35 進級試験
早いもので、解除魔法を習ってから既に数か月が経った。
進捗は人それぞれだが、自由自在に無詠唱魔法が発動できるかといえばそうではなかったが、それでも皆が解除魔法に成功するまでになっていたため、全体的な魔力操作のコントロールはかなり上達した。
その為無詠唱の発動も魔法の数自体は少ないが出来るようになっていたし、また自身から離れた場所への魔法発動も距離を伸ばせて出来るようになったのだ。
かなりの成果である。
そして私はこの数か月間、みっちりとレルリラ式の無詠唱魔法を叩き込んだお陰で、無詠唱で発動できる魔法の数がかなり増えた。
最初はかなり苦戦した。
今までやっていたやり方が身についていたため、どう頑張っても今までのやり方から抜け出せなかったのだ。
そんな時レルリラから言われたのだ。
『サラは何が好きだ?』
『何がって?食べ物ってこと?』
なんでもいいと答えるレルリラに私は首を傾げながら考える。
『食堂のご飯はなんでも美味しいからなぁ。でも、お母さんが作ってくれたクリームシチューが一番好きかも。
食堂のやつとなにか違うんだよね』
じゃがいもやブロッコリー、ニンジンなどの色鮮やかな野菜がゴロゴロ入っているお母さんのシチューはとても濃厚なのだ。
あれは何が入ってるんだろう?牛乳はよく聞くけど、そういう感じじゃなくて、……ん~、濃厚さがなんとなくグラタンに近いかもしれない。
そんなことを考えていた私にレルリラは言った。
『じゃあそれでいい。そのクリームシチューを思い出すとき、どう想像する?』
『どうって…、普通にお母さんが皿に装ってくれた状態だよ?
お肉とか野菜とか入ったシチュー』
『それだ』
『?』
わかっていない私は首を傾げると、そのままレルリラが話を続ける。
『今サラは魔法陣を組み立てる時、順序立ててやっていると思うが、母親の好きな料理を思い出すときはそうしないだろ。
出来上がった完成形を思い浮かばせる。それと同じように、覚えた魔法陣をそのまま思い浮かべればいいんだ』
そのレルリラの言葉で、私はやっと理解した。
『あ!魔法陣を組み立てるって難しく考えないで、思い浮かべるようにやればいいのね!』
『ああ』
考えてみれば単純だった。
魔法陣を描く。
そう思い込んでいたから私は魔法陣を順序良く組み立てることを如何にスムーズにできるのかをずっとやってきていたわけだけど、そうじゃなかったんだ。
大好きなお母さんやお父さんの姿や、美味しい料理を想像するときのように思い浮かべる。
そしてそれを魔力で具現化する。
それだけでよかったことを、私はやっと理解した。
そして今まで出来なかった属性魔法の魔法陣を思い浮かべると、一瞬で私の目の前に魔法陣が現れ魔法が発動する。
『やった…、レルリラ!できたよ!
これなら私、もっといろんな魔法の無詠唱魔法できるようになるかも!』
そう喜んだ私にレルリラはコクリと頷いた。
『じゃあ次は解除魔法だな』
少しは微笑んでいたが、それでも淡々に答えるレルリラに私は目を細めた。
『……わかってるけど、もっと感動してもいいと思う』
『んな余裕ないだろ。やっと解除魔法に取り掛かれるんだからな』
『……』
そういわれてしまえば言葉もでない。
そしてそれから数か月の間、解除魔法をみっちりと行うことで、あれだけできなかったレルリラの魔法スピードでも解除できるようになった。
事前に使用する魔法を教えてもらう形で、尚且つ発動するかしないかのギリギリのラインだけど。
そうじゃないと、一瞬で魔方陣を生み出すこいつに追いつけるわけがない。
(それにやっぱり自分の属性魔法じゃないと、複雑な魔法陣の解除は難しいんだよね)
そりゃあ別の属性の魔力が込められた魔法玉があれば、自分の属性以外の魔法も使えるが、その魔法玉自体の値段が高いのだ。
平民にはすでに魔法陣が刻み込まれた用途が決まっている魔法具を購入するのが一般的であるため、魔法玉を購入する機会がなく、だからこそ余計に他属性の魔法陣に疎くなる。
(まぁ覚えるしかないけどね)
もし五年への進級試験が解除魔法だった場合、別の属性の魔法陣も覚えておかないと話にならない。
そんなわけで、私たちは一度の勉強会ではなく、複数の勉強会をこの数か月開いて魔法陣を覚えることに専念したのだった。
◇
そんな私たちの前に先生がニコニコ顔で現れる。
「おはよう!皆!今日は待ちに待った進級試験だ!」
何がそんなに楽しいのかわからないけれど、私たち生徒の反応を確かめる前に先生は私たちを移動させる。
勿論転移魔法を使ってだ。
きょろきょろと周りを見渡すと、円形の建物であることが分かったし、見覚えのある光景にぼそりと呟く。
「…ここって二年の時に使った闘技場?」
「そうだぞ」
後ろに立つ先生が私の呟きにドヤ顔で答える。
「瘴気の魔物の所為でこの場所の利用申請の承認にこぎつけるのが大変だったんだぞ」と言っていたことから、先生のドヤ顔は先生たちの練習場の争奪戦に勝ち抜いたことの自慢だったんだろう。
そんな先生は私の後ろから、生徒たちの顔が見える位置へと移動した。
「さて、進級試験の内容が気になっているだろう。今日の進級試験は、先生と皆との対戦だ!」
え、と皆が口をぱっくりと開く。
言葉が出ないとはこのことだ。
だって先生との対戦って……、ハードル高すぎじゃない?
合格基準がわかってないけど、学園内という限られた場所とは言え、苦戦している様子もなく全員を移動させることが出来る先生と対戦って…、はっきりいって無理に等しい。
そんな私たち生徒の反応を見た先生は、人差し指を立ててリズムよく動かす。
「俺だけじゃないぞ。お前ら全員と一斉に勝負っていうのもいいが、俺が疲れるからな。
そこで皆もお世話になってきた先生たちに協力してもらった」
そうして現れたのは、いつか見た礼儀作法を教えてくれた先生に、ポーション作成を教えてくれた先生、音楽を教えてくれた先生に、刺繍を教えてくれた先生たち。
先生たちは戸惑う私たちをみるとニコリと微笑んだり、手を振ったり、表情を変えずにと様々な反応を見せる。
「これからルールを説明しよう。さっきは先生との対戦といったが、先生たちが仕掛ける魔法を防いでもらいたい。
勿論先日まで学んだ解除魔法を使ってもいいし、得意の魔法を使って打ち消してもいい。方法はお前らに任せる」
そう話した先生は、先生より後ろに立っている先生方に振り向くと「お願いしますね」と告げる。
先生たちは属性ごとの色が付いた魔法玉が付いたネックレスや指輪、杖等様々なアイテムを手にして準備をし始めた。
そんな先生たちの様子を見た私たちは慌てる。
「せ、先生!何故魔法球があるのですか!?」
「そりゃあお前らの実力を試すためだろう?先生といっても万能じゃないんだ。
お前らと変わらず一属性持ちが多いんだから、魔法球を使うのは当たり前だろう?」
「僕たちは使わないのにずるいじゃないですか!」
「そうですよ!」
「何がずるいんだよ。こっちは本気を出すわけじゃないんだから。
お前らに合わせて無詠唱魔法は行わないし、それに解除魔法は属性の魔力は関係ないって言っただろう」
「うっ」
言葉に詰まる私達に、先生は満足気に笑った後指を鳴らす。
闘技場の中心部分に集まっていた_転移させられていた_私達は、二人ペアになってバラバラに散らばったようだ。
あ、違う。視界に入ったからわかったことだけど、レルリラだけ一人だ。
どうやら魔法科Aクラスの人数が奇数の為、一人余ってしまったようだ。
(ここで三人ペアにならないところが、レルリラらしいよね)
そう判断したのは先生だけど、私は当然のように一人でいて、そして慌てもしない様子のレルリラに何故か納得してしまう。
レルリラなら一人でも問題ない様な気がしたからだ。