第72話
「探しても無いな。一旦スルーしたアウロサリバの前の村に行くか」
「クゥ」「アウ」「……!」
俺達はアウロサリバからゴブリンの巣を探して来た道を戻っていたのだが、全く見つかる気配がないので休憩がてら村に行くことにする。
「やっぱり街じゃなくて村だな」
こんな木造の建物でモンスターに襲われたらどうするのか気になるが、何か対策はしてあるのだろう。
「こんにちは」
「あぁ、プレイヤー様か。どうした?」
「あの、ここってなんて名前の街なんですか?」
「街なんてもんじゃねえよ。アウロサリバ周辺にある1つの村ってところだな。アウロサリバの奴らは皆ここらへんの村をアウロサリバ東の村って呼ぶが、この近くにもいくつか村はある。だから大体村長の名前をつけて呼ぶことが多い」
「ではこの村の村長ってどなたですか?」
「あの真ん中の家に住んでるピオネルってのが村長だ」
「そうですか、教えてくれてありがとうございました」
最初は話しかけられて面倒臭そうだった男だが、俺がこの村を街と言ってから機嫌が良くなって色々話してくれた。
「やっぱり王国領に入ってから俺達プレイヤーへの過剰な敬意のようなものは感じられなくなったな」
ハティが言ってた通り、はじめの街に近い街にいた人達は皆立ち入り許可を貰っていることもあって、プレイヤーに対して友好的な人が多かった。
しかし少し外に出てみれば、プレイヤーのことを様付けこそしているが鬱陶しそうにする人も居たので、プレイヤーだからといって横柄な態度を取ると嫌われるだろう。
「すみません、ピオネルさん居られますか? 少し聞きたいことがあって来ました」
「はいはいどちらさんですか? あぁプレイヤー様ですかい。珍しいですね、どうされました?」
家から出てきたのは、高齢で背が高い細身の男性だった。
「あの、この村の近くにあるゴブリンの巣の情報ってありますか?」
「まぁ分かりますけど、まさか巣を壊しに行くつもりですか?」
「そうですけど、何か問題が?」
「確かにプレイヤー様は倒されても蘇るって聞いてますけど、そんなに命を粗末にしちゃあ駄目ですよ。悪いことは言いません、やめておきましょう」
村長のピオネルさん曰く、今の俺達を見てもゴブリンの巣を破壊出来るなんて思えないらしい。
「そんなに巣の破壊って難しいですか?」
「そうですね。道を歩いてたら襲いかかってくるゴブリンなんて下っ端中の下っ端ですから」
それは確かに俺もそう思う。だが、巣の中にいるゴブリンと外のゴブリンは経験上それほどレベルは変わらないと思うんだが。
「でも、そんなに強さが変わるんですか?」
「まぁ、プレイヤー様なら一度行ってみるといいかもしれないですね。あ、でも私は行くのを止めましたからね? 後から文句を言ったりしないでくださいよ?」
「いや、そんなことはしませんから」
村長はそう言ってゴブリンの巣の位置を俺に教えてくれた後、すぐ家の中に戻っていった。
「ウル達はどうしたい? 正直あれだけ言われたってことは俺達にはまだゴブリンの巣に挑戦するには早過ぎるんだと思うけど」
「クゥ!」「アウ!」「……!」
皆もさっきの話は聞いていたはずだが、やる気は満々らしい。
「じゃあやってみるか」
「クゥ!」「アウ!」「(コクコク)」
「お、あったぞ。皆静かにな」
「クゥ」「アウ」「(コクッ)」
村長のピオネルさんに言われたゴブリンの巣に来たが、予想以上に数が多いし、普通の生活をしているゴブリン達も見える。
「子どものゴブリンもいるな」
このゲームの良いところは、子どものゴブリンでも外見は醜悪に見えるところだ。
テイムしたらあのゴブリンも愛らしくなるかもしれないが、野生のモンスターのままだと子どもでも倒そうと思える。
あくまでもここから分かるのは見た目だけなので、人間と同じように遊んでいる姿なんかを見せられたら気持ちがどうなるかは分からないが。
「コネファンとしても、マウンテンモウやライドホースのような家畜になるモンスターと、ゴブリンのようなモンスターは見た目に気を付けてるんだろうな」
俺はどんな見た目の相手でも倒そうと思えば倒せる心を持っていたはずだが、ウル達と出会ってからその気持ちに少し歯止めがかかるようになった気がする。
別にそれも悪いことではないが、あのゴブリン達が愛らしい姿をしていれば倒したくないと思ってしまう可能性もあったので、ゴブリンが醜悪なものとして存在してくれて助かった。
「じゃあやってみるか。皆危なくなったら逃げるのは忘れないようにな」
「クゥ!」「アウ!」「……!」
「行くぞ!」
『ゴブーーーーー!!』
「くそっ、もう見つかったか」
「クゥ!」「アウアウ!」「……!」
外側に居るゴブリンを10体ほど静かに倒したところで、中にいるゴブリンに気付かれてしまった。
「ルリはいつも通り前を頼む。エメラは魔法で攻撃しながら出来るだけ自分の身は自分で守ってくれ。魔獣ステータス強化、魔獣スキル強化!」
「アウ!」「……!」
『ゴブゴブ!』『ゴブッ』……
2人に正面の戦いは任せて、俺とウルは遊撃に回る。
「うわ、トラップか」
ゴブリンの巣に近づくと糸が張ってあり、何か衝撃を与えると起動しそうなものだった。
「ウルもトラップには気を付けろよ!」
「クゥクゥ!」
「!? ウル逃げろ!」
『ゴブゴブ!』
ウルの方を見ると片足を縄に取られて空中に放り出されているため、トラップに引っかかってしまったのは明らかだ。
「ウル! 魔法で縄を切るんだ!」
「クゥクゥ」
『ゴブゴブ!』
遠くからゴブリン達が一斉にクロスボウでウルに攻撃し、ウルは矢に数本しか当たっていない筈だが瀕死の状態だった。
「魔獣ヒール! ウルはそのままエメラのところまで行って回復してもらってくれ!」
「ク、クゥ」
『ゴブッ』
ウルはダメージを受けて普段よりも動けておらず、素早い子どもゴブリンに追いつかれ短剣で斬りつけられる。
「クゥ!」
『ゴ、ゴブッ』
なんとかウルも跳躍で攻撃を避けた後子どもゴブリンを氷魔法で倒したが、ウルがここで回避のスキルを使わなかったということは、既に使ってしまって今はもう使えないということだろう。
「駄目だ、俺が冷静にならないと」
『ゴブー』『ゴブゴブ』……
あのままウルがエメラのところまでたどり着くことができればもう少し回復して貰えるだろう。俺はウルのことを今すぐ助けに行きたいが、今は我慢してやるべきことをやるしかない。
「ここは俺だけで食い止める」
『ゴブッ』『ゴブゴブッ』『ゴブー』……
子どもゴブリンだろうがなんだろうが、これだけ攻撃してくる相手に同情するようなことはない。
そして何が何でもウルがエメラ達のところに着くまでは、絶対にここを通さない。
『ゴブーーー!』
「俺がやられたら終わりなんだ、よっ!」
『ゴ、ゴブ』『ゴブーーー!』『ゴブッ』
少しずつゴブリンを倒してはいるはずだが、無限にいると錯覚するくらいゴブリン達の姿は減らない。
『ゴブッ』『ゴブッ』『ゴブ』……
「このままじゃウル達よりも先に俺がやられる」
そう思って一度ウル達の位置を見ると、どんどんゴブリンの巣に近づいてしまっている。
「大丈夫か!」
「……クゥ」「……アゥ」「……!」
『ゴブゴブ!』『ゴブッ!』……
「くそっ、今行くからな!」
エメラはまだ元気そうだが、ウルとルリはもう限界だ。
ウル達もどんどん後ろから押されて巣の中に誘導されているのは分かっているだろうが、もうどうしようもないというような状況。
「どけっ!」
『ゴ、ゴブー』
俺の近くにいる大量のゴブリンもあっちに連れて行くことになるが、このまま1人で戦っててもウル達が倒されるだろうし行くしかない。
「よし、何とか来れた。大丈夫だったか?」
「クゥ」「アゥ」「……!」
もうウルとルリは目の前のゴブリンに精一杯で返事をする余裕もない。
『ゴブーーーー!』『ゴブッ!』
「ク、クゥ」「ア、アゥ」
「ウル! ルリ!」「……!」
エメラを中心に俺とウルとルリが各方向を分担して守っていたのだが、ウルとルリが攻撃を食らったことで陣形が崩壊した。
「エメラ! 2人に回復を頼む! とりあえず3人が数秒でも長く生き残ることだけ考えてくれ!」
「……!」
エメラはすぐ樹の癒しで2人を回復させると、ゴブリンの家を背にして自分たちの退路を断つ代わりに、正面の敵だけを相手すればいい状況を作り出していた。
『ゴブ』『ゴブ』『ゴブ』『ゴブ』……
「絶対にこういう場所にはリーダーがいるはずだ」
俺はエメラに2人のことを任せて、このゴブリンの巣にいるであろうリーダーを探す。
「リーダーさえ倒せば統率が取れなくなるはず」
既に生き残るには絶望的な状況ではあるが、この状況からどうにかするにはこの方法しか思いつかない。
「まずはリーダーが居てくれないと話にならないぞ」
居ることを願いながら俺はどんどん巣の中心へと進もうとするが、そもそもゴブリンと戦うには俺達のレベルは少し低いため、ゴブリン達を一瞬で倒し切る力が足りない。
「ん?」
『ゴブ』『ゴブ』『ゴブ』……
急にゴブリン達が俺に襲いかかるのをやめた。
「エメラ! そっちは大丈夫か!」
「……!」「クゥ」「アゥ」
この隙に後ろを向いてウル達の様子を見ると、3人ともかろうじて生きてはいるが、ゴブリン達に距離を詰められてあと少しで倒されそうな状態だった。
「急に動きが止まったのはこっちとしてはありがたいけど、なんでだ?」
『ゴブ』『ゴブ』『ゴブ』……
動きの揃ったゴブリン達が出てきたと思うと、その後ろには他のゴブリンよりも大きい身体をしている個体が出てきた。
「まず最初の賭けには勝ったな」
『ホブーーー!!!』
『ゴブ!』『ゴブ!』『ゴブ!』……
名前を見るとホブゴブリンとあり、周りのゴブリン達の様子を見てもあれがリーダーで間違いないだろう。
『ホブ!!!』
「!? 不意打ちかよ!」
一応俺としてはホブゴブリンの登場を攻撃せず律儀に見てやってたんだが、向こうはそんな俺に躊躇なく大きな剣を振り下ろしてきた。
「でも、俺の周りのゴブリンは攻撃してこないんだな」
『ホブ!!!』
ホブゴブリンが負けそうになったら周りのゴブリンも攻撃してくるだろうが、今は大人しく俺とホブゴブリンの戦いを見ているだけだ。
「出来ればウル達の方のゴブリンの手も止めてくれないか?」
『ホブホブ!!』
こいつに言葉が通じるはずもないのだが、そもそも俺の言うことに耳を貸す気が全くない。
「ならこっちも攻撃しますかっ!」
『ホブ!』
『ゴブー!』『ゴブー!』『ゴブゴブー!』
ゴブリンとは違いホブゴブリンには本当に俺のレベルが足りていないのだろう。ダメージは1ミリだけ入るが、スキルを使ってもほぼホブゴブリンの体力が減らない。
『ホブーーー!!!』
「こりゃヤバいな」
俺の攻撃は脅威ではないと理解したのか、守ることを考えずどんどん攻撃してくる。
『ゴブ!』『ゴブーーー!』『ゴブゴブ!』
「クゥ、クゥ」「ア、アゥ」「……」
後ろではウルとエメラがクロスボウでやられたのか倒れていて、少し回復したルリが前で盾を張って必死に2人を守っている。
「はぁ、まぁこれは仕方がないな。せいぜい俺を倒したことは色んな奴に自慢してくれていいぞ」
『ホブーーーーーーー!!!』
手を広げてホブゴブリンの攻撃を受け入れた俺は、初めてこのゲームで死というものを経験するのだった。