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蘇った吉良上野介  作者: デギリ
14/20

将軍襲撃(元禄14年秋〜冬)

綱吉の率いる幕府の一行は、江戸へ帰る旗本御家人や関東周辺の譜代大名を中心とする1万まで減っていたが、まだ大軍である。


それが将軍一家を中心として、長々と続く伊賀の山道を進んでいく。


「上様、伊賀者の長、百地丹波の屋敷で休息いたしましょう」


柳沢が呼びかけると、輿の上で揺れるのに疲れていた綱吉は頷いた。


「上様、よくぞいらっしゃいました。

この地の伊賀者は神君の伊賀越えをお助けした者の子孫であります。

また、何かあれば徳川家のために命を賭けて忠義を尽くしたいと思います」


百地の言葉に柳沢は笑う。


「その心意気は良いが、上様のご威光で天下は太平じゃ。そのような機会があるとは思えんな」


綱吉一家が百地屋敷で歓待されている時、その近くの山では真田昌幸が手ぐすねを引いて待っていた。


鍛えに鍛えた浪人衆300を待機させていた。

信州や上州の山中で小勢で大軍と戦ってきた昌幸には最も得手とする場面である。


「相手は1万、主体は旗本や譜代大名、つまりは三河武士の末裔か。

懐かしい上田城の攻防戦を思い出す。

さあ、酒井や本多、井伊の子孫よ、お前達の武勇を見せてもらおう」


百地屋敷を守備する兵は、山道の道中に疲れ、そのあたりで座り込んでいた。


「皆様お疲れ様です。

ここの主人からの差し入れです」


若い女がにこやかに酒やつまみを持ってくる。

「これはありがたい。

晩秋となると山影は冷えて困る。

酒を飲んで温まるか」


たくさんの酒は次々と飲み干される。

いい具合に酔ったところに矢が飛んできて、旗本御家人達は次々と射殺される。


「曲者だ!警戒せよ」


組頭の言葉が終わらないうちにバーンと種子島の音が響く。


「猟師が間違えたのか。

気をつけさせよ」


屋敷から出てきた柳沢のすぐ隣に矢が突き刺さる。


「柳沢様、曲者です!

襲撃してきた者がおります!」


「今の時代に将軍家を襲う者がいるものか。何かの間違いだろう」


柳沢の声に応じるように武装した集団が白刃をきらめかせて薮から斬り込んできた。


「我らは浅野内匠頭の遺臣、亡き主君の仇、吉良上野介を血祭りに上げ、片手落ちの沙汰をした将軍には深く反省を願いたい!

その寺から出てこなければ火攻めにするぞ」


浅野内匠頭の遺臣が襲ってきたと聞き、屋敷の中にいた綱吉は驚愕した。


「浅野内匠頭の家臣など藩を取り潰されて四散したのではないのか!

何故伊賀で余を襲うのだ!」


綱吉の叫びを側にいた義央は冷静に受け止める。


「上様、いまそれを言っても仕方ありませぬ。

奴ら、まずはそれがしを殺そうとしているようです。

ここから追い出すために火矢も撃ってきました。

ここは私が囮となるので、上様はその隙にお逃げください。

しかし、私の供は数名、囮にもなりません。

上様を守る大番衆をお貸しください」


その間にも火をつけられた矢が飛び込み、近習はそれを消すのに追われていた。


「無論のことじゃ。

ここを守護する大番衆の半分は上野介に従って奴らと戦え。

その隙に我らは脱出できよう。

上野介、囮役すまぬ。

この苦労にはきっと報いよう」


綱吉の言葉を聞き、柳沢は下知する。


「番衆たち!

上様、桂昌院様、御台所様、鶴姫様は必ず無事にお逃げいただくように死力を振るえ!


この外には味方の大軍がいる。

すぐに駆けつけてくるので、暫しの辛抱じゃ」


そして怯えて座り込んでいる将軍一家を囲んで裏門から外に出る準備を整える。


その時に伊賀者の手を借りようと、先ほど大口を叩いていた百地を見るが、震え上がって使えそうにない。

柳沢は諦めて、百名の大番衆での脱出を行うことにする。


義央は将軍親衛隊の大番衆百名ほどとともに、屋敷の門を出て同数ほどの敵に相対する。


義央が大番衆を見れば、顔色は蒼く、額から冷や汗を流している。

誰もが死人のような顔である。


(無理もない、実戦など考えたこともなく、祖先の戦功で高禄を食み、ひたすらに城内で無為な暇つぶしをしているだけのはずが、いきなりの殺し合いだからな。

わしも理不尽な目に遭わされたのだ、これも運命だ)


義央は彼らの顔を見て内心そんなことを考える。


「赤穂の不逞浪人ども、御公儀に弓引くとは殺しても殺し足りん。

今すぐに武器を捨てて降伏せよ」


指揮官の番頭が叫んだ。


「主君を斬首されて、藩は潰され、奉公構えにされた我々には失うものはない。

そんな我らを憐れみ、助けの手を差し伸べる方もおられる。


その方のためにも、吉良のおいぼれを打ち殺し、将軍に反省をしてもらう。

そこにいる白髪頭が吉良か。

出てくるとはいい根性だ。

今、殺してやる。

かかれ!」


赤穂浪人を名乗る者たちは鎧兜の完全武装である。

大番衆は旅装姿であり、武装とは程遠い。


弓で射られ、槍を突かれ、刀が届く前に次々と斃れていく。


その間に綱吉達は裏門から逃げ出したが、それを見た襲撃方は追っ手を出した。


同じ頃、昌幸は手下の大半の兵を率いて、一万の軍を撹乱していた。


少数の兵であちこちに別れて、指揮官目掛けて一斉に種子島を撃ちかける。


指揮官が撃たれて、混乱したところを斬り込み、中枢の藩主や高位旗本を打ち取る。


更に大声で噂を振り撒く。


「将軍を狙って尾張藩が攻めてきたぞ!」

「津の藤堂も同心しているらしい。

奴は伊賀出身、伊賀者も反乱に加わっているぞ!」


ダラダラとした行軍で、今晩の宿と飯のことしか頭になかった徳川軍は思わぬ敵の攻撃で一瞬で壊乱した。


我先にと逃げ出そうとするが、どちらに行けばいいのかがわからない。


「大坂に行けば大坂城代がいるぞ!

東に進めば藤堂や尾張藩にぶつかる。

西へ行け。こちらが大坂に逃れる道だ」


その声で羊飼いに引かれる羊のように一万の軍は背を向けて逃走しようとするが、なお骨のある者もいる。


「待て!逃げ出してはならん。

上様は何処か?

お守りするのが我らの仕事ぞ!」


その声に対して答える者がいた。


「上様はすでに大番衆がお守りして大坂へ向かわれている。

我らも早く追いつかねばならん」


その声で残る者なく、全ての者が西に向かった。


さて、百地屋敷では、大番衆が全滅すると、後ろにいた義央は兵を率いていた師直と顔を合わせる。


「もう終わりか。奴ら、将軍の親衛隊らしいが案山子も同然。

久しぶりの戦の肩慣らしにもならん」


師直は不満そうだったが、義央は宥める。


「今は戦の時期ではないと話し合ったであろう。

ここは綱吉を犬追物のように追い、心理的に追い詰める時。

追っ手は放ってあるのか?」


「言われるまでもない。

そろそろ女どもの足弱は脱落するかもしれん。お前の出番であろう」


「確かに、急がねばならん。

青江、細谷、米坂、参るぞ」


義央は浪人の中で優秀な者を選び、急いで綱吉一行の後を追う。


その頃、綱吉への送り狼の部隊は付かず離れずの距離で追撃していた。


時々彼らが放つ矢が少しずつ綱吉の護衛を削っていく。


綱吉や彼の家族は屈強な男に背負われ、山を越えようとしていた。


「上様、これを越えれば桑名に入れます。

風聞では尾張や津は上様を狙っているとも聞こえてきます。

ここは一門の桑名の松平を頼りましょう」


柳沢の提言に綱吉は頷く。

あと一息だという安心感が悪かったのか、桂昌院を背負っていた男の足に矢が突き刺さる。


「うぁー」

その声とともに男と桂昌院は谷底に転落した。


「母上!」

綱吉は絶叫するが、柳沢は足を止めさせない。


「賊は迫っております。

桂昌院様の探索に人を置いていきますので、上様は早く桑名にお向かいください」


泣く泣く綱吉は母の探索を諦めて、先に進む。


谷底に落ちた桂昌院のところに現れたのが、義央達である。

重症の供の男にはとどめを刺し、軽傷で気絶している桂昌院を保護する。


「青江、お前が一番若くていい男だな。

この婆をかつげ」


桂昌院を背負い、義央達は津から船に乗り、三河の吉良領に向かう。


「桂昌院様、吉良の領地でございます。

ここまで来れば江戸までも近く、安心でございます」


義央は桂昌院の機嫌をとる。

彼女は顔立ちの整った好青年の青江に世話をされて上機嫌であったが、我が子綱吉のことを気遣った。


「綱吉はどうしておるか、心配でならん。

途中には尾張などもおる。

鶴姫の婿、紀州の綱教が将軍後継になるのを妬んであるのであろう。

上野介、迎えに行ってたもれ」


「かしこまりました」


綱吉一行は桑名藩に入ったのち、船で三河吉田藩に入ろうとしていたが、尾張藩を警戒しなかなか動けずにいた。


まさかとは思うが、綱吉の生存を知れば尾張藩や津藩が攻めてくるかもしれない。

桑名藩は防備を固め、綱吉は外との連絡も取れずに閉じ込められていた。


義央はその様を忍者からの報告で把握している。


淀屋のツテで商船を使い、桑名に迎えに行き、桂昌院を保護していることを報告すると綱吉は涙を流して喜んだ。


商人に偽装して綱吉達は船に乗り込む。


船で吉良領に向かい、そこで休息してから江戸に入ろうとしたが、綱吉や柳沢の思いもよらないことが起こっていた。


噂では、江戸城に甲府の綱豊が入り、綱吉が死んだので自分が後継であると称しているという。


綱吉は激怒した。



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