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恋愛初心者の恋の行方  作者: あお
学園編~五学年~
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7 大切な者





薄暗い通路の先には大きな窓ガラスが一枚ある四畳ほどの小さな部屋があった。

窓ガラスを覗いてみると、高さは部屋二階分くらいの地下となっていて、広さは教室が四部屋ほど余裕で入りそうな大きさがある。

地面は土なのか茶色くみえるが、植物は全く育っていない。


「で?最初はどっち?」


「あ、…」


最初は…ということは窓越しに見えるあの場で戦うのだろう。

ヘルムートさんはにこやかな笑みを浮かべて私達に順番を決めるよう促している。

私はどのような形で決めるか、レルリラに視線を向けた。


「一ついいですか?」


「ああ、いいよ」


だがレルリラは何か聞きたいことがあるようで、私の視線に応えずヘルムートさんを見たままだ。

何を聞くのだろうと私が思っていると、レルリラが淡々とした様子で口を開く。


「最初は二人でやらせてください」


「二人で?それは勿論構わないけど、…理由を聞いてもいいかな?二人が相手する魔物は魔力数値的には一人でも問題なく倒せると思うけど」


レルリラの言葉が意外だったのか、少しだけ肩をすぼませながらヘルムートさんが言った。


「魔力値的にはそうかも知れません。ですが俺たちは今回初めて本物の魔物を相手にするのです。何か問題があってはいけない。そのために最初は二人で行いたいのです」


レルリラの言葉にヘルムートさんが「確かに」と呟く。


「でもそれなら僕と一緒にやろうか。さっきはああいったけど、人命が関わるなら僕は躊躇しないよ?」


「いえ、結構です」


レルリラが間髪入れずに断ったことでヘルムートさんの目がぱちぱちと音が聞こえるくらい瞬きを繰り返す。


きっとヘルムートさんは不安な私たちを安心させるために良かれと思って提案したんだ。

例え魔物と戦えなくなったと言っていたとしても、本人が言ったように人命が関わっていたらそこはやはり違うのだろう。

ヘルムートさん自身ブランクはあっても、王立騎士団に入団していたくらいの実力はあるのだろうし。

でもだからこそ断られたヘルムートさんは予想外だったのだろう、驚いていた。


「……でも不安なんでしょ?それなら経験がある僕と一緒のほうが安心できるんじゃないかな?」


ヘルムートさんはレルリラに尋ねた。

尋ねられたレルリラは一つ息を吐き出してからヘルムートさんをまっすぐ見つめる。


「不安ですよ。とてもね。でもその不安は貴方が思っているようなものではありません」


「じゃあどういうもの?」


ヘルムートさんはわからないといった表情で首を傾げた。

レルリラはヘルムートさんに近付くとヘルムートさんの耳元で囁く。

ボソボソと話される言葉は私にはちゃんとは届かなかった。

いくら狭い部屋だとしても小声で話されていては聞こえづらい。


「ここに来るまでの間話をしていたでしょう。勝手な身の上話を語ったお陰で純粋な想いに曇りがさしてしまいました。

まぁいつかは感じることかもしれませんからありがた迷惑とは思わないですがね。

……それにしても魔物を実験体に利用しているのに、よくあんな言葉を並べたものだ」


「っ……」


レルリラが何を言ったかわからないが、ヘルムートさんがたじろぐ。嫌なことをいったのか少しだけ唇を噛み締めているようだった。


レルリラはヘルムートさんから距離をとると私に近づき手をとる。


「だから貴方ではダメなんです」


そう言って部屋の奥にあった階段へと向かったレルリラに、手を繋がれた私はついて行った。







トントントンと階段を降りる音が響く。

螺旋階段状になっている階段を私たちはゆっくりと降りていた。


「…ねぇ、ヘルムートさんに何を言ったのよ」


「お前が戦えなくなるような話はするなっていっただけだ」


「…ちょ、私戦えなくなったわけじゃ…」


「考えてたんじゃないのか?」


レルリラの言葉に私はどきりとした。

ときめいたとかそういうんじゃない。

口に出してもいない本心を見透かされたと思ったからだ。


「考えたんだろ。あいつの話を聞いて、人間を見て殺そうとする魔物のように、魔物を見たら殺そうとする人間だって同じなんじゃないのか。人間だって魔物の生活を無理やり奪っているんじゃないのか」


「………」


口を閉ざす私にレルリラは足を止める。

ちょうど階段を照らす明かりの前で立ち止まったレルリラは私の先を歩いていたから、私を見上げるようにして立っていた。


「俺はそういうものだと思っている」


「…そういう…?」


どういうことだろうと私は首を傾げた。


「人は常に何かの犠牲の上で生きている。植物や動物、魔物の命、それだけじゃない。同じ人間の筈なのに、時には同じ人間の命を犠牲にして生きることもあるんだ」


「そんなの……私だって知って…」


「知っていてもお前は理解してない。

だからアイツの話を聞いて今戸惑っているだろう。

魔物をただの悪だと考えていたからこそ、魔物に心がある可能性を知って自分がどうするのが正しいのか、魔物に対してどうしていくのがいいのか悩んでいる。

でも大切なのはそこじゃないんだ」


レルリラが私の手をとる。

血の気が通った温かい体温が私の手に伝わるようだ。


「大切なのは、守りたいものを思う気持ちだ」


「守りたいものを思う気持ち?」


レルリラは頷く。


「自分にとって守りたいものは何かを決めておく。

それが明確になれば、自分がどんな行動をすればいいか決まるし、自分自身を守ることにも繋がる」


「……どういうこと?」


「例えばの話だ。お前は強くなった。実戦経験を積めばそこら辺の大人よりも強いし、騎士団も冒険者からも一目置かれるような実力を持つだろう。

そんなお前が小さい子供と知り合い、有効な関係を築いたとする」


私はレルリラの例え話に頷いた。


「…冒険者として活動するお前の前に、さっきアイツが話していたような魔物が現れる。

討伐依頼もない魔物だ。食用にも適さない魔物は倒す意味もメリットもないように思える」


確かにクエストで引き受けていない魔物なら倒しても自己満足になるだけだ。

食用に適さないなら余計そうだろう。

私は再び頷いた。


「そこでお前が取る行動は二つだ。倒すか倒さないか。

だがこの選択肢でも行動によっては大きく違ってくる。

倒すを選択したとしても、仲間を殺された魔物が近場の村や町に襲撃するかもしれない。

ならば根こそぎ倒さなければ、村や町の安全は保たれない。

でも罪のない魔物を倒してもいいのかと、今のお前なら思うだろう。

では倒さない選択をすれば人の命も守れ、魔物も守れるのかといえば、それも違う。

目の前の魔物をスルーしたとしても、飢えた魔物が村や町に下りれば、お前が仲良くなった子に危険が及ぶ可能性だってあるし、魔物だって結局は人間と戦うことになるだろう。

ならどうするのか。なにが正解なのかと疑問に思うが、答えはないんだ」


私は首を傾げた。


「その土地の魔物を根こそぎ倒しても、発生原因がわかっていない魔物は再び姿を現すだろう。

魔物の襲撃を回避するために塀を作り守備を強固にしても、自然は破壊され、魔物以外の生物たちが住みかを移さなければいけなくなる。

それに数万、数十万の魔物が一度に襲撃したら、どんな守備だって無意味になる。

だからこその選択だ。一つでも多くの命を救うんじゃない。

自分にとって大切な命を救うための選択だ。例えそれがどんな結果に繋がろうが、大切なものを守る行動が自分自身の心を守れると俺は思ってる」


レルリラの言葉に私は考えた。

大切な人の存在を思い出して、ヘルムートさんの話を思い出して、考えてみた。


家族を思う心を持った魔物の存在。

そんな魔物から家族を奪う行為はなんと卑劣なんだ。酷い行いなんだ。自分で自分の行動に自信が持てなくなってくるような、そんな気持ちになるだろう。


だけど私にだって家族がいる。大切な友人がいる。これから出会うだろう人たちだって私の守りたいと思う人たちになるだろう。

だってそういっていたから。ギルドマスターが冒険者として旅をしていくと、素敵な出会いを何度もすると。

お金にならない人助けだって、進んでやるくらいいいものだといっていた。

私はギルドマスターに守られた立場だけど、だから私もギルドマスターくらい凄い人になりたいんだと思ったんだ。

そして今の私の大切な人たち。これから出会う人たち。そんな人たちを守ることに繋がるのなら、躊躇してはダメなんだ。

確実にその人たちの安全が見込めない限り、どんな相手にだって、私は私の大切な人を守るための行動が必要となる。

レルリラの言ったように、守りたいと思う気持ちで行動したことは、他人からどう見えたとしても自分を正当化して私の心を守ってくれるだろう。

だって見知らぬ者たちよりも、私は守りたいと思う人たちの存在の方が大事だから。


「そうだね。確かにそうだ」


ヘルムートさんの考えを批判したいわけではない。

人にはそれぞれ考えがあるように、私には私の考えがあるだけだ。

そして私が私の考えを決めることが出来たのは、ヘルムートさんの話とレルリラの話があったからだ。


私はレルリラの赤くて綺麗な宝石のような瞳を見つめた。

階段の段差があるためかいつもよりも目線の高さがあい距離が近く感じるが、昔はこんな感じだったことを思い出す。

いつの間にこんなに大きくなったんだ。


「ありがとう、レルリラ」


「気持ちが固まったんならそれでいい」


「うん!…ねぇそれより、レルリラってあんなに長く話せたんだね。いつもあれくらい話してもいいのに」


握っていた手を離し再び下り始めたレルリラの横に並ぶような感じで私は隣を歩く。

なんの返答もないなと思って隣を見上げると、レルリラは首を傾げて「…喋ってるつもりだったんだが」と顔で訴えていた。


私はなにもいえなくなり、階段を駆け下りた。




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