6 聖女の事情
焦るエルフォンスに眞子は嫌な予感がしていた。
このままここにいてはいけないのではないかと思うようになったのだ。
日を重ねるごとに眞子を見るエルフォンスの目が厳しくなり、そして口に出す言葉も荒れていたのだ。
眞子がそう感じてしまうのも無理はないだろう。
眞子の世界にはDVという言葉もある。
実際に暴力を振るわれたことはないが、DV被害者は皆逃げるという思考が出来なくなっていた。
寧ろ暴力を受けていることを隠したがる傾向にあった。
自分はそうなりたくない。そうならない。
暴力なんて受けたくない。
眞子は強くそう思った。
そしてこのままだと私はきっとこの男から手を上げられると、本気で感じていた。
そんな時眞子は出会った。
第一王子であるアルヴァルトとその婚約者候補であるアデラインという可憐な女性に。
眞子と二人の出会いは偶然だった。
第一王子であるアルヴァルトとアデライン令嬢が庭園を散策中、気分転換もあるが逃げ出したくなった眞子がお花を摘みにと嘘を_といっても向かったのは庭園なわけなので完全に嘘ではない_告げた先にいたのだ。
そして眞子のどんよりした様子にアデライン令嬢が目を止め、話しかけた。
第一王子もアデライン令嬢という婚約者候補はいるが、眞子が聖女として活躍した後は婚姻の可能性もあった為、そして紳士として顔色が悪い女性を見て見ぬふりは出来なかった。
眞子は縋った。
いや、高校生という大人になり切れない子供でもある為、泣きわめくことはしなかったが、不安な気持ちを前面に出しながら訴えた。
「私、聖女なんかじゃないんです…!普通のどこにでもいる女子高生なんですよ…!」
そんな眞子に言葉の意味がわからない単語は聞き流しながら、第一王子とアデライン令嬢はとりあえず話を聞くことにする。
要約すると眞子は聖女ではないと自分でも思っていて、教育係の第二王子が怖いこと、そして元の世界に帰りたいということが主な内容だった。
そして話をきいた二人は驚いた。
聖女の教育は進捗は少し遅いが、それでも順調だと聞いていたからだ。
力は弱いかもしれないが、確実に浄化の範囲は広がっていると、そう報告を受けていたのだ。
だが実際は違った。
朝から晩まで眞子は浄化を試されているが、一度も成功したことはない。
いつもいつも怒鳴られ、いつになったら浄化が出来るのだと言われているのだから、浄化が成功したことなんてないと眞子は訴えたのだ。
しかも第二王子の焦る態度を眞子から伝えられた二人には、エルフォンスの話ではなく眞子の話の方が信憑性が高く感じられた。
何故なら口だけの報告に対し、実際に浄化してみせた証拠の提出がなかったのだから。
「このままじゃ不味いな…」
「ええ。そうですわね。我々は眞子様に少なからずとも浄化の力があると伺っております。
わが国では瘴気の魔物の出現率が増えており、現在は騎士団で対応している状況ですが、このままいくと眞子様へ助力をお願いすることとなるでしょう。
そうなった時ではいくら眞子様が浄化の力がないと伝えても、他の者たちには“浄化の力がただ弱いだけで力を出し渋っている”と捉えかねません。
そうなった時多数の者から反感の声があがるでしょう…」
「そうであろうな。そしてその場合…」
二人の話に眞子は顔を青ざめさせた。
話の先が恐ろしいものだと感じていたからだ。
だが、否定して欲しいという思いから眞子は踏み込んで先を尋ねる。
「あ、あの……誤解をさせたままだと、私はどうなるの…ですか?」
誤解はどう解けばいいのか、そういうことも聞きたかったが、それでも誤解を解くことが出来なかった場合、眞子がどうなるのかを知りたかった。
二人は互いの顔を見合わせる。
そしてアルヴァルト第一王子は眉間に皺を作り、アデライン令嬢は苦し気な表情で口を開いた。
「魔物との戦いに駆り出されてしまうでしょう」
「ええええ!」
眞子は泣きそうになった。
それはもう死ぬやつじゃないかと、自分に死亡フラグが立っていることを自覚したからだ。
浄化が出来なければどうなるのかすらも眞子は教えて貰えていないが、それでもこの二人は確かにいった。
“魔物との戦い”と。
浄化を試すために捕らえられている魔物をみたことはあるが、あんな生き物にどうやったら勝負を挑む勇気がでるのか。
いや勇気がでても、勝てるわけがないだろう。
しかも普通の女子高生の私が。
眞子は泣きべそをかいた。
「まだ死にたくないのに…やりたいこといっぱいあったのに…」
世界レベルで変わった眞子がやりたいことの大半は出来なくなっただろうが、それでも眞子は元の世界に対する夢を捨てられなかった。
そんな眞子をみて、二人は罪悪感を感じる。
今迄聖女様は別世界であっても私たちを助けてくれる存在なのだと信じていた。
だから聖女様が悲しんでいるのをみると手を差し伸べたい気持ちはあったが、無条件に聖女に頼ってもいいのは当然だという気持ちも持っていたのだ。
だけどそうじゃない。
彼女も人間なのだ。
それも普通よりも力がない女の子。
眞子の世界の事はわからない。
だけど周りにいた人たちと眞子はなんら変わらないのだと言っていた。
特別でもない普通の女の子。
そんな女の子が目の前で涙を浮かべているのだ。
二人の目にも眞子は庇護すべき民と変わらない存在に映った。
「あの…、殿下…不躾な事を申しますが…」
「いいよ。いってごらん」
「聖女様に頼らないように、今から沢山の聖水を作ることは可能なのでしょうか?」
アデラインの質問に対し、アルヴァルトは首を振る。
「聖水を作ること自体は今も行っているから可能だが、聖水には期限があるんだ。
溜めることは出来ない」
「それならば、どうにか聖女様に頼らないような、そのようなやり方を見つけることは…」
「実質不可能に近い」
アルヴァルトの言葉はもっともだ。
何百年も聖女に頼ってきた今、なにか他の方法を今更考えようとしても不可能に近い。
それにそれが出来るのならばもうやっている。
今回ほどではないが、聖女を召喚するまでの間必ず召還に時間がかかっているのだ。
その期間民に影響が及ぼさないよう対策案として聖水を用いることが推奨されたのも聖女に変わる打開策。
だが聖水の供給が追い付かない為に使える者を限りなく限定しているのが現状だ。
だから結局聖女を召喚し、聖女に頼ってきた。
「彼女や今後召還をされる聖女たちのことを考えたら、打開策を講じなければならない……。
だがそのためには時間が必要だ」
「時間…ですか?」
眞子が目尻に溜まった涙を拭いながら尋ねる。
どうやら戦場に赴かなくてもいいような、そんなことを思わせるような話が聞こえてきて前向きになっている様子だ。
心なしか先ほどよりも顔色がいい。
「その通りです。今迄導き出せなかった解決策を考える為には時間が必要です。
でもその策を考えることが出来れば、眞子様へ聖女としての仕事を押し付けるようなことはなくなるでしょう」
眞子はごくりと唾を飲み込んだ。
希望の光が差し込んでいたからだ。
「私、私に出来ることがあればなんでもいってください!
私このまま死ぬのは嫌なんです!」
鬼気迫るほどの眞子の必死な思いに、二人は真剣な面持ちで受け止める。
そして三人は場所を変え、今後の事について話し合った。
ちなみに眞子はお手洗いと告げて席を外しているため、今頃戻らない眞子に第二王子は怒りで顔を赤く染めていたが、眞子が知る由もない。




