第189話
「ならその日は昼まで街に居るか」
「昼までだ」「昼までだな」
「ありがとうございます。これスイートポテトです。小腹がすいた時にどうぞ」
俺は今ネルメリアの街で、クロッソさん、ラクシスさん、ロポスさんの、クロッソ三兄弟にイベントの話をし終えて家へと帰るところだった。
「ふぅ〜、結構色んな人に話したな」
「クゥ」「アウ」「……!」「コン」
最初は冒険者のバズマとクロッソ三兄弟、おそらく当日はプレイヤーが少ないだろうハティの街を守るため、ハティの実家に少し話をして終わりにしようと思っていた。
しかし蓋を開けてみると全く予定とは違い、この街のサポーターをしているルーロさんや、アウロサリバでサポーターをしているニボルさん、南の街でサポーターをしているバンさんなど、気付いたら色々な人にイベントの話をしていた。
俺は正直どの街に誰が居たか忘れてるので、色んな街の冒険者ギルドを適当に回って、知り合いに会ったら伝えようくらいに思っていたのだが、結局はそれだけに留まらず、全く戦闘など出来ないし、そもそもイベントの日に街から離れる予定もなさそうな、マルスさんやギムナさんにも世間話ついでに話しに行った。
「まぁでも色んな人へ会いに行ったおかげで、予定になかった鍛冶師の人達と話せたのは良かったかもな」
俺が盲点だったのは、これまでお世話になった鍛冶師が皆ある程度戦える人達だったということ。
それを裏付けるように、はじめの街のアンさんや、西の街のカヌスさん、王都のおやっさん(ドルム)へ話をした時、その日は鉱石を掘りに行くつもりだったと全員に言われたので、戦闘が出来るこの世界の人達は、完全に運営によって街から離れるよう仕組まれていることがほぼ確実となった。
「あとはこの情報を他の人にも教えるかどうかなんだけど……」
本来ならクランの皆には言うべき情報だろうが、うちはごく最近情報漏洩で少し問題が起きたばかりである。
「うーん、どうしよう。どうするべきだと思う?」
「クゥ?」「アウ?」「……?」「コン?」
あ、可愛い。スクリーンショットっと。
「はい、次は皆ウルの近くに寄って」
「クゥ」「アウ」「……!」「コン」
不意に魔獣達の可愛い姿を見せられたせいか、他にやることがあるのに身体が勝手に動いてしまう。
「いいね。じゃあ次はウルの顔を真ん中にして皆の顔を近づけてくれる?」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
「あ、シロの人化した姿でも同じの撮るから皆そのままで。これ撮ったら家に帰ってキノさんも一緒に撮るよ。で、今日はログアウト前じゃないけど、夜中に皆でお風呂にも入ろっか」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
こうして俺はこの世界で現物化出来ない、自分と動画を見ている視聴者のためだけの写真を撮ることに全力を注ぐのだった……
「っておい! 俺は何してるんだ!」
駄目だ、ウル達に癒やされてる場合ではないのに、気が付いたら家に帰ってキノさんも一緒に写真を撮ったあと、モニカさん達と楽しく晩御飯食べて、今はウル達と約束通り仲良く風呂に入っている。
「クゥ?」「アウ?」「……?」「コン?」「キノ?」
「うっっっっ!!!」
これだ!!!!!
この『首を傾げてきょとん顔』に俺は狂わされたんだ。これのせいで貴重なイベントまでの時間を失ってしまった。
「み、皆、そろそろお風呂から出ようか」
もう俺は完全に攻略組としては二流だな。
今回の出来事で自分がどれだけ最前線攻略組を抜けてから変わったのか分かった。
ただ不思議と嫌な気持ちにはならない。
それは攻略組として俺は駄目でも、ゲーマーとして、テイマーとしては、これが正しいと自分で分かっているからだろう。
「よし、行こっか」
俺はウル達によって以前と変わった自分のことを少し考えながら、クリスタルで移動し目的の場所まで歩く。
コンコン
「はい、どなたですか?」
「入るね」
「あ、ユーマさん」
「あれ、メイちゃん、ガイルがどこに居るか知らない?」
「あの部屋でアヤさんと装備作りに使う素材を選んでます」
「ありがとう」
俺はメイちゃんに教えてもらって、あまり入ったことがなかった部屋へと足を踏み入れる。
「ガイル、ちょっと今いい?」
「お、ユーマ。今アヤが使う素材を決めてるとこだから少し待ってくれ」
「あたいはあとでも良いけど」
「どうせユーマの持ってくる話はいつもおかしい事ばっかだからな。先にこっちを終わらせたいんだ」
「えぇ、酷いなガイル」
「酷くないだろ、自分の行いを思い出せ。それに俺はユーマに迷惑かけられたなんて言ってねぇぞ。むしろその逆だ」
「なら良い話とか、おいしい話って言ってくれればいいのに」
「鍛冶師は集中力が必要なんだ。良いことだろうが悪いことだろうが、集中力を欠くようなことは作業に不必要。だからちょっとそこで待っててくれ」
「まぁ待つことは全然問題ないから分かった。こっちは気にせずゆっくりやってよ」
俺はメイちゃんと話しながら、ガイルとアヤさんの素材選びが終わるのを待っていた。
ちなみにメイちゃんに今俺がガイルに言われたことを話すと、それは……どちらの気持ちも分かります、と暗にガイルの肩を持つ発言をされて何も言えなくなった。
そんなにおかしな話ばっか持ってくるかな俺?
「で、どうした?」
「あ、もう終わったの?」
「あぁ、アヤが鍛冶師としての腕をあげたいって言うから、少し素材選びを手伝ってただけだしな」
「素材選びでも鍛冶師の腕が試されるの?」
「どんな物を作りたいか想像して、基本となる素材を決めたら、それを作るのに足りない素材が何となく分かるんだ」
「へぇ、ちなみにアヤさんの腕はどう?」
「まぁ俺も大して変わらないんだけどな。ちょっと俺の選んだ素材とは違ったから、今は俺が選んだ素材で作らせてる。これなら自分で選んだ素材を使って作るより熟練度が上がるらしい」
生産職がどういうことをしているのか知らないから、こういう話は聞いてるだけでも面白い。
戦闘職はNPCから技を教えてもらったりする事があるけど、基本的には真似をするだけでスキルとして覚えることが出来るゲームが多いし、そのスキルを使えば使うほど威力が増したり隙が少なくなったりする。
簡単に言えば脳筋でもある程度上達するのだ。
勿論プレイヤースキルの部分に関しては完全に自分の実力なので、現実世界の運動神経と同じく才能の差は顕著に現れる。
よって戦闘職は、何も考えず脳筋プレイで進めていてもある程度上達するが、ある一定のラインからは完全にプレイヤースキルの差が実力差として出るイメージ。
そして生産職は、ゲームによって仕様が大きく変わるし、そもそもほとんどの生産職はミニゲーム的なものを上手く出来るようになるか、それすらなく生産した回数だけで熟練度が上がっていく仕様が多いため、プレイ時間以外で一概に生産職に求められる力はこれだと言うことは難しい。
ただ逆に言うと、生産職は誰でも出来るようなことを軸にしていることが多いため、他人と差をつけることもまた難しい。
どちらかというと素材を持ってきてくれる、生産する環境を整えてくれる人脈や運がかなり重要だ。
そんな誰もが同じ土俵、同じ才能、同じ速度で上達していく分野で、他人と差をつける事が出来るのは本当に凄い。
他のゲームの経験を活かしてプレイ出来る戦闘職と違って、新しいゲームになるとこれまでの経験がほぼ0からのスタートになる生産職を続けられる人達は、お世辞抜きで本当に凄いと思っているのだ。
「なんか生産職って凄いよなぁ」
「いきなりどうした」
「色々考えてたら生産職って凄いなって思ったんだよ」
「まぁ生産職のほとんどは戦闘職で上手くなれなかった奴らだろ。それでもゲームは長時間するから、時間が正義の生産職で楽しもうって考える。あわよくば特殊な装備とか、低確率でしか生まれないスキル付きの装備なんかを作って、有名になりたいってな。根拠は俺だ」
「でも生産職って毎回新しいゲームになるとこれまでの経験がほぼパーになるじゃん」
「だから誰にでも1番になれるチャンスがある。最前線攻略組の攻略パーティーより強くなるよか現実的だろ? 少なくとも今の俺はプレイヤーの中で1番強い装備を作ってる自信がある。ユーマに素材をもらって、工房を使わせてもらって、ちょっと他の奴より長い時間ゲームするだけの俺がだぞ?」
まぁ生産職本人の意見はそういうことらしい。
だから生産職の殆どは戦闘職への憧れとリスペクトがある人が多いし、多少失礼なこととか無理なことを言われても、頑張ろうって思えるんだとか。
確かに今からガイルがどれだけ戦闘職で頑張っても、リーダーのような判断力とプレイスキルを手に入れることが出来る可能性は、限りなく0に近いだろう。
それはこれまでゲームをやってきたガイルの戦闘をしっかりと見た上での俺の判断で、あくまでも出来る限り客観的に見てそうだと俺は思った。
ガイルに才能がないわけじゃなく、一部の人間に才能がありすぎるというだけの話。
勿論先天性の才能と、努力して手に入れた才能があることは分かっているが、今から1番を目指すとなると、どうしても難しい部分がある。
「てかそんなこと話しに来たんじゃないだろ? わざわざ工房から出て話すって、いったい何があった?」
「あ、そうだ、実はガイルに相談したいことがあって。今日……」
色々話が脱線したがガイルの軌道修正のお陰で、俺が今日気付いた、イベント攻略に繋がるかもしれない話について相談するのだった。