江戸幕府の内紛(元禄15年春〜夏)
綱吉が吉良所領に入る前の頃。
「どうなっている!
上様はどこにおられるのだ?」
江戸城内では老中や若年寄などの執政が大騒ぎしていた。
京都から奈良に入り、そこから伊勢に抜けて江戸に戻ってくるとの連絡を受けていたが、途中の伊賀で消息を絶ったのだ。
随行した一万もの軍は命からがら大坂に逃げ帰ってきたとの知らせが来たが、その中に綱吉の姿はないと言う。
彼らは異口同音に言う。
「浅野内匠頭の遺臣が大軍で襲ってきた」
「主の仇である吉良を殺し、将軍を懲らしめると言っていた」
「あの数は赤穂浪人だけではない。その背後には尾張藩と津藩がいるらしい」
「上様は早くに避難されたと聞いたが、姿が見えない」
これまで政治を握っていた綱吉と柳沢がいなくなり、幕府は機能を停止した。
そこに副将軍を自負する水戸藩主綱條が乗り込み、おろおろする老中達を怒鳴りつけた。
「上様が生死不明という重大事に何を寝ぼけているのだ!
世継ぎは定まっておらんが、後継がいなければ世は混乱する。
最も近い血筋である綱豊公を江戸城に入れ、動揺を静めよ」
その言葉に従い、綱豊が江戸城に入るとあらたな流言が飛ぶ。
「将軍綱吉は主君を斬首された恨みを抱く赤穂浪人に襲われ死んだ」
「赤穂浪人の背後には、綱豊、水戸、尾張や冷遇されていた大名がいる」
「これまで寵愛を受けていた者は飛ばされ、人事は一新し、生類憐れみの令は廃止されるぞ」
幕臣や諸大名はすでに綱吉は死んだものとして動き始め、討たれた綱吉の復讐戦として赤穂浪人への討伐軍の派遣も議論されていた。
民衆も綱吉時代は終わったという雰囲気で、やっと鳥や魚を食べられると喜んでいた。
その時に綱吉は江戸に戻ってきたのである。
江戸城に勝手に綱豊を入れて、後継に擬するという噂を聞いて激怒し、直ちに城に向かおうとする綱吉を柳沢は抑えた。
どのような陰謀があるのか定かでないため、綱吉の身の安全も危ぶまれたためだ。
柳沢の屋敷も見張られているかもしれない。
そのため、吉良の伝手で淀屋の江戸支店の離れを借り、そこに落ち着く。
しかし、時間が経つほどに綱吉死去の状況が固まっていく。
焦りを募らせる綱吉に義央は自分が代理として幕閣に話に行くと語りかけた。
「口塞ぎに殺されるかも知れんぞ!」
綱吉はすっかり諸大名の陰謀を信じ込み、義央の身を案じた。
「上様の為なら、この身が斬られても本望です」
歯が浮くような言葉を並べたて、義央は気軽に出かけた。
城内に入ろうとすると、門番に誰何されると、
「吉良上野介じゃ!」
と名乗る。
綱吉とともに赤穂浪人の仇として討たれたはずの吉良が戻ってきた!
それが城内に伝わると大騒ぎとなった。
慌ててやって来た老中に対し、義央はここでの振る舞いが後ほど綱吉に伝わることを計算して居丈高に振舞った。
「わしは上様の名代ぞ。
貴殿らの主君が死んだかのような振る舞い、上様はいたく腹を立てておられる。
上様をお迎えするのか、それとも弑するつもりか!」
その一喝で老中達は崩れ落ちる。
綱豊にも会い、上様は無事ですと伝えると、彼や後ろの新井白石は複雑そうな顔であった。
(そんなに顔色に出ては為政者としては失格ですな)
そんなことを考えながら義央は、城に詰める番衆達を動員し、急いで供の用意をさせて、綱吉を迎えに行った。
無事に江戸城に戻り、正月を迎えることができた綱吉だが、暗殺の疑いで疑心暗鬼となっていた。
年始の挨拶に来る大名を猜疑の目で見るため、殿中はすっかり雰囲気が悪くなった。
とりわけ自分がいなかった時に次の将軍のように振舞った綱豊や後見の水戸藩主、怪しい動きをしていたと思い込んでいる尾張藩主には冷たく当たった。
「柳沢、すぐに伊賀に討伐軍を出し、あの赤穂浪人を残らず晒し首にしろ。
それとともに背後関係を探せ。
浪人どもだけで武装して襲って来られる訳はない。
必ずどこかの大名がいる。
尾張や水戸、綱豊などが怪しい。
予の後継は紀州の綱教とせよ。
また、今回の件で大功があった吉良を加増せよ」
柳沢は、動揺する中での後継指名に反対したが、綱吉は厳命する。
幕府軍3万人が動員され、伊賀を探し回るが、赤穂浪人の痕跡は無く、また、江戸幕府に仕える伊賀者の探索結果では、背後にいる大名も洗い出せなかった。
「もっとしっかりと探せ!
赤穂浪人の背後には必ず誰かいるはずだ!」
柳沢の叱咤と伊賀者の必死の探索にも関わらず、何の証拠も出てこない。
それは勿論何もないからだが、綱吉達はそう思わない。
よほど巧みに陰謀を張り巡らせているとしか受け取らなかった。
綱吉の苛立ちが募る中、柳沢が世継ぎを紀州藩主徳川綱教と公表すると、尾張・水戸などの一門や有力譜代大名から反対が殺到した。
綱豊や尾張、水戸は自らが疑われていることを察知しており、越前高田藩の例を見れば、取り潰しすらもありうると緊張感を高めていた。
対応策を相談するうちに自然と綱豊を中心とするグループが生まれ、反綱吉の色彩を帯びる。
二十年を超える綱吉の治世は飽きられ、武士も民衆も綱吉政権の交代を求めていた。
そのため、綱豊の人となりに関わらず、人望が集まり、反綱吉派は増加した。
綱吉派と反綱吉派に幕府が割れる一方、赤穂浪人は一向に見つからない。
綱吉の苛立ちは募る一方である。
そんな中、五万石に加増され、誰もが認める綱吉の寵臣となった吉良上野介は屋敷で師直と酒を酌み交わしていた。
「綱吉の肝を冷やすのはうまくいったな。
下手に命を取らないように加減するのが大変であった」
師直の言葉に義央は頷く。
「第一段階はこんなところか。
うまく幕府も割れ始めた。
この割れ目を拡大させねばならん。
前世の討ち入りは来年12月14日。
一年後に赤穂浪人を皆殺しにし、綱吉の首を取り、江戸の庶民どもにも酷い目を見てもらう。
師直、武装蜂起の準備を頼むぞ」
「所領も増えたので、私兵団の訓練や赤穂浪人の隠し場所にも困らない。
奴らを鍛え上げて、来年のその日に爆発させる。
しかしこれは火種に過ぎない。
諸大名への工作は頼むぞ」
ふむ、と盃を飲み干す義央。
私兵団などの蜂起では小火にしかならない。幕府体制を二分させ、内乱に持っていくこそが眼目である。
一門や譜代は割れ始めた。
次は外様である。
将軍の後継争いの蚊帳の外に置かれている薩摩や加賀、仙台などの大大名を争いに巻き込まねば大乱にはならない。
「まあ、手始めは仇敵の親族同士の安芸浅野と米沢上杉だな。
特に上杉は我が子綱憲が藩主であるにもかかわらず、わしを見捨て、一兵たりとも派遣しなかった。
あの江戸家老の色部又四郎は絶対に許せん。
上杉家など滅びて仕舞えば良い」
義央の言葉に師直は両手を打って喜ぶ。
「いくら長尾が跡目を譲られたとはいえ、わしも上杉という名前など聞きたくもないわ。
よし、奴らを嵌めて滅ぼしてしまおう」
二人は笑い、酒を酌み交わした。




