたんだ。
こう…なんというか…寒気がする?というような、そんな感じ?だからなるべく触れないようにしていたんだけど、君はそう感じなかったんだろ?」
ヘルムートさんに問われた私は肯定する為に頷いた。
「でしょ?だから僕が触った時に感じたあれは勘違いだったということだよ」
だから呪具じゃないから安心して。というヘルムートさんに私は安堵する。
でもまだ心から安心できたわけではないから、手に持っていたノートみたいな本をそっと木箱の中に戻した。
もし少しの可能性で呪具だと判明した時恐ろしいもの。




