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Ⅲ.崩壊〈Der Untergang〉3


 クラーラ姫は先刻と同様にベッドの上に座っていた。そしてベッドの反対側にはエリカがいた。


「姫さま・・・」


 そう言ったきり次の言葉が出ない。業を煮やしたヒルデがアリーの背を突き飛ばした。アリーはよろめいて、絨毯の上に膝をついた。


 顔を上げるとクラーラ姫と目が合った。自分がどんな顔をしているのか、アリーにはもうわからなかった。ただ、視界がぼんやりと滲んで行くのを自覚する。


 小型拳銃で武装した四人の少女たちがバラバラッと寝室になだれ込んだ。


 ヒルデの勝ち誇った声がアリーの背後で聞えた。


「あなたを逮捕します、クラーラ姫。そしてしばらくは投獄されるでしょう」


 アリーは顔を上げていられず、うつむいた。


「大丈夫ですわ、今までと何も変りません。皆の言うことを聞いて、三度三度用意された食事をとり、決まった時間に起きて、寝ればいいのです。ここにいた時と同じですわ。ただ、部屋が少しばかり狭くて、窓に鉄格子があるだけです」


 その言葉をどんなお気持ちで聞いていらっしゃるのか。アリーはいたたまれない思いだった。


「クーデター。そうなのですねフロイライン・ヒルデガルド」


 静かな姫の声にアリーは顔を上げた。そこには毅然とした態度でまっすぐに顔を上げているクラーラ姫の姿があった。


「ご理解が早くて助かります。さ、こちらにどうぞ。ご案内いたしますわ」


 だが、その言葉に応えたのはクラーラ姫ではなかった。アリーでもない。ベッドの反対側にいたエリカだった。しかもその応えは言葉ではなかった。


 エリカはひらりとベッドを飛び越し、ヒルデと姫の間に割って入った。同時に鞘からスラリと日本刀を抜き放つ。硬質の光がキラリと反射して、その場にいた全員の目を射た。アリーでさえその光を見て、自分が切られたのでは、と錯覚したくらいだった。


「エーリカ、どうして」


 そうつぶやいたのはクーデター側として部屋に押し入ったエヴァだった。呆然とした表情の彼女と目が合ったエリカは口の端だけでチラリと笑って見せた。


 エリカの行動に一瞬驚いたヒルデだったが、しかしすぐに自分たちの優位を思い出し、


「何のつもりなの、エーリカ」


 嘲るように、


「そんなもの、ピストルの前では役にたたないわよ。だいいち、あなた一般団員(アルゲマイネ)でしょう」

「関係ありません」


 顔を上げ、誇らしげに言い放つ。


私は薔薇の御盾ですイッヒ・ビン・ローゼンシルト。姫さまの盾となることこそ本望」


 日本刀を正眼に構える。その凛々しい姿に、アリーは目が覚める思いがした。


(あなたが信じていた薔薇の御盾団(ローゼンシルト)なんて、もうとっくの昔になくなっていたのですよ)


 先ほどのヒルデの言葉を思い出す。あの時は、その言葉に心折れ、膝を屈したのだ。けれど、


薔薇の御盾(ローゼンシルト)はここにいた。なんてことだろう。遥か東洋の島国から来たこの少女が、千年前の再現をしている。あのロザリンデさまと同じ魂を持っているんだ)


(私は間違っていなかった。薔薇の御盾(ローゼンシルト)は生きている。伝説は伝説じゃなかったんだ)


「バカな子ね。本当にバカな子」


 一時は呆気に取られていたヒルデは、けれど気を取り直して小型拳銃を構えた。


「抵抗しなければ命だけは助けてやろうと思っていたのに。悪く思わないでよ」


 あなたのせいなんだからね、と言わんばかりの態度で、


「お望み通り姫の盾となって死ねばいいわ、おバカさん」


 そしてためらいも無く引金を引いた。


 パンっ、という銃声と、きんっ、という金属音がほぼ同時に聞えた。


 見ると、正眼に構えたままの日本刀が微かに振動している。そしてその手前の絨毯から、二筋の煙がうっすらと立ち昇っていた。


「そんな、そんなバカな」


 ヒルデの喘ぐようなつぶやき。放たれた銃弾は日本刀に真っ二つにされて絨毯の上に落ちていたのだ。


 ヒルデも特別行動班アインザッツ・グルッペの少女たちも一様に呑まれたように立ち尽くしていた。


「サムライ・・・」


 誰かがつぶやき、クーデター派の少女たちは思わず後ずさった。


 その隙に、アリーはヒルデに飛び掛った。そのベルトから自分の大型拳銃を奪い返す。そのままヒルデを突き飛ばして、日本刀を構えたままのエリカの隣に立ち、両手で拳銃を構えた。


「全員、銃を捨てなさい!」


 その大声にクーデター派の少女たちはびくっと身じろぎした。


「あなたたちの25口径とはワケが違う。こちらは45口径よ。体のどこにあたっても致命傷になるわ」

「相手は二人よ。一斉射撃で制圧なさい!」


 床に尻餅をついたままのヒルデが金切り声を上げる。アリーはそれに応じた。


「やってごらん! あなたたちのヘロヘロ弾なんかエリカの日本刀が叩き落してしまうわ。さっきのを見たでしょう」


 形勢は完全に逆転していた。常識で考えればヒルデたちの方が絶対的に有利なはずだった。だが、銃弾を真っ二つにされるという信じられない現実を前に、クーデター派の少女たちは完全に冷静さを失っていた。


「ハッタリよ! そんなこと出来るわけがない。さっきのはただの偶然よ!」


 ヒルデの叫びに被せるようにアリーも大声を上げた。


「そう思うなら引金を引いてごらん! 死にたい子は誰? あなた?」


 向かって右に居る適当な一人に狙いをつける。


「それともあなたなの?」


 牽制のために左側の子に狙いを移す。そしてさらに別の子へ、そばかすで三つ編みの少女へと銃口を向けた。


「わかった、あなたね!」


 アリーの45口径に狙われたのはエヴァだった。

 

 瞬間、彼女は射撃場で聞いたアリーの言葉を思い出した。「姫様を害する輩は確実に打ち倒す」という狂信者の言葉を。そして間近で見せつけられたホローポイント弾の威力を。


 エヴァは悲鳴を上げて拳銃を取り落とした。


「いやっ、撃たないで!」


 それがきっかけとなって特別行動班アインザッツ・グルッペの少女たちは総崩れとなった。つい先ほどドレスナー医師が無惨に射殺されるところを間近に見たばかりなのだ。自分もああなるかも知れない、という恐怖が少女たちの心を捕らえていた。


 少女たちは口々に悲鳴を上げ、われ先に寝室を飛び出して行く。


 不利を悟ったヒルデも素早く立ち上がり、一緒になって逃げ出していた。部屋の外でドアを守っていた少女は突き飛ばされて床に手をついたが、ただならぬ気配を感じてか、室内を一瞥しただけで仲間たちの後を追って走っていった。 


(お飾りの少女騎士団か・・・)


 アリーはその光景を苦い思いで見ていた。マルレーネ伯爵夫人の先ほどの言葉の通りだ、と思う。所詮は女の子の騎士団ごっこだったのだ。本当の意味で騎士たらんとしていたのは自分とそして・・・。


 寝室には、クラーラ姫とエリカ、そしてアリーしか残っていなかった。


 アリーは大きく息をついて銃を降ろした。


「ありがとう、アリー、エリカ」


 クラーラ姫の言葉に、アリーは振り返り、微笑みかけた。


「いいえ。ご無事でなによりです」

「エリカもお疲れ様・・・エリカ?」


 日本刀を構えたままのエリカは、ひゅうっ、と息を吐いた。どうやら今まで息を止めていたらしい。


「大丈夫なの、エリカ」


 アリーがそう問うと、


「ええ、たぶん」


 そしてようやく刀を下げる。アリーは、


「でもびっくりしたわ。日本刀で銃弾を叩き落とすなんて。いったいどこでそんな技を学んだの? 日本人ってみんなあんなことができるの?」

「いいえ」


 と言うのがエリカの答えだった。


「ヒルデガルドの言ったとおりです。さっきのはただの偶然」

「偶然?」

「ええ。心臓を狙った彼女の射撃が正確だっただけのことです。あと、私も体がすくんで動けなかったので」


 あまりのことに絶句せざる得ないアリーだったが、のんびりしているわけには行かなかった。たとえ武装護衛官(ワッヘン)たちから逃れても、すでに国土すべてが敵地となっているのだ。アリーはクラーラ姫を見た。姫は落ち着いてエリカを呼んだ。


「エリカ、さっきのメールをアリーに見せて」

「はい」


 そう答えると、エリカはポケットから衛星携帯を取り出してアリーに見せた。ディスプレイには一連の数字が映し出されていた。


「その場所に迎えが来るの」


 とクラーラ姫は言った。


「なんとかしてそこまで行けないかしら」


 アリーは首を傾げた。数字が緯度と経度だということはすぐにわかった。だがこの位置は? 


「本当にここなんですか」

「ええそう」


 アリーは難しい顔をして、


「でもこの場所は。それにいったいどこからの迎えなのですか」

「外国の遠縁の・・・外祖母にあたる方に助けを乞うたの」

「その方は信頼できるのですか?」

「絶対よ。お優しい方ですから。私のことを実の孫のように愛してくれているの」


 衛星携帯の画面にはクラーラ姫が送った本文があった。英語だった。


『親愛なるおばあ様

 突然メールする無礼をお許し下さい。ローゼンラントのクラーラです。衛星テレビのニュースはご覧になられたでしょうか。放送された我が祖国の危機は真実です。

 このメールをお疑いでしょうか。この衛星携帯は我が腹心の友からお借りしています。わたくしがこのアドレスを知っていること自体が一つの証拠と思し召しいただきたく。

 いま一つ証拠が必要なら、二年前のお祝いの席でのわたくしの不調法についてお話しいたします。

 あの時、わたくしがこっそり父のグラスからトカイワインを一口飲んだことに気づかれたのはおばあ様だけでした。おばあ様はわたくしのことを「めっ」と無言で叱ったあと、優しく微笑まれてウィンクして下さいました。このことはおばあ様とわたくししか知らない秘密のはずです。

 今般の動乱で寄る辺ない身となりましたクラーラをどうかお救い下さい。肉親の情にすがって援助を請うあさましさに恥じ入るばかりでございます。ですが、どうか、どうか』


 このメールへの返信が先ほどの緯度と経度の数字なのだった。だがどうやってそこまで行けばよいのか。


 その時、アリーの小型無線機(ウォーキートーキー)に連絡が入った。


「《ホルニッセ》より《ローゼン(アインス)》へ。聞えるか」


 それは指揮官用の秘匿回線からのコールだった。ボタンを押して答える。


「こちら《ローゼン(アインス)》、聞えます」


 アリーは混乱していた。《ホルニッセ》はシュバルツハイム基地にいるはずだった。小型無線機(ウォーキートーキー)で通信できる距離ではないのだ。


「《ホルニッセ》へ。いったいどこにいるのです」

薔薇宮殿(ローゼンホーフ)の南1㎞。現在そちらに向け飛行中」


 というのが答えだった。


「《ローゼン(アインス)》、いいえアリー、よく聞きなさい」

「了解です《ホルニッセ》・・・ハンナ姉さま」

「いい子ね、アリー。状況はわかっているわね?」

「はい」

「先ほど共和国国防軍から命令がありました。逮捕したクラーラ姫を首都まで護送せよ、というのがその内容です」

「・・・はい」

「そしてその後で、別の連絡を受けました。薔薇の御盾団(ローゼンシルト)一般団員(アルゲマイネ)の隊長からの要請です」

「ムッター・ハイジから?」

「あなたたちを助けて欲しい、という要請です」


 一瞬の沈黙の後、コールサイン《ホルニッセ》ことハンナ・ガーランド大尉、薔薇の御盾団(ローゼンシルト)のOGは言った。


「私もかつては自らの血を薔薇に滴らせ、誓いを立てた者です。血の誓約を交わした姉妹を見捨てることは出来ないわ」


Ⅳ.王国〈クインダム〉1 に続く

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