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蘇った吉良上野介  作者: デギリ
13/20

将軍上洛(元禄14年秋)

赤穂藩士は大石と大野の指揮の元で、粛々と城を明け渡した。


騒ぎが静まったのは、大野が示した大金が物をいったからだ。


藩の取り潰しで自暴自棄になって籠城や切腹と言っていた者は、千両箱を積み上げた大野を見て、前言を翻し、「御家老のご指示に従う」と言い出した。


その豹変ぶりに大石と大野は笑いを噛み殺した。


その後、藩士が家屋敷の引っ越し準備をしている頃、江戸屋敷から赤穂に来た江戸家老達が江戸の噂を伝えた。


曰く、浅野内匠頭は将軍の悪政から民を救うために刃向かったらしい、これは義挙である。


曰く、将軍暗殺を企んだ内匠頭の背後には将軍後継を狙う甥の綱豊公と水戸・尾張、更に綱吉に不満な一門や譜代大名がいる。


曰く、内匠頭の遺志を継いで、赤穂藩士が立ち上がるに違いない。その際には、内匠頭をいじめ、義挙を阻んだ吉良を血祭りに上げ、そのまま将軍綱吉に隠居を迫るのではないか。


このような義挙に立ち上がる赤穂浪士を応援せずして江戸っ子と言えるか!


「そんな噂が江戸の市中で流れていて、民は寄ると触ると赤穂浪人の話で持ちきりだ」

と語った後、江戸家老は額の汗を拭いながら付け加える。


「そんな訳で、江戸では赤穂藩士と言えば大人気で、どこに行っても持て囃される。若手藩士はすっかりその気になっている。


その一方、仇討ちなど考えていないなどと言えば、侍の風上にもおけないクズなどと罵られ、下手をすれば殴り倒される始末だ」


それを聞いた大石は卒倒しそうになるが、藩士のほとんどは喜んだ。


「今の江戸家老の言葉で、大野次席家老の話も納得がいく。

名は明かさないが、御三家などの大名が我らに支援し、義挙が成功すれば幕臣にでも取り立てて貰えるのじゃな」


「甲府の綱豊公に水戸、尾張などの有力大名が後ろに居れば、我らの将来も安心だ」


「幕府に反対すると言っても江戸城を攻めるわけもない。

吉良の老人を殺してから、綱豊公や御三家・譜代で将軍に譲位を迫るクーデターの時に使われるぐらいだろう。

それぐらいで亡き主君の恨みを晴らす義士として持て囃されるのなら大歓迎。

せいぜい武張った顔をしてやろう」


「なんと愚かで短慮な主君を持ったと思ったが、義士と持ち上げられて幕臣になれるのであれば、内匠頭様様じゃ」


「「はっはっは」」


大野家老は酒も用意しており、酔いの回った藩士からは笑いが漏れる。


「では、我らにご支援くださる方を頼るということで良いな。

賛同する者には支度金を渡そう」


大野が千両箱を後ろにして、念を押す。


「待て!

これは幕閣に楯突くことだぞ!

もっと慎重に考えよ」


大石が慌てて止めるが、藩士のほとんどは言うことを聞かなかった。


「では筆頭家老様がわしらの生活の面倒を見てくれるんか。

藩の金庫は空。

奉公構えで仕官もできひん。

大野家老の話に乗る以外にどうやって生きていく道があるんじゃ!」


「そうじゃ!

それに幕府に楯突くと言っても、一門や御三家が付いているんじゃ。

幕府の仲間割れの一方につくだけや」


「そもそも、うちの殿さんが阿呆なことをせなんだらこんなことを悩まんでも済んだ。

大石様、アンタ筆頭家老として責任があるんとちゃうんか」


だんだんと荒っぽい播州弁が出る。

筆頭家老としての責任を言われると大石も辛い。


「わかった、わしも一緒に同意する」


遂にそう言った大石の言葉を聞いた大野が目の奥で笑った。


内匠頭の百日忌を済ませた赤穂浪人の一同は赤穂を離れ、支援者の指示に従い、大坂に行く。


そこでも赤穂浪人の人気は高く、生類憐れみの令やインフレに苦しむ庶民からは、世直しを頼むでと応援される。


そこで金を渡され、のんびりと暮らす赤穂浪人をよそに、師直と大野、それに淀屋が夜に会っていた。


「淀屋、金に加えて武器や隠れ家の用意など面倒をかける」


傲岸な高師直が頭を下げる。

いくら優れた計画を立てても金が無ければ何もできないことをこの男はよく知っている。


「あての代わりに復讐してもらえるなら、こんなことはなんでもありゃしません。

このままなら綱吉に取られるだけの金や。

幕府を倒すためならばなんぼでも使ってください。


ところであれが赤穂浪人ですか。

なんか弛んでますが、あれで将軍を討てますか」


淀屋が何でもないように答える。


「ああ、これから吉野に連れて行って血反吐を吐くほど鍛錬する。

ところで家族は大坂に置いていかせるので

匿い、必要な金を渡してやってくれ。

家族が問題なく暮らしていれば奴らはきつい訓練でも我慢するしかない。

家族は人質なので逃げないように気をつけてほしい」


大野の顔をした師泰が悪い顔をして言う。


「逃げ道を絶って、甘い言葉で釣り、引っ掛かったら人質で逃がさない。

えげつないですなあ。

アンタらの計略で、赤穂浪人は死ぬまでいいように使われるわけですな。


ところでなんで根拠地が吉野なんですか?

あそこはえらい田舎でっせ」


「まあ赤穂浪人など使い捨ての駒。

上手く操縦して、煮ても焼いて文句を言わないように仕立てればいい。

たかだか数百人だ。

我ら兄弟は何万人もの敵も味方も殺してきたからな。

これくらいの駒では物足りんが、仕方あるまい。


吉野については、南朝のネズミどもがあそこで逃げ回っていて退治するのに苦労した。

逃げ隠れするには絶好のところで、我らもよく地理を知っているからな」


師直が酒を淀屋の盃に酌をしながら話した。


「赤穂浪人がどうなろうと知ったことではありませんが、幕府と綱吉はとことん痛い目にあわせておくんなさい。


アテは商人です。

これは取引、アテはその結果をアンタらから大金をかけて買うているのですから、間違いのないようお願いしますわ」


淀屋は好人物の仮面を脱ぎ捨てて、鋭い目付きで詰め寄った。

こういう時に、この愛想の良い大商人が一皮剥けば復讐の鬼だと感じる。


「わかっている。

お前の要望には歴史の修正力の許す限り応えてやるから、楽しみに待っていろ」


「わかりました。

綱吉が泣きっ面で逃げ回ったり、その首を落とされるというその日が楽しみで楽しみで待ちきれませんわ」


淀屋は元の商人の笑みに戻った。


元禄14年の夏、諸大名は大騒ぎとなった。

将軍綱吉が上洛するので、家光の例に倣い随行しろと突然命令が出たのだ。


どの藩でも家光の時はまだ余裕があった金蔵はもう空っぽで、淀屋などの大商人に借金している中、大金のかかる上洛など付き合いたくないのが本音である。


政務を行う柳沢のところには、上洛できない理由を申し立てる大名が殺到した。

それどころか将軍の親衛隊たる旗本や御家人も病気などを言い立てて、参加しない者が続出した。


各大名の不満の高まりを見た柳沢はやむを得ず綱吉に黙って人数を減らすこととする。


家光の時は30万人であるが、10万人としたが、それも難しいことから3万人とした。

それでも大名達は上洛の金がない。


どこで聞きつけたか、淀屋が大名達に金を御用立てしますかと言ってきた事は渡りに船であった。


淀屋は低利で貸しつつ、何かあればお力をお借りしたいと証文を取る。

それは来たるべき綱吉政権への攻撃に役立たせるものであった。


9月、綱吉は上洛の途についた。

母の桂昌院、妻の鷹司信子、娘の鶴姫も同行する。

京都では婿の紀州藩主の徳川綱教も合流する。綱吉一家の旅行であった。


途中も名所旧跡を観光するのんびりとした旅程である。


綱吉一家は満足であったが、付き従う諸大名や旗本御家人は費用が嵩む一方であり、不満が溜まる。


「今度の上洛は自分の母親に従一位の官位をもらうために行くらしい。

ババアになってもそんな名誉が欲しいのか」


「行くなら家族だけで行けばいいのだ。

何故わしらがそんなつまらんことに付き合わねばならんのだ」


「今の太平の世の中で、誰が将軍を襲うのだ。本当に無駄なことだ」


三万の兵は毎晩、酒を飲んで愚痴を言う。

士気は低下し、緊張感もない。ただ歩いているだけの集団と化した。


通常の2倍以上の時間をかけて、ようやく京都に到着すると、綱吉は家光の前例に倣い、皇族や公家に献金し、京の民に金をばら撒いた。


更に大規模な内裏の建て直しや儀式の再興も行い、朝廷を喜ばせる。


寺社仏閣にも赴き、その修繕にも大金を出した。

上機嫌で浪費を続ける綱吉の影には、高家筆頭で京に詳しい吉良上野介がいた。


「上野介の言うとおりに上様が浪費をしていたら、幕府は破産するぞ!

すでに30万両以上が出ている。

このままでは日光東照宮建設の50万両を超えるかもしれん。

幕府の歳入の一年分以上だ」


柳沢は、勘定奉行の萩原の出した計算書を見て悲鳴を上げた。


「この京にいる限り、上様はおろか、桂昌院様や信子様、鶴姫様などの女衆も、公家衆や僧侶、京の町衆におだてられて、いくらでも金を使う勢いだ。

早く江戸に帰ってもらわねばならん」


京での下にも置かないもてなしぶりに綱吉一家は気を良くしており、柳沢の働きかけにもなかなか動かなかったが、一ヶ月以上を滞在し、目ぼしいところを回ったので遂に江戸に帰ることにした。


「そうか、帰るのか、残念じゃのう。

だが、桂昌院の叙位についてはもう反対する者はおらん。

手続きが済み次第、叙位の勅使を出そう。

将軍には安心するように伝えてくれ」


関白近衛が恵比寿顔で義央に伝える。


近衛を始めとする公家、特に高位公家は幕府からの献金だけでなく、口利き料として寺社や町衆から貰う金もあり、懐が暖かい。


しかし、京の民衆は経済的に潤う一方で、綱吉に随行してきた三万の武士の乱暴などに悩まされ、幕府の評判はむしろ落ちる一方であった。


随行した各藩の藩士達は自腹での滞在であり、京都の高い物価に耐えかね、盗みや恐喝する者も出てきていた。

また、無断で郷里に帰る者も続出し、指揮官もそれを黙認していた。


「どうせ将軍の見栄のためだけに付き合わされているのだ。多少人数が減ってもなんの問題があろうか。

いい加減、早く帰らせて欲しいものだ」


各藩ともそう言い、無理に幕命に付き合う必要もないと考えていた。

これまで幕命は絶対厳守と思っていた各藩の重役は、この件をきっかけに幕府を舐め始めていた。



「せっかくここまで来られたのです。

どうせなら奈良の寺社仏閣から伊勢神宮を参拝して江戸に戻りましょう。

奈良の紅葉も見事なものですぞ」


案内役のように近くにいる吉良上野介が綱吉達にそう言うと、女衆は「それはいい考えですわ」と目を輝かせて言う。


10月の中旬、綱吉一家は京都を出て、奈良に向かった。


奈良で東大寺や興福寺などの有名寺院を参拝し、ここでも多額の献金を行う。


奈良を堪能すると、山深い伊賀を通って伊勢に向かった。


「上様、ここは神君家康様が命からがら伊賀越えをされたところでございます」


義央の言葉に綱吉は笑う。


「神君はこのような山道を大変だっただろう。

輿に乗ってだが、余も万分の一でもその苦労を味わうかのう」


(ここでお前も神君同様に死ぬような思いをするとも知らずに、呑気なことだ)


義央は腹の中でどす黒く笑った。


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