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蘇った吉良上野介  作者: デギリ
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もう一人の復讐の鬼

一月をかけて、義央と師直は朝廷を桂昌院の昇進反対の燻っていた声を大火にさせることに成功した。


もともと薪は乾いていたのだ。

そこに大義名分と金で火をつければ瞬く間に炎は燃え盛る。


「桂昌院などと言っているが、もともとは大徳寺付近の八百屋の娘のお玉やないか。

それが美貌を活かして上手く伝手をたどって玉の輿になっただけのことや。

江戸で大きな顔をするのは構わんけど、ここ京の都で麿達よりも上に立とうとは、身の程をわきまえんおなごや。

いくら金を積まれてもこんなことを許せるかいな!」


窮乏している下級公家を中心に、そんな声が朝廷のあちこちで聞こえる。


「そんなこと言うても、武家にさかろうたら怖いやろう。

長いものには巻かれろやで」


そんなことを言って宥める幕府派の公家は夜道を何者かに襲われて大怪我をした。


更にその後に噂が流れ、彼は仲間との交際を断ち切られた。


『桂昌院の昇進に賛成する奴は幕府から金を貰うている。公家の風上にもおけん奴や』


以後、公家の間で幕府に賛成する意見は聞かれなくなる。


朝儀再興を望む上皇と今上も、もともとこの前例のない昇進に乗り気ではなかった上に、この朝廷の雰囲気では、桂昌院の昇進を承認するようなことは言えない。


松木宗子をはじめとする奥の女性は尚更であり、公家でもない庶民出の女が幕府の権力を使って無理矢理に従一位に就こうとすることには大反対である。


しかし、誰もが知る親幕派の筆頭、正親町には反対の言葉は届かなかった。


関白近衛は、正親町とその仲間に反幕府的なことを話せば、幕府の実力者の柳沢に密告され、流罪にされるとの噂をばら撒いていた。


正親町が来れば誰もが彼に合うように話を合わせる。


彼は桂昌院叙位の見込みを尋ねる柳沢吉保の手紙に、

『桂昌院様の叙位、反対する者はおりません。公家一同、幕府の貢献に感謝し、将軍様の御生母の従一位を喜んで認める雰囲気です』

と報告の文を送った。


「細工は流流、仕上げをご覧あれだな」


真田忍者が運んできた、正親町の手紙の写しを見て、義央は薄暗く笑った。


仕込みを終えると、義央は京都を立つ準備をする。もう2月も下旬に入る。

勅使がくるのが3月10日頃。

準備を整えるために、そして浅野への罠を仕掛けるためにはそろそろ帰らねばならない。


その前にその後に江戸に勅使としてやってくる二人の武家伝奏と打ち合わせをする。


「良いですか、桂昌院様の昇進の見込みを尋ねられたら、前例がないと公家がこぞって反対していると強く申してください。


その中で関白と武家伝奏は吉良と協力して懸命に働きかけを行なっており、今後も吉良を頼りとするようにとも伝えてください」


「もちろんじゃ。

今後ともそなたとは良い関係でいきたいのう」


何度も賄賂を贈った甲斐があり、彼らは義央に絶大な信頼を寄せ、その言うがままに動く。


「そしてもう一つ、江戸城の儀式の際に何か不手際が起こったら、烈火の如く怒り、席を立って京都に帰る素振りをしてください」


義央の言葉に二人は不審な顔をする。


「何が起こると言うんじゃ。

これまでに江戸城内の儀式で何か起こったことなどないやろう」


「例えば、城内での刃傷や流血事件が起こるかもしれません。

その場合、帝の代理たる勅使を迎えるのに穢れた場所を使うのかと激しく騒ぎ立てて貰えば、私があとはうまく捌きましょう」


怪訝な顔をした二人だが、義央の言うことを聞き、任せるとばかりにわかったと頷く。


(くっくっく

浅野、見てろよ。

お前の起こしたこと、幕府の大騒動につなげてやる)


以前の生涯では、勅使は事件を聞いても問題ないとしていたので、その後の儀式は順調に進んだ。

義央は今回はそれでは済まさず、それを大問題にしてやるつもりであった。


打ち合わせを終えて、明日出立という京都での最後の晩、義央は空となった多くの千両箱を眺めてため息をついた。


これからますます金がかかるのに、幕府からせしめた三万両の金が空である。


(公家どもめ。

わしを金蔓と見て取ると飢えた野犬のように貪りおって!)


ここで朝廷を味方としなければ全ての計画は水の泡。

次々とたかりに来る公家や皇族などにやむを得ず金を与えていたら、絶大な信頼と引き換えに自らの軍資金が底をついていた。


(再度幕府から奪うにしても時間がかかる。どうするか。

高家の指南料などしれているし、上杉からも多くはもらえないだろう)


うーんと唸っているところに、師直が見知らぬ男を連れてきた。


「お初にお目にかかります。

淀屋辰五郎でございます」


物柔らかな、商人風のその男を見て、義央はなぜ高名な豪商がここにいると不審な顔をする。


「お主、知らぬのか?

そう言えば淀屋の闕所は貴様の死んだ後の事か。


天下第一の豪商、淀屋は綱吉に闕所とされ、膨大な財産をみな没収された。

その恨みで妖魔の館に堕ちてきたところ、貴様の話を聞きつけ、綱吉への復讐に参加させてくれと頼んできたのよ。


貴様同様、晴明の力で生き返って今は淀屋の当主をしておる」


師直はニヤリとしながら紹介する。


「このままではあと数年で闕所とされます。

歴代当主が血と汗で築いてきた財産が何の咎もなく奪われ、綱吉の浪費の穴埋めにされるなど殺されるよりも辛いこと。


綱吉への恨みを抱いて悶死したところ、将門様達のおられる館に参り、吉良様の復讐のお話を伺いました。


金ならばいくらでも出しましょう。

商人への働きかけもいたします。

淀屋の身代を賭けますので、あの綱吉をなんとかして下さいまし」


淀屋は商人に似合わぬ熱意溢れる表情で義央に迫った。


「こやつの財産といえば数百万両とも言われるほど。

これで軍資金の心配はいらん。

さあ、いよいよ江戸での仕掛けを始めるか」


さすがに足利家の家宰として家中を切り回してきた師直は金のことをよく知っている。


「かたじけない。

その申し出を生かし、綱吉の世を覆してやろうぞ!

そなたは志を同じくする友と呼ばせてくれ」


義央は淀屋の手を握り、頭を下げた。

なまじの大名などよりも豪商の方がよほど頼りになる。


「金がないのは首がないのと同じと言う。

我の時代であれば、そこらの公家や寺社の荘園を横領すればよかったが、今や商人こそが富を持っていることをこの時代に来て学んだ。

奴らから奪いに行くかと考えたが、日本一の富豪が後ろ盾となればその必要もあるまい。


あとはこのスポンサーも満足いくように策を講じ、実行していくまでじゃ」


師直はそう言って笑うと、義央の背中をバーンと叩いた。

相変わらずの馬鹿力に、義央は背中が折れるかと思った。


江戸への途中、三河吉良に寄ると、昌幸に預けていた百名の浪人は間違えるように精悍となっていた。


「わしの命令で一万の敵軍に突っ込んでいくことさえ辞さない兵となった」


そういう昌幸に浪人達は心酔しているようだ。


(そう言えば子の幸村も寄せ集めの浪人を率いて家康の心胆を冷やすほどの活躍をしたと聞く。

親子ともよほどのカリスマと徳川への怨恨があるのであろう)


徳川の世では表でとても言えないようなことを義央は考える。


「後代の武将もやるなあ。

我の頃も信州の武士と言えば、中先代の乱で鎌倉を落とした北条時行の後ろ盾の諏訪、足利方で奮戦した小笠原がいて、勇名を馳せていたの」


珍しく師直が感心する。

この男が南北朝時代以外の武士を褒めることは珍しい。


「赤穂浪士の討ち入りまであと2年弱ある。師直が江戸で浪人を集めるので、その間にこのような兵を300は育ててくれ」


義央は頼んだ。

師直との計画では最低でもそのくらいの兵は必要だ。


「あまりこの吉良にいるのも目立ちますな。わしの生まれ故郷である信州の山中で訓練をしましょう」


昌幸は笑って引き受けた。










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