第178話
「満足か?」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
事故を防いだことに対するご褒美というわけでもないが、ウル達が立ち止まったお店の商品を少しずつ買って食べ歩きし、丁度クリスタルの近くまでやってきたので、王都の探索というか、観光というか、食べ歩きは終わりにする。
「あ、小岩さんから話があるって連絡が来てるし、それだけ聞いて今日は終わりかな」
「クゥ」「アウ」「……!」「コン」
そう言うとウル達は俺の近くに寄ってきたので、今日は久しぶりにお風呂にでも入ってから終わろうかな、なんて考えながらはじめの街に移動すると……
「あれ? なんか人が多いな」
転移してすぐにクランハウスの方へ向かったのだが、これまでは最前線攻略組と幸福なる種族しか通っていなかったはずの道に人が歩いている。
「もしかしてどこかのクランがクランハウス買ったのかな?」
流石に何億というお金をポンと出せるクランが居るとは思わないので、クランハウスを買えるイベントを運良く踏めたのだろうとは思うけど、それにしてはこの道を通る人が多過ぎる。
俺の知ってる情報だと、最前線攻略組と俺達のクラン以外に、あと2組クランハウスの優先権を貰ってたクランがあったはずだから、もしかしたらその2組のクランが買ったのかもしれない。
あとは奥の方にある小さなクランハウスの値段が結構安くて、色んなクランが購入した可能性もあるけど、どうなんだろうか。
「え、ユーマ?」
「あ、ペルタさん」
前からやって来たのはしーちゃんを連れているテイマーのペルタさんだった。
「ユーマもクランに入ってたんだ。ということはユーマの家をクランハウスにしてもらったの?」
「え?」
少し話を聞いてみると、クランハウスとして他の街に家を購入していたクランは、その家と同じ規模のクランハウスなら、ここのクランハウスと交換出来るようになったらしく、今色んなクランがここのクランハウスと元の家を交換している最中だそうだ。
そしてそれと同時に、奥の方にある比較的安いクランハウスを購入しようとするクランも今多いらしく、商人ギルドの人達が総出でプレイヤーの対応をしているのだとか。
「そうなんですね」
「僕達のクランはすぐ交換できたし、今のクランハウスに合ったインテリア用品をまた西の街へ買いに行くところなんだ」
そういえばペルタさんは怪物の足跡というクランに所属していて、前に会った時も買い物の途中だった。
「良いものが見つかると良いですね。お話ありがとうございました」
「うん。またね」
ペルタさんのおかげで今の状況は理解できた。
今この道を歩いている人よりも、奥の道にはもっと人が多いらしく、結構騒がしいのだとか。
やっぱりクランハウスの内見はどこのクランも皆でしているだろうし、それもあってプレイヤーの数が凄いことになってるんだろう。
まぁその他にもクランハウスを決めるのに時間がかかる理由として、外観も内装もクランハウスによって違うため、それもあってこのクランハウスだ! とはなかなか決まらないのだと思う。
それで言うと、俺とリーダーはクランメンバーをぞろぞろ連れてこなかったのは珍しいだろうし、内装を確認せず一瞬で購入したリーダーは明らかに例外だろう。
クランハウスにこだわりが強いわけでもない俺ですら、結局候補だった4つ全てのクランハウスを見せてもらってから決めたし。
「やっぱりここのクランハウスはまだ買われてないのか」
俺は自分のクランハウスの前で少し外を見ていたのだが、歩くプレイヤー達がこの場所で止まることはほぼなく、クリスタルの方へ行くか、奥の道へ行くかの2択だった。
たまにここで止まる人は最前線攻略組のクランハウスかうちのクランハウスに帰ってくる人だけで、余っているあと3つのクランハウスに向かう人は1人も居ない以上、まだ購入したクランは居ないのだと思う。
「ってこんなことしてる場合じゃなかった。小岩さんのとこ行かないと」
俺はクランハウスの中へ入り、2階にある俺の部屋兼商人のリーダーである小岩さんの部屋へと入る。
「ごめん、ちょっと遅くなっちゃった」
「いえ、自分もわざわざここへ呼び出してしまい申し訳ないです」
小岩さんが俺を呼んだのは、クランのお金について直接話したいかららしい。
「ユーマさんはクランメンバーからお金を取ることはするですか?」
「今後はそうなるかもだけど、今はまだしないかな」
「集めたお金は何に使うですか?」
「今話に出てるのは、鍛冶師とか錬金術師のための大きな工房を買う時に、クランのお金から出したいなって感じで、でもそれもだいぶ先の話になるかも」
「そうですか……分かりましたです。では……」
小岩さんとしては、何にお金を使う予定なのか、いつまでにお金をどれくらい貯めておかないといけないのか、クランメンバーから渡されたお金はどうすれば良いのかなど、色々俺に聞きたいことが溜まっていた。
まぁ第2陣でやってきて、しかも商人は初めてだという小岩さんに、いきなりクランのお金を丸投げは俺も悪かったかもしれない。
「えっと、取り敢えずクランのお金は小岩さんのお金って感じで今は使ってもらって良いんだけど……」
「自分は絶対にそんなことしないです! 使ったお金はせめて倍にして返すです!」
「ま、まぁそんなこと出来るならありがたいけど、やってくれるとしても後々でいいかな? 今はお金儲けのための準備段階だと思うし、損してでも色んな人と繋がったりする方が将来役に立つ気がするよ。情報屋とかまさにそうじゃない?」
「……確かにそれはそうかもしれないです。情報屋は情報を得るため人との繋がりにお金を使っていたです。悪い人ともお金で繋がり、最後は自分の手を汚さずに情報を流すだけでその関係を断ち、更に懲らしめた挙句何倍もの利益を……」
小岩さんはそう言って自分の世界に入り込んでしまった。
まぁ少し待っていれば元に戻るだろう。
それにしてもガイルが小岩さんへお金のことは気にするなと色々話してくれたとは聞いてたけど、やっぱりクランのお金を自分のものとして使うことは小岩さんには難しかったのだろう。
クランのお金を使ったら倍にして返すという言葉からも、小岩さんにとってはそれだけクランのお金を使うというのは重いと感じている証拠だろうし。
小岩さんの言葉通り、ただ倍にしてやるという気持ちだけでないのは、不安そうにしていた表情からも確実だ。
「小岩さん、小岩さーん、聞こえます?」
「はっ、申し訳ないです」
「えっと、今クランのお金はどれくらいありますか?」
「大体今は80万Gです」
「じゃあ小岩さんのお金は?」
「……」
「やっぱり全部一緒にしてるんですね」
「自分のお金はクランのお金です」
「クランのお金は自分のお金です! くらいの気持ちならある意味安心できたんですけど……流石に小岩さんはそんな人じゃないですもんね。ちなみに小岩さんが情報屋をする時のお金とかはどうするんですか?」
「それは……その時お金を稼ぐです」
ここでクランのお金を使わせてもらう、くらいのことを言ってくれれば良かったけど、これは完全に自由なんてなくて、クランのためだけに動こうとしている。
……全部俺の責任だな。
最初のうちは1つの依頼で数百とか数千Gくらいの儲けだと思うから、金額はそこまで気にすることじゃないけど、自分のお金が増えるというのはモチベーションに繋がるはず。
それなのに小岩さんは自分のお金も全部クランのお金として入れちゃってるし、お金に追われてやりたいことが出来なくなっている。
「今までありがとうございました。その80万Gは小岩さんに渡すので自由に使ってください。クランのお金は俺の方でこれからは管理するので」
「っ、ちょっと待ってくださいです! それなら80万Gは返すです!」
「いや、それは情報屋をするなり商人として商品を購入するなり、自由に使ってください。そのお金をクランのためには使わなくて良いですから」
「そ、そんな」
「やっぱりお金はクランリーダーが管理するべきで、小岩さんには今後お金に関する連絡とか、そういうのを手伝ってもらいます」
「でも……自分はまだ出来るです!」
「それはもちろん俺もそう思ってますけど、取り敢えずコネファンを始めてすぐの小岩さんより、俺の方がこのゲームには慣れてますから。お金を稼ぐのもたぶん俺の方が今は出来ますし、とにかく今は俺が管理しておきます」
「……」
そう俺が言うと、小岩さんは落ち込んだ様子で座り込んでしまった。
俺も少し小岩さんを傷つけてしまうような言い方になったのは自覚しているけど、このまま小岩さんに背負わせるには申し訳なさ過ぎる。
ただ、このままだと俺が小岩さんを否定しただけになるし、代案というか、目標的なものを提示してあげるのは必要だろう。
「そうだなぁ。じゃあ5000万です」
「……?」
「5000万小岩さんが稼いだら、俺はクランのお金の管理を小岩さんに任せようと思います。そしたらその時は好きにそのお金を動かしてください。もちろん管理をしたくない場合はこの事を忘れてもらって良いです。その場合は俺がそのまま自分で管理し続けるだけなので」
俺の手持ちが大体4000万で、5000万という大金は今の俺の手持ちを超える金額である。
その5000万を自力で稼ぐ頃には、小岩さんもクランのお金だからってビビるようなことはないだろう。
「それで良いですか?」
「……分かったです。必ず自分は5000万稼ぐです!」
そう言うと俺に頭を下げて部屋を出ていったのだが、しばらくして気まずそうな顔をした小岩さんが戻ってきた。
「えっと、どうしたの?」
「……腹ぺこさんからの伝言を伝え忘れてたです。今後クランハウスの皆が集めてくれた素材を使った料理の中で、職人ギルドへ納品する場合は素材分のお金をクランに返すとのことです」
「あ、了解。じゃあ小岩さんにはそういうお金を受け取ってもらって、定期的にまとめて俺の方に送ってもらえる?」
「分かったです」
そう言うとまた小岩さんは外に出て行くのかなって俺は思ってたのだが、なかなか外に行かない。
「えっと、まだ何か俺に用事があったりする?」
「……ここでする作業があったです」
「あ……じゃあ俺はもう落ちるから。頑張って……」
そんな気まずい空気の中、俺は部屋を出た後クリスタルへと向かう。
「変な空気にしちゃったなぁ。外に出ていかないなら部屋の中に用事があるって気付けよ俺」
途中までは小岩さんのやる気が出てめでたしめでたしって感じだったのに、伝言を言い忘れて小岩さんが戻ってきた辺りからおかしくなった。
「ま、今日寝て今度会う時には忘れてるだろ、たぶん」
そんなことを言いながら家へと帰ってきた俺達は、ゴーさんに家のどこかに居るキノさんを呼んでくるよう頼み、早速ウル達を連れてお風呂へと向かう。
「ふぅ〜、この後落ちてからも風呂には入るんだけど、ウル達と入った後にまた1人で入るのは寂しいんだよなぁ」
浴槽へ水を入れる音だったり、シャワーの音がしてる時は何も思わないが、無音になった時が1番寂しさを感じる。
ここでの楽しいお風呂の後にあれを味わうのは結構辛いんだよなぁ。
「キノッ」
「お、キノさんも来たか。ゴーさんありがとう」
「ゴゴ」
「あ、俺も貰おうかな。皆も分かってると思うけどお風呂にはこぼさないようにな」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」「キノ!」
ゴーさんが出してくれた飲み物を皆で飲みながらお風呂でゆっくりとした時間を過ごし、その後俺はログアウトして明日もコネファンをすぐに始められるよう、急いで家事を終わらせるのだった。