第183話
「ただいま〜」
「あ、ユーマ」
「もう食事はしてしまったぞ」
「ユーマさんおかえりなさい!」
家に帰ると皆が迎えてくれる。
「ご飯は今から少しだけもらおうかな」
「ゴゴ」
「あと、皆に今から少し話もしたくて」
俺が家に帰ってきたのは、皆に会いたかったからという理由もあるが、もしかしたらイベントに備えることが出来るんじゃないか? という思いもあったからだ。
「どうした?」
「実は……」
俺はモニカさん達に、4日後の朝9時頃からモンスターが街に襲ってくるというイベントの話をしてみることにした。
イベントはこの世界をコピーした世界で行われるため、実際にこの世界の人達が何か被害を受けるわけではないけど、今のうちにモニカさん達へこの情報を伝えたらどうなるのか知っておきたかったのだ。
「私達の方にも、ほとんどのプレイヤー様がその時間から居なくなるという話は来ている」
「え、そうなんですか?」
「詳しい内容はぼく達に知らされてないけど、プレイヤー様がどこか遠くの世界に行くって、その時間から1日くらい居なくなるって通達があったんだ」
確かに言われてみればプレイヤーが急にその時間から居なくなることを、この世界の人達が知らないわけないか。
自分の視点ばっかりで考えてたけど、言われてみれば当たり前だ。こんな大がかりなイベントをするなら、この世界の人達にも何らかの形で俺達が居なくなることは知らせてるよな。
「でも、まさかモンスターが襲ってくるとは思いませんでした。今から準備するとして、自分はどうすれば……」
「ハティお嬢様、ユーマ様のお話によると、私達は関係ありません」
「確かにぼく達は関係ないけど、準備しておかないと向こうの世界のぼく達は危ないんだよね?」
「ということはやっぱり何かしないと……」
皆の言ってることは正しい。
ハティが言ったように今からモンスターに備えないと向こうの皆は危ないし、サイさんの言うように別に何もしなくてもこの世界にいる自分達には関係ないし、モルガが言うように向こうの皆のためを思うなら自分達が準備しないといけない。
皆の言ってることは全部正しいのだ。
「話の内容としては、プレイヤー様が行く世界は、言ってみればこの世界を模倣した嘘の世界ってことで合ってるか?」
「……そうですね、端的に言えばそうだと思います。イベントが終わった後もその世界が続くかはまだ分からないですけど。俺はたぶん消えるんじゃないかなと思いますし」
「ではその嘘の世界のために私達が今から準備することに、何の意味があるんだ?」
モニカさんのあまりにも芯を食った質問に、俺は少し言葉が出なくなる。
「私達は何も変わらずここに居続ける。それなのに襲っても来ないモンスターのために、何故準備をする必要があるのか教えてくれ」
「……それはそうですね。今考えると皆には全く関係のない話でした」
イベントとして認識してるのは俺達プレイヤーであり、モニカさん達からするとイベントの日プレイヤー達が世界から消えるだけで、何も特別なことが起こるわけではない。
この世界の人達が頑張ってくれれば、俺達プレイヤーが報酬を貰えるって話なんかしても、それこそそんなのは関係ないと言うだろう。
そして俺の印象だとこの世界の人達は本当にこの世界に生きていて、NPCのような扱いを受けることを嫌っている。
それなのに俺はコピーされた世界がどうだのと言って、やってることは皆をNPC扱いしてるのと同じだ。
少しイベントで気持ちが高ぶってたのかもしれない。これは反省しよう。
「でも、自分は向こうの世界の自分が倒されるのは嫌です!」
「ごめんねハティ。俺のせいで気を遣わせちゃって」
「ち、違います! 自分はホントに自分のことが心配で!」
ハティとモルガはバランスを取るために俺に寄った発言をしてるだけで、心の中ではモニカさんやサイさんと同じ気持ちだと思う。
たぶん俺みたいに事前にこうやってイベントのことを知らせて、この世界の人達にも手伝ってもらおうとするプレイヤーが現れるのは運営も想定済みだ。
俺はてっきり会話がおかしくなったり、意味が通じなくなったりするのかもと思ってたが、こういう感じで来るのか。
こうなるなら、向こうの皆に死んでほしくない! みたいな感情ゴリ押し作戦くらいしかこの世界の人を動かす方法が思いつかない。
まぁ俺はそこまでするつもりは今のところ無いけど。
なぜならそもそもここにいる人達は滅茶苦茶強いからだ。口では戦いの準備をして欲しいなんて言ったけど、何の準備もせずに乗り切るだろうなって思うくらい皆は強い。
モニカさんとモルガとサイさんが居て街が崩壊するなら、大半が第2陣のプレイヤーで守ることになるだろうこの街はどうやっても崩壊する。
「なんか変な話をしてしまってごめんなさい」
「いや、私達も気になっていたことではある。ユーマから話が聞けて良かった」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」「キノ!」
ウル達は今の話に興味がないのか、ゴーさんが用意してくれたご飯を美味しそうに食べている。
「じゃあ皆さんには関係ないですけど、俺は当日王国領の方に行こうと思うので、もし良ければこの家のことよろしくお願いします。何か予定があればそっちを優先してもらってもいいので」
「……一応その日は家に居るようにするか」
「じゃあぼくはその日にハティへ魔法を教えようかな」
「本当ですか!」
いつも通り探索へ行かれると皆が街の中に居ないから不味かったが、この様子だと家には居てくれそうだ。そういう意味ではイベントの話をモニカさん達にした意味は少しでもあって良かった。
「キノさんはモンスター退治に興味って」
「キノキノ」
「無いよね。じゃあいつも通りお留守番お願いします」
「キノッ!」
こうしてモニカさん達に話したいことは話せたし、しっかりご飯も食べたので、またクランハウスへと戻ることにする。
「あ、そうだ。ユーマに伝えなければならないことがある」
「はい、どうしました?」
「最近私達の後ろをつけてくる者がいてな。申し訳ないがその者にこの家がバレてしまったかもしれない」
「あぁ、たぶんそれは俺のせいですね。何かされませんでした?」
「私達は何もされていないが、撒く事が出来なかった。すまない」
俺の動画を見てる人なら家の場所を知りたいって人はいっぱい居るだろう。
動画に出てきたモニカさんを追いかけて家を特定はなかなかやってることが陰湿だが、モニカさん達に被害がないなら良かった。
「まぁ正直モニカさんを追いかけなくても街の中を探せばいつか家は見つかりますし、気にしなくて大丈夫です」
「私達もプレイヤー様のようにクリスタルを移動できれば良いのだがな」
「まさかモニカのストーカーじゃなくてユーマのストーカーとは思わなかったなぁ。いつもユーマはぼくに凄いって言うけど、ユーマも十分凄いじゃん!」
「それで言うとカーシャの家にユーマを紹介しに行った事があるんだが、家から出るとプレイヤー様が大勢……」
俺がプレイヤー達に少し知られている存在だということを、モニカさんは実際にあったエピソードを交えてモルガやハティに説明している。
まさか自分よりユーマが目立つなんて、と嬉しそうに話すモニカさんを見て、たぶん元騎士であるこの人はストーカーが全然怖くなかったんだろうなと思ってしまった。
「じゃあグーさん一緒に来てくれる? 夜の間に鉱石掘りに行くかもしれないし、そうじゃなくても松明とか探索中持ってもらおうかなって」
「ググ!」
「コゴ」
ゴーさんに頑張ってこいよというような感じで送り出されたグーさんを俺はパーティーに入れて、クリスタルから一度クランハウスへと向かう。
「あれ、なんか皆居ないけどどこ行ったの?」
「あ、クラン長。皆レベル上げに行きましたよ」
「え、今?」
「まだイベントの日まで時間はありますし、25レベルでサキさん達攻略パーティーが王国領に行けたって聞いて、それならギリギリ自分達も王国領に行けるかもしれないってことで、皆で頑張ることになりました」
俺がクランハウスを出て行った後、腹ぺこさんがイベントの話を皆ともう少しだけしたらしいのだが、その時に何人かが王国領を目指したいと言い出したらしい。
うちの攻略パーティーであるサキさん達が24レベルで肥大せし大樹を倒したことにより、自分達も平均25レベルくらいの6人パーティーで挑めば行けるのではないか? となり、サキさん達もボス戦の戦い方を皆に教えてくれて、全員がやる気になったとか。
「皆クラン長達と一緒に戦いたいって気持ちが強いですし、今回はクラン長と一緒は無理でも、今頑張ればサキさん達と一緒になら戦えそうですから」
「確かに初期メンバーも王国領だとほぼアウロサリバで止まってると思うから、第2陣の皆が頑張れば結構クランの皆で一緒に戦えそうかも?」
「なので今は皆ダンジョン攻略に必死です」
そして今の状況を教えてくれた彼も、トイレから戻ったらすぐダンジョンに向かうからとパーティーメンバーを待たせてるらしく、俺に頭を下げた後扉へと走って行った。
「腹ぺこさんすらクランハウスに居ないのは凄いな」
本当に今のクランハウスは空っぽだ。夜でこんな状況になった事が今までにあっただろうか。
もし何も知らないクランメンバーが今ログインしてきたら、たぶんクランが潰れたと思ってびっくりしてしまうだろう。
「でもよく考えたら装備的には今皆のレベルが22、3くらいあっても不思議じゃないのか」
最初から最低でもダンジョン武器を使用していた第2陣の皆は、相当最初の方のモンスターを倒すのは早かっただろう。
だから、モンスターをゴリ押しで倒せなかったり、装備更新が必要になるのはこのあたりからのはずだ。
モンスターを倒してもなかなかレベルが上がらなくなってくるのもこのあたりのはずなので、皆には出来るだけ楽しくこのレベル帯を抜けてくれることを願おう。
「じゃあ皆も居ないし、鉱石掘りにでも行くか」
「クゥ」「アウ」「……!」「コン」「ググ」
俺はクリスタルから南の街に移動した後、皆が今必死にレベル上げをしているであろうダンジョンには行かず、グーさんに松明を持ってもらって、骨粉集めと鉱石集め、薬草採取や採石を同時並行で進めながら、もう慣れた夜の森を歩き回るのだった。