第88話
「いやぁ、すごいタイミングでカーシャさんの家を出ちゃいましたけど、結果として何もなくて良かったですね」
「あぁ。それよりも私はユーマが有名なことに驚いた」
「俺じゃなくて俺が前居たパーティーの名前が有名なだけですけどね」
「私はそうではないと思うがな。カジノの話も出てたぞ」
「そ、それは確かにそうかも」
もしかしたらあの中に俺の動画を普段見てくれてる人も居たかもしれないが、俺が主にプレイするゲームの性質上、基本的にゲーム内で簡単に会ったり話しかけたりすることが出来てしまうので、俺を見つけても話しかけるのは禁止ということにしている。
なのでさっき俺の名前を出してきた人達は、俺のことは知っていても俺の動画はあまり見ていないのだと思う。
「さっきのプレイヤー様達の視線は、私や魔獣達よりユーマに向けているものが多かったぞ」
「そうですかね? 近くに居た男性プレイヤー達から聞こえてくる話が物騒過ぎて、周りを見る余裕はなかったです」
「まさか私よりもユーマの方に視線が集まるなんて、本当にユーマは面白いな」
「それ褒めてます?」
「あぁもちろん褒めている」
モニカさんにしてみたら、自分よりも目立つ存在が横にいることなんてなかなか無いのかもしれない。
「じゃあ一旦ご飯の時間にしましょうか」
「一度帰るか?」
「そうですね」
モニカさんと家まで戻り、ゴーさんが料理を作ってくれている間に俺達は畑に水やりをする。結局ゴーさんが居ても水やりは俺達の日課になっているな。
「雨降ってたから水やりはあんまり必要無さそうかも。あれ、もしかしてもう育ち切った?」
「全体的に小さいが、確かに実は成熟しているかもしれないな」
魔法の万能農具を持って不思議な苗を見ると、もう全て収穫可能になっていた。
「全部収穫できますね。ただ一旦木1本につき実を1つずつ収穫することにします」
「分かった」
「クゥ!」「アウ!」「……!」
不思議の種では1つも食べられるものが育たなかったが、今回は食べられそうだ。
「よし、これで全部だな」
収穫した実の名前を挙げていくと、『聖なる果実』と『幸運の果実』、『凍てつく果実』と『素早さの果実』、『怪力の果実』と『硬い果実』、『癒しの果実』と『魔力の果実』があった。
「そういえば不思議な種の成長したものを収穫した時は聖なる種と幸福の種が取れましたけど、不思議な苗が成長したものからも同じように種とか取れるんですかね?」
「不思議な種や苗は知らないが、普通のものはたまに実の中に種があるからそれを使って育てるぞ。あとは木の枝を切ってそれを育てる方法もある」
「へぇ、俺はこの世界の実の中には種がないなって思ってましたけど、本当はあるんですね」
「それはギルドで買った種を育てたからだろう? あれらの種は全て次の種が出来ないように、または種があったとしても育たないように魔法がかけられているはずだ」
なるほど、俺は野生のアポルの実とオランジの実は結構取って食べたことがあるが、一度も種ありの実を食べたことがなかったのは運がいいのか悪いのか。
とにかく自分で種を増やして育てたい場合は、野生に生えてるものを見つけて取ってくるしか無いのかもしれない。
「じゃあ不思議な種とか苗はどこで取れるんですか?」
「不思議な種も苗も特定のモンスターからのドロップアイテムで手に入れることが出来るはずだ。この2つを落とすことが確認されているモンスターは意外と多いが、どのモンスターも低確率でしか落とさないと聞くな」
「そうなんですね」
「まあ詳しいことはレイにでも聞くといい」
「フカさん詳しそうですもんね」
「ゴゴ!」
「どうやら料理が出来たみたいだな」
「そうですね、じゃあ皆行こうか」
「クゥ!」「アウ!」「……!」
家に戻ってゴーさんの作ってくれた料理を食べたあと、モニカさんと一緒にカシワドリの居る厩舎まで行くことにしたのだが、ちょうど裏口からハセクさんとセバスさんが入ってきたのが見えたので先にそちらの方へ向かう。
「ユーマ様、丁度お話したいことがあるのですがお時間はよろしいでしょうか?」
「えっと、モニカさんいいですか?」
「あぁ、良いぞ」
「では早速話をしたいと思います。まずハセクからユーマ様がカシワドリを……」
どうやらハセクさんが今カシワドリ達が居る厩舎の建て直しの話をフカさんとセバスさんにしてくれたらしく、今から様子を見てくれるそうだ。
「お金は本当に払わなくて良いんですか?」
「はい、必要ありません」
「良かったじゃないか」
「ありがたいですけど申し訳なさもありますね」
「今のレイ様はユーマ様の役に立つことであれば何でもしてくれるでしょうね」
「そう言われると逆に怖いですね」
このままセバスさん達と一緒にカシワドリの様子を見に行ったが、今の環境でもあまり不満がなさそうにしているのは良かった。
「ではまた準備が整い次第声をかけさせてもらうかと思います」
「分かりました。ありがとうございます」
「ユーマ、そろそろエマの来る時間だから家に戻るぞ」
「あ、そうですね。では俺たちはここで失礼します」
セバスさんとハセクさんはそのままカシワドリの居る場所に残り、俺とモニカさんはまた家に戻る。
「あ、エマちゃん。今日は玄関から来たんだね」
「はい。あの、呼んでも返事がなかったので勝手に入ってしまったのですけど、大丈夫でしたか?」
「全然大丈夫だよ」
「だが、ユーマの客が来ている時と重なってしまったら、気まずくなるだろうな」
「あ、まぁそれは確かに。でもその時は俺が出て説明するから、返事がなかったらむしろ入っていいと思ってもらえれば良いよ」
「普通は逆だと思います」
「私もエマに同意するが、ユーマだからな」
「そうですね」
「まぁそれでいいです。あと、ゴーさんにエマちゃんを紹介しないと。ゴーさん!」
ゴーさんを大きい声で呼ぶと、外からリビングまでミルク保存缶を持って来てくれた。
「あ、今マウンテンモウのミルク搾りの最中だったか。この人がエマちゃんで、フカさんの娘さん。俺が居ない時に来たらおもてなししてあげてね」
「ゴゴ」
「よろしくお願いします!」
「クゥ!」「アウ!」「……!」
「あ、ウル達がゴーさんには一通りこの家に来る人は教えてるのか。とりあえずそういうことだからよろしく。作業中にごめんね」
「ゴゴゴ」
ゴーさんはまたすぐに作業へと戻って行った。
「じゃあ私はエマと訓練を始めるが、ユーマはどうする?」
「俺もミルクをアイスに変える作業とかあるので、それまではモニカさん達の訓練眺めてます」
「そうか。ではエマ、行くぞ」
「はい! 今日もよろしくお願いします!」
ウル達を撫でながら家の中から特訓を眺めつつ、ゴーさんがミルクを持ってきてからは俺達も一緒にアイス作りを手伝った。
「俺が居ない時はこういう風に作ってるんだな」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「ゴゴ!」
マグマ袋の口をエメラが開いて固定し、ルリがウルの背中から砂糖とミルクを混ぜ、ゴーさんが分量を調整したり魔法の包丁を持って皆に指示を出していた。
そして出来上がったものをカップに注いでウルが凍らせばアイスの出来上がりというわけだ。
「俺はゴーさんにアイスの作り方なんて教えてないと思ってたけど、皆に教えて貰って作ってたのなら同じ味になるわけだ」
「ゴゴ」
アイス作りが終わる頃には特訓の方も終わりに近づいていた。
「本来ならハセクさんがミルクをもっと早くに搾って持ってきてくれて、ゴーさんとウル達でアイスを作ってる感じ?」
「クゥ!」「アウ!」「……!(コク)」「ゴゴ」
「ホント助かるよ。ありがとう」
少しゴーさんからミルク搾りも普段から自分がやりたいという意思を感じるが、ゴーさんには料理をしてもらう時間があるし、ハセクさんも好きでやってる部分も大きいと思うのでその作業は任せてもらえないと思う。
「ゴゴ」
「ゴーさんに任せる仕事は今のところ思いつかないな」
「ゴゴ」
「じゃあゴーさんにも遊びとか趣味を覚えてもらいたいな」
「ゴゴ?」
「ゴーさんの趣味として家の中で出来ることって何かあるかな」
「(ゴゴゴゴゴ……)」
壊れたかのようにゴーさんから小さい音が鳴り続けているのは、相当悩んでいるということだろう。
「じゃあゴーさんは暇な時間に趣味を見つけることを目標にしようか」
「ゴゴ」
「もし必要なものがあったりしたら……俺にどう伝える?」
「ゴゴ?」
「クゥ!」「アウ!」「……!」
「ウル達に伝わっても俺に伝わらないと意味ないんだけど、まぁとりあえずウル達に言って」
「ゴゴ」
「ユーマ、終わったぞ」
「今日も疲れました」
「ゴゴ」
「あ、たぶんゴーさんが何か用意してくれるから待っておこう」
「ホントですか? ありがとうございます」
「ゴーさんには私も助かっている」
「ゴゴ」
「あ、これはピルチですね! 冷たくて美味しいです!」
「確かに美味しいな。切っただけなのに前よりも美味しい気がする」
「確かにそうですね。なんでだろ?」
「ゴゴ」
「おお、ゴーさんの手冷たいな。え、そんなに冷たかったっけ?」
「ゴゴ」
ゴーさんは他にも手を白く光らせたり、透明なオーラを纏ったりしていた。
「これは冷気だな。お、それは回復魔法か? 今度は純粋な魔力だな」
「ゴーさんそんなことできたんだ」
「ゴゴ」
色々混ぜて作ったから、ゴーさんの出来ることの幅が広すぎて把握しきれない。
「ゴーさんありがとう。美味しかったぞ」
「ご馳走様でした」
「ゴーさんありがとう」
「クゥ!」「アウ!」「……!」
「ゴゴ」
エマちゃんは食べたあとしばらくして家に帰ったので、モニカさんと俺達はこの後どうするのかを考える。
「あともう1、2時間くらいあると思いますけど、どうします?」
「家の中で待っていても落ち着かないから、あともう少しだけ外に出てようと思う」
「そうですか、じゃあ俺達も一緒に行きますよ」
「そうか、助かる」
そしてモニカさんが家を出たその瞬間、目の前にはモニカさんに似た夫婦らしき人物が驚いた顔でこちらを見ていたのだった。