第196話
「もうちょっとだけ待って! これで無理なら皆に任せるから!」
「クゥ」「アウ」「……!」「コン」
『……』
俺は偽物のリッチという中ボス相手に苦戦していた。
いや、苦戦というよりほぼ確実に詰んでいた。
「全部の攻撃弾くって、嘘でしょ?」
『……』
もうかれこれ10分は攻撃し続けているのだが、俺の剣はまだリッチに届かない。
片手剣術のスキルを全て使っても無理だし、後ろから斬っても、横から斬っても、全て無駄だった。
唯一有効だったのは、ウルの氷魔法の破片、氷片を投げつけると結界をすり抜けて当たったことだ。
これでこいつは魔法で倒せると言うのは分かったので、俺達に討伐が可能ということには安心した。
「まだっ、もうちょっとだけ待って!」
『……』
ここまでのモンスターはほとんどウル達が倒したし、俺の出番はほぼ無かった。
そしてやっと俺に任せてくれた中ボスとの戦闘では、俺の攻撃が相手に効かないという始末。
もう魔法が使えるウルやエメラ、シロに任せてしまえばそれで終わりなんだけど……
「あとちょっとだけ!」
俺はもう少しだけ自分の手で倒すことを諦めたくなかった。
「……分からないなぁ。マジでもう物理攻撃無効の敵が出てくるのか?」
『……』
「……」
『……』
「くそっ、仕方ないか……」
『……』
「これ以上は待たせるだけだし……あと100回斬ったら終わる!」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
『……』
ウル達からは声援とも取れる返事が返ってくる。
これがもしプレイヤーとパーティーを組んだりしてるなら、『いや、魔法で倒すから』って言われて終わりの可能性が高い。
ここは特殊なエリアだし、仲間がリッチへ撃った魔法が自分にも当たってしまうから、魔法使いにそう言われたら引くしかないのだ。
「何か起これ!」
『……』
「あと50」
『……』
でもウル達は俺に時間をくれる。
この時間は無駄になるかもしれないが、それでもやりたいことをさせてくれるのは本当にありがたい。
「あと10!」
『……』
「あと5!」
『……』
「あと1!」
『……』
「……終わりかぁ」
ウル達との約束通り、100回攻撃し終えた俺は後ろへと下がる。
「まぁ仕方ないか。皆お願い」
「クゥ!」「……!」「コン!」
『……』
俺に攻撃されてた時もそうだが、もうこうなっては抗う術が無いのか、偽物のリッチはウル達の攻撃を受け入れている。
魔法を撃ち返すこともなければ避けることもなく、ただウル達の魔法を食らって体力を減らしていた。
「最後は警戒しておこうか」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
相手の体力が半分、そして瀕死になるタイミングで一応警戒したが、特に何か起こることもなかった。
「じゃあとどめはウルにお願いするね」
「クゥ!」
ウルはこの一撃で終わらせるため、大きく尖った槍のような氷魔法を頭上で作っていく。
『……』
その間もリッチは抵抗する気配がない。
「……」
『……』
「俺、あのリッチに1ダメージも与えられなかったのか……」
物理攻撃無効とは残酷なもので、属性の付与された武器などを使ったりするしか、あぁいう相手にダメージを与える方法は無い。
「じゃあ頼む」
「クゥ!」
ウルは俺の言葉で氷魔法をリッチへと向けて撃とうとする。
おそらくこれで俺達のレベルも上がるだろう。
いやぁ良かった良かった……
「っなわけあるか!」
『……!』
「俺の勘が絶対に常時物理攻撃無効なんてモンスターがこの段階で出てくるわけないって言ってるんだよ!」
俺が攻撃してる時にリッチが攻撃してこなかったのは、攻撃しようとしたら俺の攻撃が当たってしまうから。
おそらく常時物理攻撃無効なのではなく、自分で結界を張ってるのだと思う。
そう考えると火魔法と比べて結界魔法の練度が高すぎる気はするが、俺は戦ってみてそう思った。
そして今のリッチは自分が倒されてしまうことを受け入れて、おそらく物理攻撃を無効にしてくるあの結界を発動していない。
ゴンッッッ
「っ!? よっし!!!」
スケルトンに攻撃した時のような感触が手に伝わってくる。
今の俺の一撃でリッチを倒し切ることは出来ず片手剣は弾かれてしまったが、しっかりと俺の一撃で体力ゲージが減ったのは見えた。
『……』
「なんとか一撃入れたぞ。じゃあな」
次の瞬間には俺の顔を掠めるように、後ろから飛んで来たウルの氷魔法がリッチへと突き刺さると、そのままリッチの身体は砕けてしまった。
《ユーマのレベルが上がりました》
《ウルのレベルが上がりました》
《ルリのレベルが上がりました》
《エメラのレベルが上がりました》
《シロのレベルが上がりました》
名前:ユーマ
レベル:34
職業:中級テイマー
所属ギルド :魔獣、冒険者、商人、職人
所属クラン:幸福なる種族 (リーダー)
パーティー:ユーマ、ウル、ルリ、エメラ、シロ
スキル:鑑定、生活魔法、インベントリ、『中級テイマー』、『片手剣術』
装備品:アネモイ(下位)の片手剣(敏捷の珠・紅)、アネモイ(下位)の鎧(希薄な存在)、アネモイ(下位)の小手(暗闇の照明)、アネモイ(下位)のズボン(協力の証)、アネモイ(下位)の靴(敏捷の珠・碧)、幸運の指輪 (ビッグ・クイーンビー)、速さのブレスレット
名前:ウル
レベル:34
種族:アイシクルウルフ
パーティー:ユーマ、ウル、ルリ、エメラ、シロ
スキル:勤勉、成長、インベントリ、『アイシクルウルフ』『氷魔法』
装備品:赤の首輪(魔獣)、赤のおまもり(魔獣)
名前:ルリ
レベル:34
種族:巨人
パーティー:ユーマ、ウル、ルリ、エメラ、シロ
スキル:忍耐、超回復、成長、インベントリ、『巨人2』
装備品:赤の腕輪(魔獣)、赤のおまもり(魔獣)、銀の手斧(魔獣)、銀の小盾(魔獣)
名前:エメラ
レベル:34
種族:大樹の精霊
パーティー:ユーマ、ウル、ルリ、エメラ、シロ
スキル:支配、成長、インベントリ、『大樹の精霊』『樹魔法』
装備品:赤のチョーカー(魔獣)、赤のおまもり(魔獣)
名前:シロ
レベル:34
種族:善狐
パーティー:ユーマ、ウル、ルリ、エメラ、シロ
スキル:聡明、成長、インベントリ、『善狐』『水魔法』
装備品:赤の足輪(魔獣)、赤のおまもり(魔獣)
「そういえば中ボスは討伐アナウンスとかもなかったか」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
「あぁごめんな勝手に飛び出して」
ウル達からしてみれば、フレンドリーファイアのあるこのエリアであんな動きをした俺が心配だったのだろう。
俺としては後ろから来るウルの魔法を避ける事が出来ると思ったからの行動だったんだけど、心配させたのは反省しないと。
「いやぁ、どうしてもリッチにダメージを入れたくてな。でも諦めずにやっただけあって、やっぱりリッチが意識して結界を張ってないと、こっちの物理攻撃を防げないってのは分かった」
まぁ俺1人で戦ってたら本当に1ダメージも与えられずに終わってた可能性が高いけど、もうウルの魔法で倒されてしまうって敵が諦めてる時に攻撃したのは良かった。
なんで火魔法と結界魔法にこれ程練度の差があったのか分からないけど、とにかくこれでまだ完全な物理攻撃無効、魔法攻撃無効の敵が出てきたわけではないということが分かって良かった。
「ドロップアイテムは……杖か」
名前:賢者の杖(模造品)
効果:魔法攻撃力+45、知力+3、精神+2
ドロップ品:特殊な条件で偽物のリッチから手に入る杖。知力と精神を上昇させる。
説明にある特殊な条件ってのは、多分だけど物理ダメージを偽物のリッチに入れたかどうかな気がする。
まぁ俺達には使えるわけではないけど、強い武器が手に入ったのは良かったな。
「じゃあこの辺りをちょっと探してみるか。何かあるかもしれないし」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
俺はリッチが出てきた大きな枯れた木の近くを探そうと近付くと、木の裏に小屋があった。
「これ入って良いのか?」
一応ノックはしてみるが、反応が返ってこなかったので扉を開けてみると、家の中には色んな本が山積みになっていた。
「本は……塗り潰されてるな」
山積みになっている本の中から一冊を手に取ると、中は黒のインクで汚されていたり、破られていたりした。
「他の本も、駄目か」
山積みになっている本はどれも読める状態ではなく、インクが滲んでいたり、汚されていたり、誰かがこうしたのは明らかだった。
ただ、机の上に乗っている数冊は無事そうなので見てみると……
「これは中級魔法習得本、これは日記、これは……魔導書?」
取り敢えず中級魔法習得本はインベントリに入れる。
そして魔導書は魔法使いの武器になるっぽいが、使用不可と書かれているためプレイヤーには使えないのかもしれない。
「まぁインベントリには入るし持っていくか。で、あとは日記だけど……」
読む前にウル達もここへ呼ぼうか迷ったが、俺は早く読みたい気持ちを抑えきれず、傷付けないよう慎重にその日記を開くのだった。




