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蘇った吉良上野介  作者: デギリ
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公家達との交渉

義央は吉良家所領を出発して京都に向かった。

供は30人、例年よりも多少多いが不審に思われるほどではない。

それ以外に昌幸から借りた真田忍者を先行させて、朝廷を探るように命じている。


「まずは京都所司代に挨拶に行かねば」


その時の京都所司代は松平信庸、すでに十数年この職にあり手慣れているが、その妻が酒井忠清の娘であり、綱吉政権では冷遇されていた。

義央は京都に来るたびに彼と会っているため、その小心な人となりはよく知っている。


「信庸殿、今回はいつもと異なり大役です。

桂昌院様の従一位への昇進、上様から命にかえても必ず実現するようにときつく言われております。

ご協力願いたい」


「げっ!

それができなければ私も責任が問われると。命に代えてなどということは切腹ですか!」


ただでさえ酒井派として目をつけられている信庸は青ざめた。


「まあ、そうかもしれませんなあ。

しかし、わしの言う通りに動けば大丈夫。

信庸殿にも褒美が出ましょう」


義央は信庸を脅し、彼を意のままに動かすようにする。

京都所司代は朝廷のお目付け役。

信庸が独自に幕閣に報告をすれば義央の企みが暴かれてしまうかもしれない。

今の京都所司代が幕閣と疎遠であることは幸いであった。


京都所司代の館を出ると、師直が馬鹿にするように笑った。


「あれが今の六波羅探題か。

なんと腑抜けていることよ。

北条最後の六波羅探題は我らと戦い、帝を奉じて美濃に逃れた挙句、最後は敵に囲まれ総勢数百人、見事に腹をかっさばいたぞ。

あんな保身に汲々としているのが今の幕府高官とは笑わせる。

我一人でも攻め滅ぼせそうだな」


「そう言うな。

もう泰平の世が続いて長い。

そなたのいた南北朝の世とは違う。

人を斬ったことがある侍もほとんどおらん」


義央は宥めた。


次は公家、まずは幕府からの取り次ぎ役である武家伝奏、柳原資廉と高野保春である。


義央はまずは宿で忍者からの報告を受ける。


それは、桂昌院などという平民の出の女に従一位をという幕府の意向は知れ渡っており、一部は激しく反対しているが、高位の公家ほど幕府の脅しと賄賂によりやむを得ないという考えであり、あと一歩の押しではないかとのことであった。


「予想通りだな。

そこを覆して、朝廷は揃って大反対であると言えるようにしなければならん。


長年武家伝奏を務めていた正親町公通が昨年罷免されて良かった。

あやつの妹は柳沢の側室のため、あいつがいると情報操作が面倒であったわ。


しかし、罷免後も奴は柳沢の意を受けて桂昌院の叙任の為にあちこちへ働きかけているようだ。わしだけがパイプ役となるためにはそれを止めねばならん」


「殺すか」

師直はすぐにそう言った。


「それは最後の手段。

まずは失脚を狙うか」


柳原と高野に挨拶に向かった義央を、彼らは作り笑顔で迎えた。

吉良義央といえば、長年幕府の交渉役として硬軟織り交ぜて朝廷を押さえつけていた男。

彼の機嫌を損なえば、幕府からの干渉で失脚する恐れもある。

内心は嫌いつつも武家伝奏としてはこの男の機嫌を取らざるを得ないとの判断である。


「これまでの朝廷へのご無礼、何卒お赦しあれ!」


二人にとって驚いたことに吉良上野介はいきなりガバっと平伏して詫びを言う。


「上野介、どうしたのじゃ!」


「昨年、命にかかわる大事故に遭いましてな。

そのもがき苦しむ時に、夢の中で中興の祖である吉良貞義様が、貴様に朝廷にへの報恩の思いがないが故にこのような目に遭うのだと厳しい顔で叱責されました。


確かにこれまで私は幕府の走狗となり、朝廷を幕府の言うがままに御することを奔走してきました。

しかし、心を入れ替え、今後は朝廷の御為に働きまする」


義央は真摯な顔でそう誓った。


(この幕府の犬がホンマかいな)

と二人の武家伝奏は思う。


幕府の指示を伝える武家伝奏とはいえ、公家である以上は幕府への反感、朝廷の再興ヘの思いはあるが、吉良の気持ちが本当なのか、それとも本音をあぶり出す罠なのか、この老獪な男の本音はわかりにくい。


その心境が顔に出ていたのか、吉良はニコリと笑い、

「これは幕府から分捕ってきたもの、私の気持ちです。お受け取りあれ」

と言って、何かが入れられた箱を進めてきた。


「これは!」


その中には千両ずつ入っていた。

これまでの賂とは桁が一つ違う。


「お二人に申し上げたい。

今将軍が生母桂昌院に従一位を叙任させるために躍起になっていることはよくご存知でしょう。


八百屋の娘がこのような最高位を得ることに公家の皆さんが面白く思っていないこと、それとともに、幕府を恐れ、やむを得ないという気持ちもあることを承知しています。


最後には認めざるを得ないでしょうが、それまでにできるだけ幕府から毟り取り、朝廷に富をもたらしたいというのが私の考えです。


御賛同いただけなければ、遠慮なく京都所司代に訴えください」


ここが勝負どころだと思った義央は熱弁を振るった。


「おお!

そのような勤皇の心がアンタにできたとは吉良さんのご先祖に感謝せなあかんな。

そもそも今の帝の祖先は足利が皇位に就けたんや。

足利一門のアンタがその後押しをするのは当たり前やな」


柳原がそう言うと、高野があとに続く。


「さて、こんな大金を渡すんや。

勿論、してほしいことがあるんやろ。

言うてみい」


「はい、幕府には、朝廷では桂昌院様に従一位を叙任することに反対の声が大きい、承認を得られるかは不明であり、よほどの努力が必要だと言い込んでいます。

お二人には話を合わせてほしいのです」


義央の話に二人は頷き、話し始める。


「まあ、実際、特に下級公家を中心に反対の声は大きいで。

ただ、関白の近衛基煕さんは、幕府の言う通りにせな、しゃあないやろと言うとられる」


「それと正親町が邪魔やな。

あの男、今上の不興を被って武家伝奏を罷免されたけど、妹を柳沢に嫁がせてるからな。柳沢の意を受けて、あちこちに金をばらまいて叙位の工作しとる。我らにとって問題や」


(やはり金の威力は大きい。

もはやすっかり仲間のように我らなどと言っているわ)

義央は内心嘲笑した。


「関白様には私の方からお話いたします。

正親町様については幕府からの信頼を失わせる為に、策を講じたいと思っています。ご協力噂をお願いします」


義央が話す策に二人はニヤリとする。

昇進ポストが限られる公家にとってライバルを蹴落とすほど楽しいことはない。


「仲間を陥れるなど心苦しいが、帝のためじゃ。

涙を呑んでその提案を引き受けよう」


心にもないことを言い、二人の武家伝奏はホクホクしながら義央を送り出した。


「公家はいつの世も変わらんな。

保身ができれば金と官位、そしてライバルの蹴落としよ。

で、次は関白か」


師直の言葉に義央は頷いた。


「近衛関白はしたたかだが、勘定はできる男。

利と理を説けばわかるだろう」


近衛邸には事前に使いを出してある。

屋敷に行くと直ちに奥に通された。


「用件はわかっておる。桂昌院のことやな。

八百屋の娘に従一位か。ほんまに前例も何もない滅茶滅茶なことやで。


上皇様を筆頭に反対が多いけど、麿がなんとか抑えるから心配いらんと幕府には言うておいて」


(要は自分の手柄を伝えろと言っているのか)

義央はそれに直接答えずに、大きめの箱を出す。


「これはなんじゃ」

「関白様に手土産です。三千両ございます」


公家筆頭の近衛家でも内実は苦しい。喉から手が出るほどこの金は欲しい。

しかし、近衛基煕はすぐにそれに手をつけずに義央を睨みつけた。


「上野介、何を企んでいる?」


義央は武家伝奏に話したのと同じことを繰り返したが、さすがに魑魅魍魎のたむろする朝廷の最高位に座る近衛はそれを信じなかった。


「ふん、それは殊勝な申し出じゃな。

しかし、貴様のような古狸がそれだけでは動くまい。

本音を言え」


そう言われた義央は恐れ入ったかのように平伏する。


「さすがは関白様。

夢の中でのご先祖のご意向と言うのは嘘ではありませぬが、それだけではありません。

この上野介、何十年と徳川家と幕府のために身を粉にして朝廷と幕府の間を取り繋ぐべく働いてきたと自負しております。


しかし、それによって一石たりとも加増をいただいたことはありません。

官位こそ国持大名並ですが、知行はわずかに4千石。いくつもの守護を歴任していた先祖からすれば嗤うほどの小身。


それに対して柳沢なる者は将軍の機嫌を取るだけで、わずかな間に大大名となっております。


ならば残り少ないこの身、知恵を尽くして朝廷と我が家にできる限りの富をもたらそうと心に決めた、これが我が本心です」


義央の述懐に、近衛はなるほどと満足げに笑った。


「そうじゃろう。

貴様も我ら公家と同じように官位こそ高いけれど、その財布は乏しいわけじゃ。


よかろう、貴様の策に乗ってやろう。

麿も親幕派と言われているが、幕府が好きなわけではない。

長いものには巻かれるしかない、そこで利益を得たいだけじゃ。


幕府に一泡吹かせて、金をもたらすのであれば、喜んで貴様に乗ってやる」


そして義央の差し出した箱の中身を確認し、それを手元に引き寄せたのちに、ニヤリとして囁いた。


「言うまでもないが、幕府を謀っていることがバレた場合、麿はお前に騙されただけじゃ。

そのことはよく承知しておけ」


「ははっ!」


義央は、これだから公家は信用ならんと思いながら頭を下げる。


ともかくも近衛はこちらが良い絵を描いている限り、裏切りはすまい。


あとは反幕派の霊元上皇、父と反目する今上天皇、その生母の松木宗子を上手く動かせば良い。

皇族が賛同していないとなれば、綱吉も頭を抱えるだろう。


親幕派、反幕派と言えど、どちらも幕府に反感を持つことには変わりなく、おまけに今回は横紙破りで庶民の娘を朝廷の最高位に就けようとするのだ。


どの皇族、公家とも本心では馬鹿げていると思っている。

そこに、リスクは吉良が取るという保身と金が加われば反対する者はいない。


義央は、上皇達へ三千両ずつの贈り物を用意しつつ、

(綱吉も柳沢も桂昌院の為の賄賂が、その反対を煽るために使われているとは思いもよるまい)

と腹の中で嘲笑う。


その夜、義央は宿に戻ってきた師直に成果を披露した。


「なるほど、朝廷のキーマンは抑えたか。

我の方も上首尾よ。


中下位層の公家に小銭を握らせつつ、八百屋の娘に従一位などこの国始まって以来の暴挙、これを許せば朝廷の権威は地に落ちると煽れば、皆、大賛同して盛り上がっていたぞ。


岩倉乗倶という男がリーダーとなって関白に訴えるそうだ。


それと、正親町一派が幕府の走狗となってその工作に奔走していることも告げたら、激怒していた。

これは面白くなりそうだ」


二人は今後のことも話し合う。

まだまだ火をつけていきたいが、勅使が江戸に来る前までに帰らねばならない。


京都に滞在できる一ヶ月の間に、桂昌院の従一位などもっての外という雰囲気を作り、綱吉や柳沢の焦りを募らせねばならない。


「邪魔な正親町には楽観的な情報を流し、こちらは厳しいという報告をする。

そして江戸に来た勅使からは、とても難しいと言わせれば正親町の信用は失墜。

奴は朝廷でも庇う者はおらず、失脚だ。


そろそろ江戸に戻ったのちに浅野にどう対応するかも考えねばならん」


二人の企みは深夜まで続いた。


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