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蘇った吉良上野介  作者: デギリ
11/20

窮した赤穂藩士と罠

「なんと、貴殿らは主君の起こした不祥事をまるで聞いていないというのか!」


浅野本家の家臣が怒鳴りつける。


彼は内匠頭の弟、浅野大学の処分を報告するために安芸に行く途中、城の明け渡しの準備を確認するために赤穂藩に寄った。


そして何も知らずに太平楽にのほほんと過ごしている赤穂藩士一同を見て仰天し、激怒した。


「何も江戸屋敷からは来ていない!

今のお話では殿は江戸城内で刃傷沙汰を起こし、死罪となったと言われるのか!」


赤穂藩の城の家老部屋において、次席家老の大野九郎兵衛の声が響く。


「それだけではない。

内匠頭は旗本の梶川殿を斬り殺し、上様へ聞くに耐えない暴言を吐いた上で犬公方を討ち果たすと言ったのだ。


それを高家の吉良殿に手もなく転がされ、足蹴にされた上に捕えられた。

斬首で済んで良かったというべきだ」


浅野本家の使者が怒ったように言う。


「では、我が藩はどうなるのですか?」


筆頭家老の大石内蔵助がそう尋ねる。

昼行燈と言われるほど動じない彼もさすがに寝耳に水の話に動転していた。


「無論お取り潰しじゃ。

かつ、貴様達家臣は、このような主人を止められなかった咎により奉公構えとなった。


そもそもこのことがあったのは3月14日、すでに4月に入っている。

一月近くもお前達は何をしていたのだ?

主君は狂人、筆頭家老は昼行燈ではまともな連絡もできんのか。


もう受城使は江戸を出ておられる。あとしばらくで到着されるであろう。

早々に準備せよ。


まさかと思ったが、本家になんの頼みにも来ないのでおかしいと念のために寄って良かったわ。


一応言っておくが、貴様達の主君のお陰で本家は大変な迷惑を被っている。

本家の好意に縋ろうなどとは一切考えるな」


浅野本家の家臣は苦々しくそう吐き捨てると去っていった。


一体何があったのか、大石と大野は狐に包まれたようであったが、時間もなく、直ちに家臣に知らせ、城を明け渡す準備をしなければならない。


(何やら指南役の吉良様とうまくいってないという話は耳にしたが、斬り殺したという梶川とは何者か、あの小心な殿が将軍への謀反など考えるはずもないのに、どうなっている?)


大石の頭は疑問だらけであった。


師直に命じられていた忍者は、本家の使者が城に入るのを見届けると、それと同時に領内に商人のふりをして入り、この藩はもう終わりじゃ、お取り潰しになるぞ、藩札は紙屑じゃと触れ回る。


そして、これまでに途中で奪った何通もの江戸屋敷からの書状を城に放り込む。


拾った藩士がそれを読むと、藩主の死罪と藩のお取り潰しが書かれている。


藩士も民衆も蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。


城の周りには噂を聞きつけた民衆が集まり、暴動の寸前となった。


「藩札を銭に替えてくれ!

こんなものは紙屑、この藩は盗人か!」


「どうせ潰れる藩だ。

城の金蔵から奪ってしまえ!」


要所で忍者が煽ると、民衆はますます燃え盛る。


「静まれ!

金はこのようにある。

藩札は可能な限り、銭と交換する」


民の前に姿を現した大石と大野はまずは城の有り金を見せて、民を鎮まらせた。

しかし、早急に交換できなければ打ち壊しが起こりそうな雰囲気である。


(全額は無理でもそれに近い額で交換しなければもたないな。

これでは藩士に配る金などないかもしれない)


頭で計算した大野はため息をつく。


次は藩士である。

勝手に城に集まり、大騒ぎしていた。


「ご家老、どうするのだ?

そもそも殿は何故にこのような暴挙をしたのだ!

我らは奉公構えとは死ねということか」


「こうなれば城に籠城するしかない。

飢え死にするなら武士らしく討ち死にしよう」


「いや、公儀に反抗してはならん。

揃って切腹すべきだ」


一部の藩士から強硬な意見が飛び交う中、大多数の藩士は、なんということをしてくれたのだと内匠頭を呪い、呆然としていた。


散々意見を言わせて、疲れさせた後、大石は明日に続きをすると散会させた。


その晩、強硬な意見に呆れた一部の藩士は付き合いきれないと夜逃げをする。

その一人に次席家老の大野がいた。


(わしは算勘の才を買われて仕えていただけ。重代仕えていた大石と違い、命を賭けるほどの恩を受けてはおらんわ)


そう思って、家財を積み込み逃げる大野を黒装束の男が取り囲み、殴って失神させるとどこかに連れ去った。


「ここはどこだ!」

目が覚めた大野は見知らぬ場所に縛られていた。


「目が覚めたか。

さて、それでは晴明殿、頼む」


「人使いが荒いのう。

将門様が良いというから仕方ないが」


そこから不思議な呪文が響き、訳のわからぬ渦巻きが見えた。


大野はまた気を失った。


「兄者、ようやく呼んでくれたか」


しばらくして目を覚ました大野の声は、確かに彼の声でありながら、全くの別人のような迫力があった。


「師泰、久しぶりじゃ。

ここでの芝居は見ておっただろう。

お前の演ずるのは、赤穂の浪士を率いて徳川という幕府を攻めることよ」


「この徳川とかいう幕府は北条並に強そうじゃな。

鎌倉幕府を倒し、室町幕府を創り、今度は江戸幕府を揺るがすとは面白かろう。

兄者はどうするのじゃ」


「お前が赤穂の浪士を率いて江戸城で戦っても落城させるのは難しい。


我は吉良方の浪士を率いて城の救援と称して中に入り込み、お前の後詰めとして更に攻めてみようと思う。


せっかく蘇らせてくれた将門様の期待に応える為にも、存分に暴れなければならん。

我ら兄弟で、北畠や楠木を討ち取った時ほどの武威を見せてやろうぞ!」


翌日の早朝、全藩士を集めた大評定を前に、大石は大野の訪問を受けていた。


(この男なら早々に見切りをつけて逃げ出すと思っていたが、思ったよりも度胸があるのか。いずれにしても今何を言いに来たのだ?)


内匠頭に重用され、大石を軽視していた大野とはろくに話をしたこともない。

この一大事に何を思ったのか、わざわざ相談するとはよほどなことか。


とにかくも会おうと待たせていた部屋に出向くと、大野は驚くべきことを言った。


「昨日深夜、何者かの訪問があった。

名は名乗らないが相当な身分の者のように思えた。


彼曰く、将軍綱吉に深く恨みを抱きながら斬首された亡主内匠頭の志を継ぐ気があるか、あればその忠義の士には十分な援助を行い、志を果たせば仕官も世話しようということだ。

これは手付金だという。五千両ある」


大野はそう言って、重そうな箱を前に置く。


「馬鹿な!

つまり将軍を討てというのか」


大石は驚愕した。

彼の知る大野という男は計算には優れているが小役人であり、こんなことを真顔で言う男ではない。


(藩の取り潰し、奉公構えというショックで狂ったか)


「聞け、大石。

我々赤穂藩士は八方塞がり、どこにも光が見えん。

これでは昨日言っていた籠城や切腹を行う奴らと逃げ出す奴らに分かれて、秩序は崩壊するぞ。

今は金や仕官という希望を与えることだ。


謎の男との交渉は俺が行う。

おそらくは今の幕閣に不満を抱く大名の腹心だろう。

真面目に幕府に戦を挑む必要はないが、その振りをして金を貰わねば、赤穂藩士は皆路頭に迷って乞食となるほかないぞ。

家禄の多い貴様はいいだろうが、筆頭家老として藩士を見殺しにするのか!」


確かに今はそれ以外に手はなさそうだ。

しかし幕府に反乱をたくらむなどと、下を向く大石に大野は肩に手をやる。


「すべてはあの藩主のせいだ。

我ら家老はその尻拭い。

やむを得んと腹を括れ。

では、貴様は藩士の取りまとめを頼む」


そう言って大野は去っていった。


(幕府に刃向かうだと!勝ち目があるわけがなかろう。

もし明るみになれば己だけでなく家族も死罪。由井正雪の二の舞じゃ。

奴め何を考えている?)


そう考えながら大広間に向かうと、そこは喧騒の真っ只中であった。


中央で立つ男が大演説をしている。


「江戸では内匠頭様は、生類憐みの令などの悪政に反対して将軍を討とうとした憂国の士として世直し大明神と崇められている。


そして赤穂藩士はその遺志を継いで、邪魔をした吉良上野介と将軍を討つために立ち上がるものと期待されているのだ。


おお、そこにおられるのは大石家老ではないか。

それがしは江戸藩邸に勤める堀部安兵衛。

おみおしりを。


あなたの名前も江戸に鳴り響いておりますぞ。

あなたの指揮でどうやって立ち上がるのか、江戸中が興味津々です」


こいつが敵討で名高い安兵衛か、血の気の多そうな男だと大石は思った。


そして持ってきた瓦版を見ると、内匠頭を持ち上げ、赤穂藩士に期待するとの言葉が踊っている。


穏当に収めるつもりの大石は卒倒しそうになったが、気を鎮めて周りを見ると安兵衛の言葉で興奮しているのは若手の一部。


あとの者は不安気な顔で近くの者と話している。己と家族の生活が心配なのだ。


大石のそばに寄って来た中年の藩士は小声で尋ねる。


「金蔵の金は藩札と交換と聞きました。

我らの暮らしはどうなるのでしょうか」


周りには縋るような目で大石を見る者がたくさんいた。


やむを得ないと大石は大野の持ってきた千両箱を見せる。


「赤穂藩士に同情して金をくれる人がいる。

仕官も考えても良いとも言われている。

良いか、堂々と武士らしく振る舞え。

そうすれば支援をいただけるとのことだ」


「「うぉー」」


暗闇の中に一筋の光明が見えたのか、歓声が起こる。


堀部安兵衛に至っては、涙を流して感激していた。

「それほど我々に期待してくれているのか。早く吉良の首を取り、その期待に応えねばならん」


いつのまにかやって来ていた大野がニヤリと笑うのが見える。


大石は何者かに踊らせているようで、ひどく不愉快であった。


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