8 対戦
階段を下り終えると厳重な扉だと思わず思ってしまう程の重そうな扉があった。
天井まである重そうな扉を開けて、私とレルリラは中へと入る。
それにしてもやっぱり扉は重くて、身体強化の魔法を掛けていなかったら開けられないくらいには重かった。
その為か中に入った私は扉から手を離すとバタンと大きな音を立てて扉がしまう。
中を見渡すと上の部屋でみたよりも、天井が高いことがわかる。
通気口のような小さな入り口は空気の循環の為なのだろうか。
窓ガラスの下には大きな牢屋のような扉があった。
いかにもそれっぽい空間に私は乾いた笑いが出る。
「…どうした?」
「いや、なんか、自分が奴隷にでもなったみたいな感じがしたのよ。
よくあるでしょ?小説とかで隔離された地下実験室みたいなところで魔物と戦わせるやつ」
「お前そんなの読んでるのか」
「私じゃないよ。でも今流行ってるんだって。どん底人生からの這い上がりストーリー」
奴隷かもしくはとても貧しい人たちが集まって暮らしているスラム街っていう場所にいる主人公が、最終的には英雄になったりそれらしい地位まで這い上がる物語が今流行っているらしい。
この国には奴隷制度はかなり前に廃止しているようだし、スラム街っていうのも存在していないと私は思っている。
そもそもスラム街というのは職に就くことが出来なかった人たちが集まった場所だ。
勿論他にも事情があるかもしれないけど、でも大半の理由が職がなく、結果貧しい生活を強いられている。
だからこそ王様が動いた。貴族だけを教育するのではなく、平民にも知識を与えられるよう。
そして職に就けるようにと制度を整えた。
だからこそ、この国には奴隷もスラム街もない。
だけど身近ではない非現実的な話だからだろう、人気が出た。
主人公がどんどん力を付けていくシーンも悪者たちをやっつけるシーンも、主人公に試練を与えるシーンも、読者をイラつかせるようなのんびりとしたペースではなく、次の展開をとページを捲りたくなるスピード感あふれる内容が読者の心に火をつけたらしい。
まぁ私はその本を見ていないから詳しくは語れないけど、そう聞いた。
その時言っていたのだ。
今私がいるような状況に似たシーンがあることを。
勿論私はその本の主人公のように奴隷ではないけど、状況が似ているというのがなんとなく不満に思う。
【準備は良いかな?】
声を届ける魔法を使っているのか、ヘルムートさんの声が地下の部屋に響く。
私は腕全体を使って大きく丸を作り合図した。
すると窓ガラス下の格子状になっている扉が開く。
随分重いのか、土煙が上がるほどだ。
「サラ、突っ込むなよ」
「そんなことしないよ。まずは距離を保ちつつ様子見、でしょ?」
レルリラとはチームを組んだことがない。
自分で言うのもなんだが、クラスで上位に入る実力の私達はパワーバランスを理由に同じチームになったことが無いのだ。
しかもレルリラとのトレーニングは主に魔法強化。
真剣に互いに向き合って戦うのは二学年の時のあの試合以来なかった。
だからレルリラに突っ込んでいた私を思い出し言ったんだろう。
(本当にレルリラの弟子になった気分だ)
まぁ弟子というのも当たらずとも遠からずって感じだけどね。
◆
どれぐらい時間が経ったのだろう。
初めての魔物を二人でわりとあっさり倒すことができた私たちの様子をみたヘルムートさんが『どうする?次は二体にしてみる?それとももっと強いやつにする?』と言い始めた。
そのヘルムートさんの問いにレルリラが淡々とした様子で答える。
次々と魔物を投入していく様子はまるでトレーニングでもしているかのようだった。
そして遂には私たちの同意なく魔物たちを投入するヘルムートさん。
足元にはすでに足の踏み場もないほどに魔物の死骸が横たわっていた。
魔物の血は酸化して黒くなった人の血のようにドス黒く、身体につくとあまりいい気分にはなれない。そもそも血を浴びていい気分になる人がいるかどうかはわからないけど。
それでも臭いが不快ではないことは幸いだった。
それにしてもヘルムートさん、あんな話をした割に結構楽しんでいるような気がしなくもないが、一体どういうことなんだろうと私は思う。
確かに人命がとかなんとかいっていたから、心の底から魔物に肩入れしているわけでは無さそうだけど、それでも思うところはあった。
私は魔力不足というより、精神的な疲労でヘルムートさんがいる部屋に向かい階段を登る。
先を歩くレルリラはちっとも疲れてなさそうでなんだコイツと思った。
初めて実戦を経験して思うことは、学園の幻影魔法の素晴らしさだ。
私たちは学園の幻影魔法でたくさんの魔物と戦ってきた。
本当に本物なのではないかと思ってしまう程に、嗅覚や痛覚などの刺激を感じることが出来た。
けどそれはあくまでも学園が用意した幻影魔法。
本物の実戦では全くの別物だろうとそう思っていたのだ。
確かに魔物に対する攻撃は思った以上に入らない時もあった。皮が硬く跳ね返されることもあった。
だけど魔物の動きはかなり似ていたのだ。
魔物の視線の動きや手足の動きから予想される次の行動が、幻影魔法でみてきた行動とかなり似通っていた。
そのため私は容易に対策がとれた。
じゃないとここまで簡単に倒せてないだろう。
階段を登り終え、ヘルムートさんがいる部屋へと戻ると、満面の笑みを浮かべたヘルムートさんが出迎えてくれていた。
「君たちすごいね!魔力量もそうだけ本当に初めての実戦かい?」
まるで子供のように目を輝かせて話すヘルムートさんに私は乾いた笑いしかでなかった。
だってこの人本当に楽しんでたんだもの。
箸休め的な休憩でもいいから一息つきたかったのにどんどん魔物を投入するものだから、こっちは本当に疲れたというのに。
何か考えがあったのならいいけど、この様子を見ると楽しんでいただけだ。
「…あ、そういえば私たち魔法科を魔法研究室で受け入れた条件に、魔道具のテストをやってもらいたいとかいってましたよね?それはいつやるんですか?」
私の質問に「あぁ、それね」とヘルムートさんがいう。
「本来は開発中の魔導具を試してもらいたかったんだけど、君たちの戦うところをみて考えが変わったんだ」
「…というと?」
「試験テストじゃなくて魔力の供給をしてもらいたい」
「魔力の供給?」
私は首を傾げた。
一般的に魔力の供給とは治癒魔法をさす。怪我を回復するとき、魔法の発動者側の魔力を使用し治癒能力を上げるからだ。
他にも魔力そのものを渡すというか、流すときがある。
私がお母さんから魔力の存在を教えてもらったときのようなアレだ。だけどあれはただ体の中に流すというだけで、供給ではない。
人の魔力には属性があるように、魔力を供給できるにも属性同士じゃなければいけないからだ。
「そうそう。ここは魔法研究室であるからね。研究や実験で使う魔力は個人レベルじゃ足りないんだ」
「普段はどうしてるんです?」
「ギルドに依頼という形で出してるんだよ。それでもなかなかに足りなくてね」
「お願い」と手を合わせるヘルムートさんに私が了承しようとしたとき、隣にいたレルリラに口を塞がれた。
「むぐっ」
いきなり何するんだと見上げるも、レルリラがこっちをみないので私の気持ちは伝わらない。
「…何故急に条件を変えたんです?アナタの話ならクラス全員が魔力供給にあたればそれなりの魔力を得るはずですが?」
なんかトゲのある言い方だな。と私は思った。
いつものレルリラじゃないような、ピリピリとした雰囲気を出すレルリラに居心地悪さを少しだけ感じる。
「君たちほどの学生なら、が前提の話だよ。言った通り君たちの魔力量はずば抜けている。あれだけの戦闘を繰り広げたというのに今ここで元気よく立っているのがその証拠だよ。普通の学生ならヘバッていて、魔力供給の話じゃないからね」
「なら魔力供給が出来るくらいに抑えればいいでしょう」
「それだと本末転倒でしょ。君達は実戦経験を積みにやってきた。魔力供給じゃなくてね。それなのに君の話だと目的が変わっているじゃないか」
「それが条件というものでしょう」
レルリラの言葉にヘルムートさんが眉尻を下げる。まるで困った子どもを相手しているように。
「…流石に僕たちはそんな極悪じゃないさ。今回依頼を受けたのも将来国を支える卵たちに投資しているという感覚だよ。
そもそも魔法研究室の受け入れは基本的に君たちの学園だとサポート科に属するクラスだ。魔法科の生徒ではなくね。
でも魔法科を受け入れたという実績を作ってしまうと今後問題になる。あちこちの学園から要請が来て研究どころじゃなくなるだろう。だからこそ条件という形をとっただけで、難しいことを君たちにさせるつもりはさらさらないよ」
肩を竦めながら告げるヘルムートさんに、レルリラはやっと納得したのか私の口元から手を離し、魔力供給への承諾を口にした。




