吉良屋敷への討ち入り(元禄15年12月14日)
赤穂浪人は11月終わり頃、大坂に向かわされ、船で江戸に向かうと告げられた。
江戸では、赤穂浪人に対して吉良上野介への仇討ちと将軍綱吉への武装諫言が非常に期待されていることを聞き、彼らは大いに盛り上がっていた。
「いよいよか。
あの訓練は辛かったな。
ようやく吉良のジジイの首を取り、天下に名を挙げられるかと思うと腕が鳴るぜ」
「全くだ。
無防備な屋敷を襲うならばそんなに訓練は不要と思うが、金を貰っているので文句は言えないな。
吉良の首は俺がもらった」
堀部安兵衛と武林唯七が船の上で話していた。
大石率いる吉良襲撃組はひたすらに室内の狭い場所での短刀での武闘訓練をやらされていたのだ。
一方、大野次席家老に率いられた400人ほどの集団は、無言で無表情で座っている。
彼らは人が変わったかのように何を言われても無言を貫き、船室で座っていた。
大石組が話しかけても答えることもない。
「奴ら、気味が悪いですな。
何を聞いても答えず、人相まで変わりましたぞ」
副長格の吉田忠左衛門が大石に話しかける。
「我らは無防備の吉良屋敷を襲うだけだが、彼らは下手をすれば幕府軍を相手に戦うのだ。
よほどの訓練をしたのであろう」
大石はそう答えるが、その変わりようには彼も不審に思っていた。
大石は腰を上げて、彼らの指揮官の大野次席家老を訪ね、その変貌について尋ねる。
大野はニヤリとして、
「人間をとことんまで追い詰め、使命を与えると変わるものなのです。
まあ、大石殿には関係ないこと。
互いに与えられた仕事を果たしましょう」
と言うだけであった。
12月初旬に江戸に着くと、どこかの船宿らしき場所で待機させられる。
そこには淀屋と書いてあり、衣食住に不自由のない生活を提供される。
いつ討ち入りかとやきもきする一同に、大野から書状が来る。
『決行は12月14日深夜、その日は茶会があり、吉良は屋敷にいる。
主君の仇である吉良上野介の首を取り、後世に名を残されよ』
それを読んだ面々の士気は上がった。
「島原の乱からずっと戦もない。太平の時代に見事に討ち入りを遂げれば、歴史に書かれるかもしれないぞ」
「赤穂義士とか呼ばれて、本に書かれたり歌舞伎になったりするかもな」
彼らは、はっはっはと明るく笑い、前祝いだと酒を飲む。
その当日は雪であった。
動きやすい火消し衣装が用意され、大野からの使いという見知らぬ男が吉良屋敷まで道案内をするという。
江戸市内は厳戒態勢にあり、浪人と見ればすぐに捕まえられるという有様であり、50人の浪人がまとまって歩くのは不可能だ。
計画では数名ずつ町人や職人に変装し、吉良屋敷前の天野屋利兵衛という商人の店に集合し、そこで着替えて出陣することとなっている。
天野屋は赤穂浪人の志に感動し、役に立ちたいと協力を申し出てきたと言う。
「茶人の山田宗偏先生から茶会が夜にあり、上野介はそのまま屋敷に泊まっていると知らせがありました。
大野家老の言っていることは本当です」
一行の一人、大高源吾が茶を習っていた山田に確認し、彼からの手紙を見せる。
山田は吉良上野介の茶の仲間であり、彼の茶会に呼ばれている。
これで吉良がいるのは確実と一同は安堵した。
天野屋で集結し、着替えた後、深夜になってから出かける前に点呼をとると、3名が欠けている。
「あやつら、臆病風に吹かれたか」
「これで功名は我ら四十七人のものよ」
3名が居なくなっても気にする者はいなかった。
天野屋を出発してすぐに吉良邸に着く。
大石は表門から、吉田は裏門から同時に打ち入る。
「浅野内匠頭の遺臣である。
主君の仇、吉良上野介の首を貰いにきた!」
塀を乗り越え、門を開けて中に雪崩れ込むが、しんとして物音ひとつしない。
(まさかまだ寝ている訳でもなかろう、不気味な)
大石は思うが、もはや後戻りはできない。
「屋敷に踏み込め!」
ぎゃー!
一番乗りとばかりに勢い込んで屋敷の中に踏み込もうとした若者の姿が消える。
よく見ると、屋敷に入る手前には深い落とし穴があった。
底には刀が上向きで置かれており、先陣を切ると意気込んだ何人もの若者がそこで息絶えていた。
迂回して中に入ると、屋敷の床には鋭いマキビシが撒かれ、横からは仕掛けられた毒矢が飛んでくる。
それを避けて中に入ると足元に鋭い針のついた針金が張られ、足を傷つける。
「小細工をしおって!
皆、吉良を探せ!
どこかに隠れているのであろう!」
あちこちで赤穂浪人が傷を負って呻く中、大石はそう叫ぶ。
今だに吉良の家人は誰一人として見ない。
バーン、バーン
そこに外から何十もの種子島を撃つ音がした。
屋敷の外で見張っていた者たちが倒れている。
(嵌められたか)
どうやら抜け道があったのか、吉良は逃げ出しているようだ。
こちらの襲撃を知って待ち伏せされていたらしい。
屋敷から外を見ると、どさっと何かが落ちてきた音がする。
「山田先生!
天野屋!」
彼らの死体を見た大高源吾が叫んだ。
それに応えるかのように屋敷の塀に何者かが立つ姿が見えた。
「山田はお前の師か、卑劣な弟子に裏切り者の師匠とは似合っておる。
さて、赤穂浪人の諸君、はじめましてと言うべきか。
君らの主君の浅野内匠頭には散々に会って、迷惑をかけられていたのだが。
それにしても、一方的に斬りつけられた被害者を逆恨みして襲ってくるとは、主君が狂人ならば家臣も狂っているということだろうな。
そもそも内匠頭を斬首にしたのは幕府だぞ。
なぜ私が主君の仇になるのだ?
将軍は討てないが、わしなら討ち取りやすいと思って狙ったか。
そもそもは、内匠頭があのような愚行に走らぬよう、お前たちが主君をちゃんと教育していればよかったのだ。
どの大名も我慢してやっていることだ。
時と場所をわきまえぬ子供じみた所業、死罪も自業自得であろう。
どう見ても、私を仇と言い募るのは理屈にあっていまい」
塀の上に立っていたのは吉良上野介。
義央は前世で殺された時から言いたかったことを長広舌で話した。
「うるさい!黙れ!
お前が賄賂を送らなかった殿をいじめたから、こんなことになったのだ!」
堀部安兵衛が刀を抜いて、その塀に走ってくるが、義央の周りを固める鉄砲隊に射殺された。
「馬鹿が。
お前たちのようなクズと対等に戦う必要はない。
畑を荒らす害獣同様に始末してやる。
さあ、我が屋敷に討ち入りをかけた者を手厚くもてなしてやろう。
全員、死骸となって出るまで許さんぞ」
義央の振られた手に合わせて、防備の責任者、真田昌幸の指示により鉄砲隊が発射する。
「卑怯者、正々堂々と刀で勝負しろ!」
次々と同志が斃れる中、若い大石主税が叫んだ。
「一人の老人を殺すために完全武装の四十七人が深夜にコソ泥のように屋敷に忍び入ってくるのは卑怯ではないのか?
お前たちは完全武装して、寝ぼけ眼で寝巻き姿の我々と戦うつもりだったのだろう。
それこそ卑怯ではないのか」
義央に言い返され、黙り込んだ大石主税は次の射撃で撃たれて死んだ。
「主税!」
大石は愛息子の死を目の前で見て、叫ぶ。
「お前でも身内の死は悲しいのか。
わしの孫はお前たちのせいで若死にした。
お前もよく味わうがいい」
義央はその姿を嘲笑った。
鉄砲隊は周囲の屋敷から見物している者にも容赦なく玉を放つ。
「やめろ!隣に住む土屋だ。
我らは関係ない」
梯子に登って見物していた、隣に住む旗本の土屋が叫ぶ。
「おいおい、暗殺しにきた野盗まがいの襲撃を楽しげに見物している隣の住人など、敵に通じているとしか思えないだろう。
撃たれるのが嫌ならば、せめて屋敷の中に避難するものではないか」
昌幸はそう言いつつ、土屋に鉄砲を打ち掛け、射殺した。
義央は自分の死を笑い者にした者を許すつもりはない。
大石の指揮で、赤穂浪人の残る者は鉄砲の届かない屋敷内に立て篭もった。
「火をかけろ!」
昌幸は容赦なく命令を下した。
戦国の世ならいざ知らず、太平の世では火付けは大罪。
まさかそこまですると思わなかった赤穂浪人は慌てて逃げてきたところを次々と狙い撃たれた。
「大石と武林は殺すな」
義央の指示により、その二人は手足を撃ち抜かれる。
赤穂浪人のほとんどは撃ち抜かれ、弱ったところを昌幸の槍と刀の部隊が進み、息がある赤穂浪人を仕留めていく。
残った大石と武林が縄にかけられたところで、義央は対面した。
「仇が討てなくて残念だったな。
あの世で、馬鹿で短気な主君に文句を言うといい。
後世、貴様らは逆恨みをした挙句に、返り討ちにされた愚か者として知られるだろう」
義央が憎しみを込めた目で二人を見るのを、大石は不思議に思った。
(初めて会う我らをなぜこんなにも憎しみを持って睨むのだ?)
「今晩の討ち入りは知っていたのか?」
「お前たちは我が掌で踊っていたのだ。
お前をリーダーとして、破滅までの道を辿らせるのは楽しかったぞ」
義央の回答を聞き、大石は自分のせいで我が子を含む四十六人が無惨に死んだことに愕然とした。
(さて、こいつらをどう殺すか)
前世では、炭焼き小屋で見つけられ、よってたかってなぶり殺しにされたのだ。
このくらいはしてもいいだろう。
義央は二人を引き出し、手足を一本ずつ切って苦しませ、その後に鋸で首を引いて、ようやく殺した。
その頃には江戸城の方は激しい戦いの音が聞こえてきていた。
(師直、こちらはうまく進んだぞ。
貴様の方はどんな具合だ?)
義央は赤穂浪人への復讐を果たし、盟友の戦いに思いを馳せた。




