第197話
「……なるほどなぁ」
俺は日記を読み終えたが、おそらくこれは俺達が戦った偽物のリッチのものだった。
日記の内容としては、あのリッチが生前ここで暮らし、魔法を勉強していたというのが殆どだった。
特に嬉しそうだったのは、師匠からお古のローブを貰ったこと、杖を買ってもらったこと、師匠にアクセサリーを作ってもらったことなど、師匠絡みの日記は文字が大きかったり筆圧も強くて読みやすかった。
ただ、そんなリッチの日記の内容がある日を境にガラッと変わる。
あのリッチは師匠と2人でここに住んでいたらしく、師匠が寿命で亡くなってから精神が不安定になったのか、日記の日付も飛び飛びとなり、師匠の死がよほど悲しかったのだろうことは想像できた。
そして日記の途中からは、このままじゃ師匠を超えられないだの、師匠の魂をこの世界へ呼び出すだの、死霊使いの勉強をし始めただの、段々様子がおかしくなる。
日記はそこまでしか読むことが出来ず、その後も何か書かれているが、文字として読むことが出来ないものばかりだった。
「お、ウル達も来たか」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
俺が丁度日記を読み終わったタイミングでウル達が来て、まだこの小屋は調べきっていないのでウル達にも何か使えそうなものがないか探してもらう。
「……!」
「お、これは……また日記だな」
エメラが見つけた日記はさっきのと同じだが、こちらの方が状態が良かった。
「えっと……」
この日記はあのリッチの師匠のものだった。
ここで暮らすようになってから付けられた日記だったが、毎日食事中弟子のご飯に自分の嫌いな野菜をバレないよう入れていること、たまに自分の知らないことを弟子が質問してきた時に適当に答えていること、弟子に魔法使いとしての才能がなくて残念だけど逆にそこが愛らしいことなど、すごく人間らしいことが書かれていた。
ちなみに自分が死なない限り魔法でこの日記は読めないようにしているらしく、だからこんなに恥ずかしいことや弟子にバレたくないことまで書いているのだとか。
自分が死んだ時にこれを弟子が読んで、『師匠も大した事ないんだな』と、弟子に思って欲しかったらしい。
そんな人間臭い師匠だったが、ページを読み進めるにつれてこちらも日記の内容は変わっていき、こんな何も無い場所についてきてくれた弟子への感謝、自分がもう残り少ない命であることに涙を流してくれることへの感謝、そして最後に、弟子への遺言が書かれていた。
「師匠を超えなさい、か」
師匠としては純粋に、自分よりも弟子に偉大な魔法使いになって欲しかったというのもあるだろうし、自分が死んだ後の目標を作ってあげたかったというのもあるのだろう。
ただ、弟子であるあのリッチにはこの遺言が重かった。
リッチの日記だと途中から師匠を呼び出すことが目標になってる気がしたし、死者蘇生という禁忌を勉強していた事からも、師匠の死はそれだけリッチにとって苦しいことだった。
「あぁ、このエリアってあのリッチの師匠が作ったのか」
そして遺言には弟子へのお願いが書いてあり、その中の1つに結界を張る魔道具のスイッチを切りなさいというものがあった。
どうやらその魔道具のおかげで、この辺りで魔法を使うと魔法の威力が高くなったり、魔法の効果が持続するようになっていたらしい。
ただこの魔道具には欠点があり、モンスターを引き寄せてしまう効果や、長時間結界の範囲内にあるもの全てが魔法の影響を受けやすくなってしまうなど、極めて危険なものだった。
「でも、あのリッチはお願いを無視してずっとその魔道具を付けてたってことは、そのデメリットすら利用して師匠を蘇らせたかったんだろうな」
魔法の影響が受けやすくなるということは、師匠の死体へ魔法を使うと、魔法の効果が出やすくなるということ。
コネファンは年齢制限がないため、このあたりを掘り起こしてもグロいものや生々しい死体が出てくることはないだろうけど、どうにかして師匠の死体を蘇らそうとしたのはなんとなく想像できる。
「ええっと、これか」
頑丈な箱の中に入っていた結界を作り出す魔道具のスイッチをオフにすると、結界だけでなくその魔道具ごと消えてしまった。
たぶんここで魔道具が消えたのは、俺達プレイヤーが手に入れて良いような物ではないからだろう。
勿論師匠が魔道具をこうなるように作っていた可能性もあるが、あのリッチは少なくとも最初は師匠のお願いを聞いてスイッチをオフにしただろうし。
「凄い師匠だったんだな」
この結界の魔道具を作ったのも師匠で、この家すら魔法で作ったらしい。
自分が死んでも残り続ける家なんて、魔法のことは分からなくても凄いことなのは分かる。
それに日記では他にも弟子のために色んな物を作っていたことが書かれていた。
俺の攻撃があのリッチに効かなかったのも、師匠が作ったアクセサリーのお陰らしい。
師匠の作ったアクセサリーの効果は、登録した魔法を使うことが出来るというものらしく、師匠がそのアクセサリーに登録したのは物理攻撃を防ぐ結界魔法。
俺はその結界魔法によって全ての物理攻撃が弾かれていたのだ。
「たぶんあのリッチは自分で習得した魔法じゃなくて、師匠から貰った結界魔法を練習しまくったんだろうなぁ」
リッチが自分で習得したであろう火魔法は全然上手くなかったけど、師匠の作ったアクセサリーのおかげで使えるようになったはずの結界魔法は、異常に上手かった。
だから俺はリッチの火魔法と結界魔法の練度に差があり過ぎて、最初は自分で魔法を出してるなんて思わなかったし、その後ももしかしたらとは思ったけど、最後まで確信はなかった。
本来あそこまで魔法の練度に差がつく事はないだろうけど、生き返らそうとするくらい師匠に執心だったあのリッチの日記を見ると、あぁなるのも納得だ。
「本当はモンスターと戦う時の防御手段として弟子のために作ったんだろうけど、まさか弟子がモンスターになって、人間と戦う時の防御に使われるとは思ってなかっただろうな」
その後も小屋の中を少し調べたが、特に持って帰って使えそうなものはなかったし、日記を読んだ後にここを荒らすのは気が引けた。
ゲームだし、ここはあのリッチを倒したプレイヤーのための宝箱と同じような役割をしていると思うので、全て持って帰っても良いとは思うが、結局最初に見つけたもの以外は全て元の場所に戻し、2人の日記も持って帰らずに机の上に重ねて置いておいた。
「じゃあ行くか。結構時間使ったし、妖精さんに教えてもらったところは今日で全部回りたいから」
「……!」
俺は気持ちを切り替えて、エメラへ案内をお願いする。
またこんな森の中へ来るのはしんどいし、イベント後は王都近くの他の場所を探索したり、帝都を目指したりするだろう。
となると今回で回り切らないと、教えてもらった場所に二度と行くことが無い可能性が出てくる。
せっかく教えてもらったなら、出来るだけ回りたいのだ。
「……!」
「分かった、そっちね」
そしてエメラの指示に従ってしばらく歩くと、色んな木に色んなキノコが生えている場所に来た。
「なんかジメジメしてる気がするし、景色としても純粋に綺麗って言えないけど、これは凄いな」
集合体が苦手な人が見るときついかもしれないが、そこら中にキノコが木に寄生して生えており、こんなことする必要はないのに手で口と鼻を覆ってしまう。
「料理以外にも錬金とかで使えるだろうし、少しずつ取ってくか。もしかしたらキノさんが育てたいっていうキノコがあるかもしれないし」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
普通は毒を気にしないといけないが、俺は状態異常にならないし、気にせずどんどん取っていく。
ウル達も触って良さそうなキノコを自己判断で取っているが、もし状態異常になるようならやめるようにとは言っておいた。
「うわっ! 魔法の手袋付けたらこの辺凄いことになってる」
魔法の手袋は採取できる物がなんとなく分かるようになるのだが、手袋をつけるとこのあたり全てのキノコに反応して、とんでもないことになっていた。
「まぁ全部取るわけにもいかないし、これくらいで良いか。よし、次行こう」
「……!」
王都まで帰る時間を考えると、結構急がないと何箇所も回れない。
次に行く場所はどんなところなのかなんてエメラに聞く時間もないし、もうエメラが面白いと思う場所を優先的に回ってもらうしか無い。
「エメラに順番は任せるし、俺達が夜までに家へ帰れるようにだけしてくれ」
「……!」
こうして俺達はエメラに先導してもらい、妖精さんの教えてくれた場所を歩いて回るのだった。
「終わったな」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
妖精さんが教えてくれた場所を回って分かったことは、妖精と俺達の感覚は必ずしも同じではないということだった。
「最後に見た変な形の木をもし最初に紹介されてたら、たぶんもう他の場所は行かなかったな」
そういう意味ではエメラが俺達を案内する順番は本当に良かった。
俺達はリッチを倒した後キノコエリアでキノコを採取し、少し歩いてルクワというビワのような果物が成っている場所で、こちらも皆でルクワを採取した。
そしてそこからかなり離れた場所に移動すると、高い所から水が流れ落ちてくる迫力満点の滝が見える場所に来たので、そこで先程取ったルクワを皆で食べて休憩し、全て食べ終わると少し歩いたところにある、自然に出来たとは思えないくらい綺麗に出来た、植物が重なり合って出来たトンネルを皆でくぐって遊んだりした。
もうこの時点で結構時間はギリギリだったが、こんなにも面白い場所を教えてくれたなら全部回りたいと思い、残っていたあと2箇所を急いで回ったが、その2箇所はこれまでと違って俺達が面白いと思えるような場所ではなかった。
「まさかただの岩と木だとは思わなかったな」
妖精の形に見えなくもない傷ができた岩に、ちょっと曲がった珍しい形の木。
この2つを見るために暗くなる時間ギリギリまで頑張ったこと以外は本当に良かったと思う。
「まぁその2つ以外は面白い場所を教えてもらえたし、文句はないな」
暗くなり切る前になんとか王都まで帰ってきた俺達は、冒険者ギルドで依頼達成をして家へ帰ると、もう時間は夜の19時を過ぎていた。
「ただいまー」
「遅かったな。ご飯は後少しで出来そうだ」
「あ、俺は食べないです」
「あれ、ユーマはご飯食べないの?」
「明後日に備えてもう寝ないといけないから、次起きた時に食べるよ」
「確かイベントだったな。次にユーマと会うのがいつになるか分からないから言っておこう。私はユーマが活躍するのを期待してるぞ」
「ぼくも!」
「自分も応援してます!」
「皆ありがとう。ウル達と協力して、出来るだけ頑張ってきます」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
イベントの時間を考えると今から寝る準備はしたいので、モニカさん達の応援を受け取った後、急いで自分の部屋に行きベッドへ寝転ぶと、一緒に俺の横へ寝転んだウル達の頭を撫でてからログアウトしたのだった。




