2 五学年初日の朝
突然だが、私は月に一度の頻度でお母さんとお父さんに近況を手紙に綴っている。
学園や寮のこと。
友達が出来たこと。
友達と一緒に王都の街に出かけたことや、霊獣と契約できたこと。
最近では実戦訓練として本物の魔物と戦ったことを書き、実際に倒した魔物の名前を書いていく。
ギルドのアラさんのお陰(?)で飢えることなく授業も順調だと書いた時には、お父さんから鳥の捌き方を教えてやると返事がきたことを思い出す。
「…やっと五年生になったよ。ちゃんと、卒業するから、ね、っと」
書き終えた手紙を四つ折りにして、宛先を書き、そして手紙に息を吹きかける。
勿論ただ息を吹きかけるだけではなく、魔力を注いでいる。
そうすると、手紙は形を変えて飛び立っていくのだ。
この手紙も魔道具の一つである。
紙に魔法陣が組み込まれていて、そこに文字を書き、宛先を指定してから魔力を流し込むと、紙だった魔道具は形を変え_今回は小鳥の姿_指定された宛先まで自動的に飛んでいくのだ。
ちなみにこの手紙も学園から無料で支給されている。
本当至れり尽くせりとはこのことだ。
□
まだ早い時間帯でも太陽は私たち人間が起きる時間よりも早く昇りはじめる。
薄暗い部屋の中に差し込む光で、私は目を覚ました。
この暮らしをしてからもう四年近い。
早起きするのも随分慣れた。
しかも何故かいつも以上に目覚めがいい。
どうやら学園が始まることをずっと楽しみにしていたのかもしれないと、目覚ましよりも早く起きた自分自身に笑ってしまった。
レルリラとのトレーニングは約束をしていないけど、もう当たり前の習慣になっている為、学園初日という今日でも私は運動着に着替え、少し長くなった髪を結い上げる。
顔を洗って、水を飲んで、それで身支度を少し整えて、寮の出入り口に行くとほら、やっぱりレルリラが待っていた。
「久しぶりだね。レルリラ」
私は扉のすぐの壁に寄りかかるレルリラに駆け寄ると、レルリラが顔をあげてこちらを見た。
「ああ、おはよう」
「おはよう」
挨拶を交えたらそのまま寮を出て軽く体をほぐし、一緒にジョギング。
いつもならメニューは何を中心に行うとかそういう話をしながら走るのだけど、今回は私が一人学園で過ごしていたからか休暇中の事を聞かれた。
「ふふん!ちゃんと自主トレしていたよ!
無詠唱魔法も前より出来る数増やしたんだからね!」
勿論それだけではない。
生徒が休暇中でも先生たちは引き続き仕事があるようで、学園に残っているのだ。
そんな先生に私は頼み込み、解除魔法も前よりできるようになったのだ。
……まぁ勿論相手が無詠唱で行ったら追いつけないんだけどね。
レルリラの魔法発動に追いつけるようになったといっても、それは事前に使用する魔法を教えてもらっていたから出来たことだし。
だけど解除魔法は発動後も可能な魔法。
魔力が多く必要になるけど、先生に事前に教えることはしないでと念を押し、そして無詠唱で発動するようにと頼みこんで私は解除魔法の練習をしてきた。
ちなみに先生に『解除魔法の練習は無詠唱魔法にも効果あると言ってましたが、なんでそもそも解除魔法をさせようと思ったんですか?』と聞いてみた。
だって、今回の昇級試験はあくまで先生達との対戦であって、解除魔法が合格条件じゃなかったからだ。
合格条件については私の推測ではなく、実際に先生から聞いた話。
だから疑問に思ったのだ。勿論将来を考えたら出来た方がいいので、教えてくれたことには感謝しかない。
そして先生はいった。
いい笑顔で『卒業試験はクラス関係なく対人対戦が行われるからな。アイツの高く伸びた鼻をへし折るにもってこいのだろう』と。
ようするにあの一件以来私達生徒の前では大人し…いや、交流がないように見えているが、先生たちの間だけではまだ口論がなされているということだ。
Bクラスの生徒の魔法をAクラスの生徒が次々と無効化していって、手も足も出させない状態にしたいと先生は思っているのだろう。本当に先生はいい性格をしている。
まぁ私もBクラスの生徒にはいい思い出がないので、卒業試験がBクラスと対戦することになったら本当に本気を出すけど。
だってさ、合同授業で対戦したあの二人の生徒だけじゃなく、Bクラスの女子生徒にも呼び出されたんだよ?
『貴女なんかがレルリラ様に~』とかなんとか言ってさ。学園だけじゃなくて寮でも声かけられた時にはびっくりしたよ。
だから本当にBクラスの人にはいい思い出がない。
(まぁ中にはいい人がいるかもだけど)
でもそれはそれ、これはこれだ。
いい人だとしても私は試験では手を抜く必要なんてこれっぽっちもないのだから。
そんな打倒Bクラスという気持ちもあるが、レルリラとの対戦も卒業試験で行われる可能性が高いため、レルリラのいない隙にこっそり実力をあげようとしていた私は勿論、詳しく教えることはしないのである。
「ちなみにレルリラは?実家に帰ったんでしょ?どうだった?」
「特に…」
「特に?手紙送ったんだよね?お父さんからなにもなかったの?」
確か休暇の前にレルリラは父親に対して返答の手紙を書いていた筈だ。
後でレルリラが書いた手紙を読ませてもらったけど、事務的な感じで家族にあてた手紙という感じが全くしなかったけれど、ずっと手紙を出してなかったんだから手紙を出すだけでも凄いと私は手紙を読んで「いいと思う」と答えたのを覚えている。
その手紙を出した後の帰省だから、当然なにかしらあると思ったのだけどと疑問を口にした。
ちなみに手紙といっても魔法が施されている手紙を使用しているため、昔のように人の手で届けられるわけではなく、手紙が自動的に宛先人に届くのだ。
だから届いてないわけではない筈である。
「…ああ、それなら学園を卒業したら父上と共に母上が住んでいる別荘に向かうと決めたよ。
今回帰省したのは頼みたいことがあると呼ばれたからだ」
「頼みたいこと?」
「ああ。詳細は言えないが……」
「いいよいいよ!大丈夫!極秘情報ってやつだよね!それくらいわかるから言わなくても大丈夫!」
目線を落とし、申し訳なさそうにするレルリラに私は慌てて言葉を口にする。
だってレルリラは意外と気にするタイプなのだ。
「そうか?ならいい」とあっさりしてそうなタイプかと思いきや、意外と可愛い奴なのである。
「…いや、伝えられる範囲になるが言わせてくれ。
兄弟の中で一番年齢が近いからとある人物の教育係を頼まれたが断った。
俺が教えたいと思うのはお前だけだからな」
真剣な表情で告げるレルリラだが、走り込み途中でのセリフだった為に私はムードも欠片もないなと笑ってしまう。
というか、そういう言葉選びは誤解を与えるからやめたほうがいい。
でも、そう言ってくれるのは嬉しいから私は素直に受け止めた。
「そっか。断ってくれてありがとうね。
その教育係がどれぐらいの期間なのかわからないけど、少なくとも卒業するまでは私専属でいてほしいから」
「……ああ」
レルリラは私の言葉に何かいいたいことでもあったのか、何とも言えない表情を浮かべていたが、結局何も告げることなくいつも通りのトレーニングを終わらせたのだった。




