元禄の擾乱(元禄16〜17年)
赤穂浪人の出動を確認した師直は、まずはジャブを繰り出す。上杉家と浅野家に使者を出した。
「安芸浅野家の家臣である。
浅野内匠頭の遺臣が主君の仇を討つために吉良屋敷へ討ち入ろうとしていると聞いている。
これは義の行動であり、くれぐれも藩主の親などというつまらぬ私の気持ちで邪魔立てするべからず。
念の為にここで見張らせてもらう」
上杉家の屋敷前で大声で喚く声を聞き、家老の色部は眉を顰めた。
色部としては赤穂浪人の討ち入りがあり、藩主から出兵を命じられても黙ってやり過ごすつもりだったのが、こんな大声で喚かれては藩主や上杉家の武名を気にする守旧派が黙っていない。
おまけに浅野家に言われて出兵しないなどと噂されれば名門上杉家の沽券に関わる。
すでに一部の藩士は騒ぎ始めていた。
「浅野など太閤の腰巾着で成り上がった挙句に、豊臣家を裏切った家。
そんな家に馬鹿にされて謙信様以来の武名を誇る上杉家が黙っているのか!
直ちに兵を出し、赤穂浪人を殲滅すべし!」
事態は色部の思いと正反対になりつつあった。
同じ頃、浅野家屋敷にも上杉家の家中を名乗る男が立っていた。
「我が上杉家は主君の父の危機を救うため、赤穂浪人という不逞の輩を殲滅しに向かう。
貴家にそんな度胸はないこととはが思うが、浅野家が浪人どもに加勢するのであれば、我が上杉に鎧袖一触となることは明白。
余計なことはせずに事が済むまで屋敷で引き篭もっておられよ」
明らかな挑発である。
「何を抜かす!」
怒ってかかってきた安芸藩士を叩きのめし、その男は更に大声で見物人に叫んだ。
「浅野家など太閤の腰巾着の成り上がり。おまけに主君の豊臣家を裏切った身で忠義などちゃんちゃらおかしいわ。
謙信公以来の義で動いてきた上杉家と並ぶはずもない。
せいぜいおべんちゃらで勝ち取った安芸一国を大事にしていろ!」
大勢の前でここまで侮辱されては大名として立っていられない。
激怒した浅野家藩主の判断で、兵を仕立てて、吉良邸に出すこととなった。
「赤穂浪人、吉良邸を襲撃!」
深夜、柳沢の屋敷に吉良屋敷の監視に当たっていた伊賀者が飛び込んできた。
「ついにやったか。
この深夜に熟睡しているところを襲われれば吉良に勝ち目はあるまい。
上野介め、ついに殺されたか。
ならば赤穂浪人を義士と持ち上げつつ、憂いを断つために全員切腹だな。
同時に吉良家はお家断絶、江戸を騒がせた赤穂浪人の背後にいたとして、綱豊公や水戸、尾張を処罰し、幕府の権威を回復して、紀州綱教公を後継として確立する。
そうすれば後継に力を振るった私の権力は揺るぐまい」
柳沢はそう計算したが、次の知らせに驚愕することとなる。
「赤穂浪人は全滅したというのは本当か!
しかも吉良屋敷の周辺で上杉と浅野が睨み合っているというのはどういうことだ!」
吉良屋敷での討ち入り騒ぎは長い一日のきっかけに過ぎなかったことを柳沢はすぐに思い知る。
吉良邸の騒動が知れ始め、空も明るくなり始めたころ、大野の顔をした高師泰は、小舟に分乗された赤穂浪人400人を率いて、江戸城に向かっていた。
陸路は厳重な警備態勢だったが、小船に分散してできるだけ近くまで行くと、あとは番兵を薙ぎ倒して一気に城に迫る。
「脆いのう。
将軍の護衛兵とは思えんな。
三河武士というのは精強ではなかったのか?」
江戸城を守るべき旗本御家人が算を乱して逃げ出していくのを見て、高師泰はぼやいた。
付き従う赤穂浪人は無言である。
吉野で徹底した洗脳を行い、指揮官の命令に絶対服従の兵に仕立てたのだ。
「さあ行くか。
この油断ぶりでは中に入るのも容易そうだ」
通称御不浄門と言われ、様々な通用門となっている平川門に近づくと、用意の狼煙を上げる。
それを見た城内に入っていた忍びの者は大きな箱を開いた。
ウゥー、ワンワン
十匹ほどの飢えた犬が放される。
犬の殺傷は御法度である。
早朝の三の丸は大騒ぎとなった。
その隙に門を開けさせ、高師泰以下の赤穂浪人は中に突入する。
「何者だ!」
誰何する武士を次々と斬り殺し進んでいくと、大手門を守護する大名家家臣と江戸城の番をしている与力,同心が飛び出してきている。
彼らは暴れ回る犬の始末に手を焼いているようであったが、赤穂浪人達は人も犬も気にせずに斬殺を繰り広げる。
「我らは浅野内匠頭の遺臣なり!
片手落ちの裁定で主君を斬首とした将軍の首をいただきに来た!」
最初は迷い込んできた犬が騒いでいると思っていた者も、この叫び声を聞いて侵入者を認識し、半鐘を鳴らした。
「敵襲だ!
赤穂浪人が侵入しているぞ!」
江戸城への敵襲など夢にも思っていなかった当番の大番衆達は逃げ腰になるが、さすがに将軍を置いて逃げるわけにもいかない。
「敵は三の丸を占拠した。
本丸を死守しろ!」
江戸城には二千の武士が詰めている。
本丸を守り、近くの大名屋敷からの援軍を得て、賊を討伐するとの方針を当直の老中は綱吉に説明した。
「赤穂浪人どもはなぜ三の丸まで入ったのじゃ。奴らは本当に赤穂浪人なのか?
水戸や綱豊の反乱ではないのか。
援軍は来るのか!」
綱吉が鋭く質問すると、老中は答えられない。
「予の避難の準備をしておけ。
柳沢の所領か、紀州まで逃げるかもしれない」
綱豊派の勢力がどこまで浸透しているのかはっきりしない。
もはや昼も近い時刻。江戸城での干戈の音が聞こえているはずだが、どの藩からも援軍は来ない。
「かかれ!
城の兵は腰抜けばかり。
この門を抜ければ綱吉の首が取れるぞ!」
三の丸から本丸を攻めてくる赤穂浪人の声がここまで聞こえてくる。
綱吉は裏側から早急に逃避することとする。
「吉良の旗が見えます。
上野介が援軍に参りました!」
そんな時に足利一門の二つ引きの旗が高々と上がる。
「江戸城が攻められているが、綱豊公や水戸藩が攻めたのか」
「赤穂浪人が吉良を討ち、そのまま片手落ちの沙汰をした幕府を攻めているとの噂もある」
「幕府から兵を出せという指示もない。
ここは様子見すべきだ」
噂が駆け回り、一部を除き各大名は日和見を決め込む。
紀州藩や柳沢家など綱吉派を鮮明にしている家も急なことで兵を出すのに手間取っていた。
同時に、その時江戸の町には何十万の犬が侵入し、その対処で大童となっていた。
これは真田忍者が中野のお犬小屋を破壊し、犬を江戸市中まで誘導してきたのである。
丸一日、餌を抜かれた犬達は獰猛であり、人間を恐れることなく大名屋敷や商家、あちこちの家に入り込む。
犬を傷つければ処罰される、それを考えると手荒に追い払うことも躊躇われる。
早朝の吉良屋敷での騒動を聞き、赤穂浪人が吉良を討ちとったという噂話に花を咲かせていた江戸っ子は犬に追われ,噛みつかれ、それどころではなくなった。
江戸城では、攻守ところをかえ、三の丸に籠る赤穂浪人は吉良軍に攻め立てられていた。
高師直が率いる吉良の私兵団は淀屋の金で新鋭の装備をし、烈火のごとく赤穂浪人を攻める。
高兄弟は当初共同で江戸城を攻めることを考えていたが、調べてみると、惰弱な直参など奇襲を掛ければひとたまりもなく踏み潰せると結論づけた。
「ここで徳川を潰すのも面白いが、歴史の修正力はそれを許すまい。
ひょっとすると突如雷や地震で義央や我らが急死することになるかもしれん。
それぐらいならば、綱吉の肝をとことんまで冷やし、また江戸城を使って遊ぶとするか」
そして出した結論は、師直と高師泰の兄弟で攻防戦をしようということ。
「兄者とはどちらが強いか一度殺りあって見たかったのだ」
高師泰はそう言って笑いながら、兵を指揮する。
「師泰め、やるな、こちらが押されておる。
あの死を恐れぬ攻撃、よほど兵を鍛え上げたようだ」
師直は感心しながら防備を厚くした。
一刻の後、吉良の兵を見て、慌てて紀州などの兵が駆けつける。
「ちっ、兄弟喧嘩に横から手助けとは無粋な。
しかし、ここまでか。
久しぶりの戦、楽しんだぞ」
三の丸に立て籠もり、とことん抵抗した高師泰が見渡すと、付き従う赤穂浪人は皆死に絶えていた。
師泰は三の丸に火をかけ、そこで自害した風に見せかけて、忍者に手引きされて師直の陣にたどり着いた。
その頃、綱吉は戦火を避けて、柳沢の屋敷を目指し,籠の中で避難していた。
「綱吉覚悟!」
二,三十人の護衛に対して、鉄砲が鳴り響く。
籠を3発の銃弾が貫通し、混乱する一行を襲撃した敵は、更に籠を槍で刺した。
カチン!
「跳ね返された?」
「上様!」
護衛が必死になって戦い、敵を追って、籠を見ると綱吉は無事であった。
子供と見まごう矮躯に何重にも鎧を被せていたのが幸いし、銃弾や槍は外れたり、弾いていた。
「やはり師直の言う通り、歴史はここで綱吉が討たれることをよしとしなかったか。
家康のひ孫の首を手土産にしたかったが、残念だ」
陰で見ていた真田昌幸は無念の形相で消えていく。
彼のここでの仕事は終わったのだ。
赤穂浪人が全滅した後、綱吉は江戸城に戻る。
三の丸は廃墟と化していた。
綱吉は激怒し、この襲撃の背後にある綱豊や水戸を討て!と命令を下した。
綱豊と水戸藩主は上野に籠り、味方を募った。
上野であれば堅固な寺があり,水戸への連絡も取りやすい。
「犬公方を倒せ!
奴の飼っていた何十万の犬のせいで、どれだけの人が死んだことか。
己の母親の叙位のために何十万両を浪費するような、悪政を引く将軍は変わらねばならん」
江戸城の綱吉と上野の綱豊、どちらにつくのか大名は真っ二つに割れる。
本来であれば現将軍に味方するのが自然だが、江戸城まで攻め込まれたことを考えると綱豊には相当な勢力があると見込まれること、江戸で犬が暴れ回ったことの印象の悪さは綱吉に付こうとする大名を減らした
譜代中の譜代、徳川四天王でも酒井と本多は綱豊、井伊と榊原は綱吉についた。
吉良屋敷郊外で小競り合いを行った上杉家と浅野家はそれぞれ綱吉と綱豊に馳せ参じる。
各大名はどちらが優勢かを考えた上で、綱吉政権での処遇、ライバルとなる大名の動向などを見て判断するが、そこに陰で蠢く男がいた。
大名は戦の資金を求めて淀屋辰五郎に殺到したが、そこで淀屋は両陣営の勢力を都合よく情報操作し、バランスが取れるように調整した。
金を握る者は強い。
各大名は淀屋の言うがままの陣営につく。
続々と江戸城と上野に集まる軍勢を見て、世の人は綱豊軍を東軍、綱吉軍を西軍と呼んだ。




