第188話
「ありがとうございます」
「いえいえ、感謝したいのは私達の方です」
目の前に居るのは、ワイバーン部隊かつ王様所属かつ団長という、騎士の中で1番偉い人だ。
「美味いか?」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
事故のことで話をするため俺はここまで呼ばれたらしいが、ここまで来た俺達に対してのお礼ということで、美味しそうなチーズタルトをもらった。
ウル達は早速食べたいと俺に伝えて来るし、ここでの話は少し長くなりそうな予感がするので、皆にはゆっくり食べるようにだけ言って団長様との会話に集中する。
「取り敢えず落ちてきたあの騎士とワイバーンは無事だったんですね」
「あなたのおかげです。ワイバーンは何もしなくとも多少の怪我で済んだでしょうが、騎士はあなたの助けがなければ大怪我を、いえ、最悪の事態もあったでしょう」
「聞いて良いのか分からないですけど、何故ワイバーン部隊に選ばれるような優秀な騎士が落ちてきたんですか?」
「あの騎士はまだワイバーン部隊へ入りたてで、今日初めて実地訓練のため王都の外へと出ていたのです。そして私達が王都へ帰る時間となり、いつものルートを通って帰っていたのですが、あの騎士も私達についてきてしまいました。ワイバーンが勝手にいつもと同じルートを通って帰ろうとしたのもありますし、あの騎士が自分は別ルートで帰らないといけないことを忘れていたというのもあって、運悪く王都の中でバランスを崩した結果、今回のような事故が起こってしまいました。本当にあなたがいなければどうなっていたことか……」
なんとなくあの事故のことは分かったし、最後の団長様の言葉には色々な思いが詰まってるのが俺にも分かる。
俺が居なければあの騎士が死んでいたかもしれない、あの事故現場に居た王都の人が被害を受けていたかもしれない、王都民の、王国民のワイバーン部隊に対する信頼を失っていたかもしれない、……俺が思いつくのはこれくらいだが、他にも団長だからこそ考えないといけないことは山程あるのだろう。
「本当にあなたには助けられました。あの騎士だけでなく、私達ワイバーン部隊を救っていただき、感謝しています」
「いえ、もうこれ以上感謝されても……」
「そうですね。これ以上言っても困らせてしまうだけでしょう。……大したことはできませんが、あなたにワイバーン部隊として出来ることがあれば是非協力させていただきたいです」
「え、ワイバーン部隊に協力してもらえるんですか?」
「はい。私達は騎士ですし、宝物庫の中から好きな物を1つ……などと言える立場にありません。今回王都の中で事故を起こしてしまいましたが、訓練中に事故が起こることはありますし、言い方は悪いですが、結果だけを見ると王様にお話するほどの大きな事故でもないので……どうか私達の働きで許していただけませんか?」
「あ、不満があるとかじゃなくて、ちょっと驚いただけですから。あと、今回俺達が怪我をしたわけじゃないですし、許すも何もありませんって」
団長様としては、こういう事があったら何かお礼をするのが筋だと思っているが、過去には王様に会わせろとか、感謝の気持ちは金で返せなどと貴族に言われたことが何度もあったそうだ。
だから今回俺にも「え、なんか凄い魔道具とか、強い装備とか、お金とかくれないんですか?」と言われる可能性も考えていたらしい。
確かにアイテムやお金をもらえるのも嬉しいが、ワイバーン部隊の力を少しでも借りれるのは凄くないか?
というか、今ならワイバーン部隊の人達に手伝ってもらうとっておきのイベントがあるじゃないか。
「あの、それじゃあ早速ワイバーン部隊の方にして欲しいことを話すんですけど」
「はい、お聞かせください」
「まず、今から3日後に……」
「……分かりました。出来る限り協力させていただきます」
「良かったです」
これでワイバーン部隊の騎士達には、イベントの日に実戦を想定した訓練を王都近くで行ってもらえることとなった。
もし今団長様に話したことがきっかけで、イベント期間でのワイバーン部隊の活躍が俺の評価に繋がったりするなら、優美なる秩序の人達よりも高い評価を得たり、良い報酬を貰える可能性がほんの少しだけ出てきた。
ちなみにイベントの日のワイバーン部隊の予定は、早朝から少し王都から離れた場所での訓練を行うつもりだったらしいので、本当にコネファン運営は徹底的に強者をイベント期間街から追い出すつもりだったらしい。
まぁそうでもしないとプレイヤーが活躍するまでもなく街が守られてしまうんだろう。
なんなら俺のお願いごときで強者をイベント期間中街に居させることが出来るということは、イベントが始まる前から既にイベントは始まっていて、こうやってこの世界の人達を味方につけ準備することを運営は期待しているとすら思えてきた。
モニカさん達に話した時も、最終的にはイベントの日は街に居るようにするって言ってくれたし、本当にこれが今回のイベントの正規攻略の可能性があるぞ。
「ですが、そもそも私達は騎士ですので、そのようなお願いをされなくとも王都は守りますし……って、この世界では関係の無い話でしたね。ただ、そうだとしても何か私達に出来ることは他にありませんか?」
「え、あぁ、それなら今後うちのクランの1人が王都に店を出したりするかもしれないので、その時に寄ってくれたらありがたいです」
「なるほど、分かりました。その時は是非宣伝させてください。勿論嘘はつけませんが」
なんか色々頭の中で考えながら適当に受け答えしてたけど、これは我ながら良い提案が出来たんじゃないか?
これで小岩さんが王都に店を出した場合、公爵家であるジェスさんからだけじゃなくて、ワイバーン部隊からも宣伝してもらえることになったし、店を出す前から良い感じだ。
俺に商人のサポートが出来るか心配だったけど、もう手伝えることと言ったら王都に店を買ってあげるくらいしか思いつかない。
「あ、ごめんなさい、やっぱりもう1つお願いしても良いですか?」
「はい、内容によりますが」
「あの……」
「空の旅はどうでしたか?」
「最高です! 皆はどう?」
「コン!」「キノ!」「ググ!」
俺は団長様にお願いして、ワイバーンに魔獣達を乗せてもらい、王都の周りを飛んでもらった。
俺はワイバーン交通を利用したことがあるため初めてではないが、シロやキノさん、グーさんは乗ったことがないため、今回皆にも体験して欲しいと思って団長様にお願いしたのだ。
「それなら良かったです」
「俺個人相手にこんなに色々してもらって良かったんですか?」
「定期的に王都の子ども達をワイバーンに乗せる行事……プレイヤー様の言葉を借りるなら、そういうイベントを行っていますので、珍しいことではないですよ」
「なるほど、だからワイバーン部隊は王都の人達からの人気が王族の人達と同じくらい高いんですね」
ワイバーンに乗って空を飛ぶ体験を子どもの頃にしたら、全員将来の夢がワイバーン部隊の騎士になってもおかしくないな。
「あの、本当にありがとうございました」
「何度も言いますがそれは私達のセリフです。騎士の命を救ってくれたあなたに感謝を……敬礼!」
シュパッッッ
「「「「ありがとうございました!!」」」」
「は、はい」
「コン!」「キノ!」「ググ!」
団長様の近くにいた騎士達が号令に合わせて俺達に敬礼してくる。
一糸乱れぬ動きにシロ達も興奮して、騎士達の真似をして同じようなポーズで返そうとしてるが、たぶん王都の子ども達も今のシロ達と同じような行動をするだろうことは想像に難くない。
「ありがとうございました! よし、皆行くよ」
俺達がこれ以上ここに居るのは流石に迷惑だろうし、十分過ぎるほど貴重な体験をさせてもらえたので、速やかにお城の敷地から出させてもらった。
「じゃあすぐ戻るよ」
「キノ」「ググ」
俺はキノさんとグーさんを帰すため家へと戻る。
「急に連れ出してごめんな」
「キノ!」「ググ!」
「俺はゴーさんにも体験してほしかったけど……」
「ゴゴ」
ゴーさんは気にするなとでも言うように首を振っている。
この北の街では自由に行動できるが、他の街に移動することはゴーさんには不可能。
もし俺の家が急に使えなくなったりしたら、他の新しい家にゴーさんを移動させるため、一時的にグーさんみたいにクリスタルを移動できるようになる可能性もあるけど、それくらいのことが起こらないとゴーさんはここから出られないはず。
まぁそもそも本人は外の世界に出たいなんて思ってなさそうだが、ゴーさんにもワイバーンには乗って欲しかったなぁ。
「ふぅ、皆おまたせ」
「クゥ」「アウ」「……!」「コン」
「じゃあまた行ってきます」
「キノ」「ゴゴ」「ググ」
現実でご飯を食べるため一度ログアウトして戻ってきた俺は、パーティーメンバーをいつものメンバーにし、キノさん達に見送られてクリスタルから王都へと移動する。
「ここまで来たら戦闘が出来る知り合い全員に、駄目元でもイベントのことは話しておきたいよな」
一度はモニカさんの言葉で、『確かにこの世界の人達にはイベントなんて関係ないし、変なこと言うのは良くないよな』とか、『この世界の人達にイベントのことを話すのは良くないんじゃないか?』とか、『好感度みたいなものが下がるんじゃないか?』などと思ったが、今回のことでその気持ちは薄れた。
むしろ積極的にこの世界の人に協力を仰ぐことこそ、イベント攻略の道だとすら今は思っているため、今から色んな街を回ってみるつもりだ。
俺は王都の下見よりもこっちを優先する。
「お、バズマ?」
「あ、ユーマ! もう商人ギルドと騎士団長様には会ったか?」
「さっき行ってきたよ。伝えてくれてありがとう」
「伝言なら俺に任せてくれ!」
「あの、いきなりで悪いけど今時間ある?」
「ん? まぁあるけど」
「実は……」
こうして俺は今までに会った人に、イベントの日は出来るだけ街の中に居てもらうようお願いして回るのだった。