1 瘴気の魔物とは
私達は無事五年へと進級することが出来た。
進級試験が終わると、一週間の長期休暇に入る。
最後の学年でもあるこの一年はどんな年になるのだろうと思い浮かべながら、私は一年で一番長い休暇を過ごしていた。
一番長い休暇といってもマーオ町に帰れるほどの時間は取れない為、私はいつものように学園で過ごしていたが、今回ばかりはレルリラも実家(?)に帰省していた為、休暇中はもっぱら自主トレーニングに励んでいたり、勉強をしたりして日々を過ごしていた。
「サラ!元気にしていた?」
「これお土産よ。食べ物のほうがいいかなと思って選んだの。食べてね」
学園が始まる前日、実家に帰省していたレロサーナとエステルが私を部屋を尋ねるなり、お菓子を渡される。
私は二人からお土産として買ってきてくれたお菓子を受け取り顔をほころばせた。
気を使わないでいいと言っているのに、二人は帰省した度におススメのお菓子をよくかってきてくれるのだ。
そしてそのお菓子が二人のおすすめなだけに凄い美味しくて、今となっては遠慮の言葉が出てこない。
「ありがと!大切に食べるね!」
「大切にしていたら味が落ちてしまうから、早めに食べなさい。今回は焼き菓子でそこまで期限が長くないの」
「うん、わかった!」
ホクホクとにやけた表情のまま貰ったお菓子を勉強机に置いた私が言う前に、エステルとレロサーナがベッドに腰を下ろす。
これもいつもの流れ。
ソファがあればいいのだけれど、そういう家具は個人負担で持ち込みとなるのだ。
勿論ソファくらいとお母さんもいっていたけど、卒業した時処分に困ってしまうことになる為、私は家具を買い足したりはせず来客者にはベッドに座って貰っていることにしている。
そもそも尋ねに来る人はクラスメイトの女子と限られているしね。
「そういえば聞いて、サラ。もしかしたら今年から校外授業が復活することになるかもしれないわ!」
「え?なに、どういうこと?」
レロサーナの言葉に私は首を傾げる。
校外授業は生徒に実戦に近い経験を積ませる重要な授業の一つなのだが、去年瘴気の魔物が現れたことで中止となり、そのまま見送られていたのだ。
なにか別の対策をしない限り学園外での活動は出来ないはずだけど、と疑問に思う。
「聖女様が召喚されたのよ!」
「ええ!」
私は驚いた。
聖女を召喚しようとしていることは随分前に聞いていた話だけど、あれから召喚されたという話を聞かなかったのだ。
休暇中寮にずっといるのもと一人で王都に出掛けたことはあったけれど、聖女が召喚されたと話す人は誰もいなかった。
聖女が召喚されたのならばそれは歓迎の意を込めて祝い事等ありそうなのにその気配もないし、噂話のようなものもなかった。
だからこそ、私は召喚されたとハッキリ告げたレロサーナを訝し気に見てしまう。
「………本当なの?」
「なに?その眼は~~?」
「だって休暇中、私王都に出掛けたけど誰もそんなこといってなかったんだもの。
貴族しか知らない事だとしても、王都には貴族の人だっているし、情報も漏れることもあるでしょう?
こんないい話なら尚更って思ったのよ」
流石に抓りはしないが、それでも頬を指先で押して円を書くように動かすレロサーナに、私は逃げるように顔を逸らせながらそういった。
すると私の話に納得したのか「そう思うのも仕方ないわね」と口にする。
「でもね、召喚されたというのは本当よ。
まぁ実際に聖女様をみたかといわれたらそうではないけれど、私のお兄様は王立騎士団に所属していてね。
その騎士団の中で聖女様を守るための隊を結成するために色々とあるみたい。
聖女様がいなければ結成されるはずの特務隊が、今このタイミングでメンバーを決めるということは、聖女様が召喚されたということを物語っているわ」
「…ということは、ただの推測って事ね」
「推測だけど、確実に近い話よ!」
全然信じてくれないんだから、と頬を膨らませるレロサーナに、エステルがまぁまぁと慰める。
そんなレロサーナの姿をみて、悪いとは思ったけれど笑ってしまった。
「でも本当に聖女様が召喚されていたらいいことだわ。
瘴気の魔物は歴代聖女様の子孫が作る聖水か、聖女様にしか浄化することが出来ないから」
「そうだね。聖女がいれば私たちの学園外での授業も行えるようになるかもだし」
そうね。と頷くエステルに私はふと疑問に思うことを問いかける。
「そういえばさ、瘴気の魔物ってなんで危険視されているの?」
「「え?」」
私の質問に目を丸くさせた二人に慌てて首を振りながら言葉を続ける。
「別に軽視しているわけじゃないよ!?実際に見て、なんかこう……身の毛がよだつってくらいに怖いって思ったし!
でもさ、今まで聖女が召喚されていなくてもやってこれていたってことじゃない?なのにどうして聖女を召喚しなくちゃいけないのかなって思ったの」
正直な感想、聖水があれば最悪対処できると思っている私に二人は「座りなさい」と表情を引き締める。
「まず、サラのいうことは的を得ているわ。聖水があれば浄化できるもの。実際聖女を召喚出来ていない間は聖水を使って対応してきた。
でもね、前に先生がいったように高レベルの魔物が瘴気を纏うことになった場合、最悪聖水が効かない恐れが出てくる。
だから保険の為に聖女様を召喚していると私は聞いたわ」
「勿論聖水が効かないかもしれないというのは憶測よ。今まで効かなかったことなんてなかったのだから。
でもね、瘴気の魔物が危険視されている理由は、決して倒れることがない、というところなのよ」
「倒れることが無い?」
「ええ。致命傷を与え、一度は地に伏したとしてもまるで操り人形のように動き続ける。それが瘴気を纏った魔物の特徴なの」
「操り人形って……」
想像しただけでも恐ろしい。
既に絶命していても動き続けるだなんて、まるでアンデットのようだ。
……ん?アンデット?
「治癒魔法は効かないの?」
「アンデット系の魔物対策に使う魔法としてってことね。
残念だけど、治癒系の魔法も瘴気の魔物には一切効かないのよ」
「というより普通の魔法じゃ効果がないわ。
勿論魔物自体は普通の魔物みたいだからその肉体には効果があるのだけど、…だけど瘴気に対して効果のある魔法は今のところ発見されていないの」
「わかっているのは聖水が効くという事だけね」
「だから瘴気の魔物が発見されたら聖女様を召喚するという流れが当然の流れとなっているのよ」
そう告げる二人に私は「そうなんだ」と呟いた。
ハッキリと分かった事といえば、瘴気というものが未知な物で、今は聖水というものがあるからなんとかなっているが、それが効かなくなった場合私達では太刀打ちできない為に聖女を呼ぶこと。
そして瘴気自体も魔物にとってはよくないものということ。
例え瘴気が原因で死ぬことはないとしても、操り人形のようにされるということはそういうことだ。
「瘴気ってなんなんだろう……」
あの時見た黒いもや。
見るだけで恐ろしいと感じたけれど、それと共に不思議な感覚もしたことはやはり魔物の気持ちだったのだろうかと思い出す。
「さあね、研究者たちがわからないことを私達がわかるわけもないわ」
「確かにそうね。瘴気について突き止められたら、陛下に表彰されるレベルよ」
そう話す二人に私は考えることをやめる。
結局瘴気がなんなのかわからないままだけど、私に出来ることはなさそうだ。
今はただ、主席で卒業できるように頑張って自分自身を磨くことだけ考えようと、そう思った。




